貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
403 / 690
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

狸が人に化かされる。

しおりを挟む
狸が人に化かされる:騙すつもりが反対に騙されること。甘く見た相手から、してやられること。
----------------------------------------------------------------------------

 『グレイ、全員横領に関わっている人達よ』

 『分かった』

 心でグレイに語り掛けると、ちらりとアイコンタクトを送って来た。
 無言でのやりとり。横領している領政官への対策方針は事前に決めてある。
 彼はエミリュノ・ルグミラマに視線を戻すとにこりと友好的な笑みを浮かべた。

 「ダージリン伯爵領の未来が関わっている人事ですし、勿論賢明な判断をしたいと思っていますよ。
 貴方が懸念しているように、このを全員挿げ替えて混乱を招こうとしている訳ではないので安心してください。
 そこの所はちゃんと私も分かっていますし、むしろそういう方の助けを必要としていますから。
 採用に関しても、皆同じ条件で試験を課し、公平な判断を下す――長い事領政に携わって来たならば問題はないかと思いますが?」

 「勿論これまでのわ」

 私も鷹揚に扇をゆっくりと仰いで微笑む。
 言葉の表面上聞いた限り、お前達は解雇しないから安心しろ、と言っているような回答である。
 領政官達もそう受け取ったのか、グレイと私の言葉に安堵したような表情を浮かべた。

 「それをお聞きして安心致しました。試験に関して、何かお手伝いすることがございましょうか?」

 「いえ、領政に影響してはいけないと考えたからこそ私達が動いているのです。貴方がたにも結論は決まっているとはいえ、公平を期す為に形だけでも試験を受けて頂きます。それ以外ではいつも通り領政に専念して頂けると助かります」

 「そう言うことでございましたか。かしこまりました……ご配慮、感謝致します」

 領政官エミリュノはあっさりと引き下がる。部下達も同様だ。

 『大商会の跡取りと聖女であっても所詮は世間知らずの若造と小娘か。噂は往々にして尾ひれがつくものなのは世の常なのだろう。こちらが拍子抜けするほどにちょろいものだ。警戒すべきはキャンディ伯爵だけだな』

 彼らは自分達が雇用を保証されたとすっかり思い込み、こちらを舐め腐り油断しきっている。
 私も拍子抜けした――言葉の真意を深読みしなかった上、あっさりとこちらの擬態に騙されてくれた彼らに。

 領政官達が下がった後、入れ替わるようにして父サイモンとギャヴィンがやってきた。

 「あら、ギャヴィン様。顔色が優れぬようですが、どうかされましたの?」

 「先程、領政官のエミリュノ・ルグミラマが来ていたようですが……」

 「はい。苦言を呈され、釘を刺されてしまいましたよ」

 「危機管理に長けた方でしたわね」

 勿論危機管理というのは領政のではなく自分自身の、という意味である。
 私が皮肉を込めて言うと、ギャヴィンは下を向き、両手に握り拳を作った。

 「私が言うのもなんですが……あの者はあまり信用なさらない方が宜しいかと存じます」

 「何故でしょうか?」

 「この領地では、横領が行われていました。私が収城使としてこちらにやってきて代理統治をしている内に気付いたのです。
 私が調査に取り掛かって間もなく、あの男はすぐさま横領をした者達の全財産を没収して鞭打ちの上解雇した、と報告して参りました。
 あまりにも早く、手際が良すぎたのです。私は彼こそが横領をしているのでは、と睨んでいるのですが……如何せん、証拠がなく」

 解雇された男を探し出して事情を訊こうとするも、見つからなかったという。
 だが安心しろギャヴィンよ。灯台下暗し――その男は既にこちらで所在を掴み、隠密騎士達に見張らせ確保してある。
 不正の証拠である裏帳簿の在処も把握済み。
 問題は――あの男が横領に手を染められた背景にあるものである。


***


 文官採用試験は滞りなく行われ、一週間後の結果発表。最終個別面接にこぎつけた者達が出揃った。
 勿論領政官エミリュノ・ルグミラマ以下数名もそれに数えられている。
 武官の筆記・実技試験が行われた後、採点と共に文官の最終個別面接が行われる。

 私とグレイ、父サイモン、ギャヴィン、そして馬の脚共をはじめとする何時ものメンバー。無理やり参加してきた修道士メイソンにイエイツ、そして採用試験に興味を示したオス麿と大導師フゼイフェ、加えて特別なとある面接官を用意したその面接の場。
 そこに入って来た領政官エミリュノは、愕然とした表情で面接官を指差して、開口一番こう叫んだ。

 「何故お前がここに居るのだ、クロヴラン・ピュトロワ!」

 「言動を慎まれた方が宜しいのでは? グレイ伯爵閣下とご夫人の前で無礼ですよ。ましてや今は最終面接なのですから」

 クロヴランと呼ばれた神経質そうな細身の男は、片眼鏡を直しながら片眉を上げて小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 エミリュノは顔を顰めてこちらに視線を移した。

 「グレイ・ダージリン伯爵閣下、そして聖女マリアージュ様! この男が何故ここに居るのですか! 彼はこの領で横領を行った男なのですよ!」

 「おかしいですね。私が彼に話を聞いた限りでは、貴方に証拠をでっち上げられ一方的に罪に問われ鞭打たれたと言っていますが」

 すっとぼけて首を傾げるグレイ。私も世間話をするかのように扇をばさりと開く。

 「そうそう、つい最近ね、怪しげな男達がうろついている森の中の小屋に監禁されていらっしゃったご一家を私の騎士達が助け出して来たのですけれど。
 老夫婦に女性、子供二人。女性に事情を訊けば、クロヴラン・ピュトロワと共に領政官補佐をしていた彼女の夫パトリュック・カルカイムを言いなりにするための人質として囚われていたんですって――領政官エミリュノ・ルグミラマとかいう男に」

 室内の視線がエミリュノに一斉に突き刺さる。
 そう、クロヴランはこの城の牢の奥に厳重に監禁されていた。解雇されて行方不明になったのではなかったのだ。しかも見苦しい場所に貴人が牢に近付くことのないように、と衛兵に言い含められていた。エミリュノの耳に入らぬように助け出したのは隠密騎士と侍女達である。
 エミリュノは慌てた様子で口を開いた。

 「致し方なかったのです! 領政官補佐パトリュックはクロヴランと仲が良く、共に横領に手を染めていた可能性がございました。
 しかし確たる証拠はなく……多少手荒な手段ではありましたが、人質を取って下手な事は出来ぬよう監視するしかありませんでした。やむを得ぬことだったのです!」

 咄嗟にそれだけの言い訳を考え付くのは大したものだと思うが。

 「苦しい言い訳ですわね」

 本当にそうならば領政官補佐パトリック解雇して別の者を補佐官にした筈。
 しかしそうしなかったのは、エミリュノとその取り巻きが楽をしたかったから。ある程度真面目に働く官吏達が必要だと理解していてキープしたのだ。それに次に横領を疑われた時に罪を着せる人間も必要になる。

 「領政官エミリュノ・ルグミラマ。残念ですが貴方は不合格です」

 グレイが面接結果を申し渡すと、エミリュノの顔が憤りに赤くなり歪められる。

 「はっ? 何故私が不合格なのですか!」

 「それはご自身の胸に訊いてみればどうですか?」

 合図を受け、カールが傭兵ピーターから黒い革張りの本を受け取ってグレイに渡した。

 「! それは……」

 「ああこれ、城の探索を命じた者がつい今朝見つけたのですが。中身を改めてみて驚きましたよ。貴方が横領に携わっていた証拠の裏帳簿だったのですから。後、貴方が本当の主から受け取った手紙が数十通程でしょうか」

 ――私、商会の仕事に携わっているので帳簿を見るのは得意なんですよ。

 そう満面の笑みでわざとらしく裏帳簿をパラパラと捲ってみせるグレイに領政官エミリュノは顔面蒼白になった。

 「な、何故見つかって……絶対に見つからぬ場所に隠していた筈!」

 「――城の隠し通路、目の付きにくい下方の煉瓦を抜き取った中に作られた保管庫。普段人が使わない場所だからこそ、不自然な痕跡が目立っていたそうですわよ?」

 私がクスクスと笑うと、前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが前へ一歩進み出る。

 「とうとう自白したな」

 「神の娘たる聖女様の前ではいかなる罪科つみとがも丸裸になる。神妙にお縄につくことだ」

 厳かに審判を下す馬の脚共にエミリュノはへなへなと床に崩れ落ちた。

 「……そ、そんな」

 「不合格になった者達はそれ相応の理由があるという事です。それ以上説明が必要とも思いませんが」

 「詰みチェックメイトですわ」

 私は手で銃を形作って「バン」とジェスチャーをする。
 返す言葉もなく呆然としている領政官エミリュノ。
 抵抗する気力もないのか、大人しく縄が掛けられ御用と相成ったのであった。
しおりを挟む
感想 926

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。