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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(55)
しおりを挟む部屋へと戻ったリディアは、身を清めて夜着に着替えた後、寝台の縁に腰を降ろした。
「クラリーチェ様は、一体何が仰いたかったのかしら…………」
リディアがテオをどう考えているか。
その答えがクラリーチェに返したものでないとすると、何が正解なのだろう。
考えれば考えるほど、迷路の奥に入り込んでしまったかのような気持ちになる。
俯いて、じっと握り締めた手を見つめていると、いよいよ目が冴えてきてしまった。
「………このままじゃ、眠れそうにないわ」
テオの事を考えると、気持ちがざわざわとするかのようで落ち着かないのは確かだった。
リディアは立ち上がると、窓辺へと向かい、窓を開け放った。
深まった秋の夜風が冷たくリディアの頬を撫でる。
「テオ様は今、何をしているのかしら…………」
人好きのするテオの爽やかな笑顔を思い浮かべると、また妙に胸のあたりが擽ったいような気がして、リディアはその感覚を押し込めるように月を見上げた。
青白く冴えわたる月は十三夜の月だった。
ひんやりとした月明かりが、不安定に揺れ動くリディアの心の中を見透かすように舞い降りてきた。
「………リディア嬢?」
不意に名前を呼ばれて、リディアは飛び上がった。
慌てて声の主を探すと、窓の下からリディアを見上げるテオの姿を見つけた。
普段は常に周囲に目を配り、微かな気配でも察知できるように神経をとがらせているのに、声を掛けられるまで全く気配に気が付かなかった事に、リディア自身が一番驚いていた。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ…………」
まるでただの令嬢のように、呆けていたと思われたくなくて、リディアはふいっとテオから視線を外した。
「………夜は冷えます。どうして窓を開けているんですか?」
「目が冴えて、眠れなかっただけです。テオ様こそ何故こんな夜更けに他国の王城の庭を歩き回っているのです?」
「護衛として付いてきているのに夜間の護衛は全てオズヴァルドの騎士に任せるのは申し訳なくて、オズヴァルドの国王陛下の許可を得て、こうして見回りをしているんです」
少しはにかみながら、テオがリディアに視線を向けてくる。
相変わらず呆れるくらいに真っ直ぐな、迷いのない視線だった。
「女性があまり身体を冷やすのは良くないと聞きました。………眠れないのならば、ただ横になって目を瞑っているだけでも疲れは取れるはずですよ」
「………分かって、います」
どうしてこんなにも可愛げのない、素っ気ない返事を返してしまうのだろうと自分で思いながらも、ついそうしてしまうのは、彼の真面目さと、妙な優しさに無性に腹が立つからだとリディアは自分に言い聞かせた。
「テオ様こそ、風邪でも引いて陛下やお兄様に迷惑をかけないで下さいませ。………では、私はこれで失礼します」
「あ…………っ」
テオが何かを言いかけたことに気がついたが、敢えて知らん顔をして、リディアは窓を乱暴に締めた。
どうしてこんなにも、苛立つのだろう。
どうしてこんなにも、悔しいと感じるのだろう。
どうしてこんなにも、彼が気になるのだろう。
「眠れないのは、あなたのせいよ………」
思い通りにならない、暴れる感情を無理矢理呑み込むと、リディアはそのまま寝台へと倒れ伏したのだった。
「クラリーチェ様は、一体何が仰いたかったのかしら…………」
リディアがテオをどう考えているか。
その答えがクラリーチェに返したものでないとすると、何が正解なのだろう。
考えれば考えるほど、迷路の奥に入り込んでしまったかのような気持ちになる。
俯いて、じっと握り締めた手を見つめていると、いよいよ目が冴えてきてしまった。
「………このままじゃ、眠れそうにないわ」
テオの事を考えると、気持ちがざわざわとするかのようで落ち着かないのは確かだった。
リディアは立ち上がると、窓辺へと向かい、窓を開け放った。
深まった秋の夜風が冷たくリディアの頬を撫でる。
「テオ様は今、何をしているのかしら…………」
人好きのするテオの爽やかな笑顔を思い浮かべると、また妙に胸のあたりが擽ったいような気がして、リディアはその感覚を押し込めるように月を見上げた。
青白く冴えわたる月は十三夜の月だった。
ひんやりとした月明かりが、不安定に揺れ動くリディアの心の中を見透かすように舞い降りてきた。
「………リディア嬢?」
不意に名前を呼ばれて、リディアは飛び上がった。
慌てて声の主を探すと、窓の下からリディアを見上げるテオの姿を見つけた。
普段は常に周囲に目を配り、微かな気配でも察知できるように神経をとがらせているのに、声を掛けられるまで全く気配に気が付かなかった事に、リディア自身が一番驚いていた。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ…………」
まるでただの令嬢のように、呆けていたと思われたくなくて、リディアはふいっとテオから視線を外した。
「………夜は冷えます。どうして窓を開けているんですか?」
「目が冴えて、眠れなかっただけです。テオ様こそ何故こんな夜更けに他国の王城の庭を歩き回っているのです?」
「護衛として付いてきているのに夜間の護衛は全てオズヴァルドの騎士に任せるのは申し訳なくて、オズヴァルドの国王陛下の許可を得て、こうして見回りをしているんです」
少しはにかみながら、テオがリディアに視線を向けてくる。
相変わらず呆れるくらいに真っ直ぐな、迷いのない視線だった。
「女性があまり身体を冷やすのは良くないと聞きました。………眠れないのならば、ただ横になって目を瞑っているだけでも疲れは取れるはずですよ」
「………分かって、います」
どうしてこんなにも可愛げのない、素っ気ない返事を返してしまうのだろうと自分で思いながらも、ついそうしてしまうのは、彼の真面目さと、妙な優しさに無性に腹が立つからだとリディアは自分に言い聞かせた。
「テオ様こそ、風邪でも引いて陛下やお兄様に迷惑をかけないで下さいませ。………では、私はこれで失礼します」
「あ…………っ」
テオが何かを言いかけたことに気がついたが、敢えて知らん顔をして、リディアは窓を乱暴に締めた。
どうしてこんなにも、苛立つのだろう。
どうしてこんなにも、悔しいと感じるのだろう。
どうしてこんなにも、彼が気になるのだろう。
「眠れないのは、あなたのせいよ………」
思い通りにならない、暴れる感情を無理矢理呑み込むと、リディアはそのまま寝台へと倒れ伏したのだった。
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