貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

大導師。

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 私はゆっくりと立ち上がった。

 「私はこの場で争いが起こる事を望んではおりません」

 主導権をこちらに握り返すべく、精神感応を使う。鳥達が警戒の鳴き声を上げて翼を広げ飛び立った。
 リーダーは私が差し伸べた腕に、マイティーはシュテファンの腕に止まる。他の烏達はアーダム皇子とオス麿の周囲を飛び回ったり、高所に止まって監視するように来訪者全員を見下ろしている。
 アレマニア人とアヤスラニ人は怯えたり不安そうに鳥達を見上げたりしていた。

 「戦いを望まれるのであれば、お二人共この城から出て行って頂きますわ」

 厳かに宣言しながら隠密騎士達に精神感応で指示を飛ばすと、武器に手をやり彼らを囲むように散開した。
 戦うにしても、奴らは武器を持っていない。隠密騎士達と烏達が居れば制圧は容易いだろう。

 「……これは私としたことが。頭に血が上っていたようだ。申し訳ない」

 アーダム皇子は身の危険を感じたのかあっさりと引いてオス麿から距離を取る。
 私がオス麿に視線を移すと、彼を庇うように一人の老人が前へ進み出て来た。頭には大きなターバン帽、全身には黒いローブを纏っており、手には先端の曲がった装飾付きの長い杖を持っている。
 羊飼いの杖だ。前世でも古代上エジプトの牧畜民の王の象徴である『ヘカ』やキリスト教における司教杖等は羊飼いの杖であり、『民を牧する杖』としての権威を表していたっけ。
 そんな事を思い出していると、警戒する馬の脚共が「止まれ!」と鋭く制止の声を発した。言葉は違えどもその意味を汲み取った老人は立ち止まると、鋭く強い眼差しを真っ直ぐにこちらへ向けてくる。

 「『……我は大導師フゼイフェと申す。この不可思議な御業は聖女であるお主の仕業か。かの大地震の折、沿岸部の導師達が頭に直接声を聞いたと申していたが』」

 ややしわがれてはいるが張りのある声。
 フゼイフェと名乗った老人は通訳しろ、とでも言うようにスレイマンをちらりと一瞥した。私は『大丈夫、通訳は要らないわ』と精神感応でスレイマンを制すると、片手だけで淑女の礼を取り、そのままで直接老人の心に語り掛ける。

 『初めまして、大導師フゼイフェ様。ええ、これは私の力によるものです。かの災いでは救えなかった命が数多出てしまった事、大変心を痛めておりますわ』

 大導師フゼイフェは驚いたように目を見開いた。

 「『おお……陛下の仰られていた通りだ!』」

 『これも聖女の力によるものです。直接貴方の心に話しかけているので、言葉の違いによらず意思疎通が可能なのですわ』

 「『お主……いえ、貴女様は本物でいらっしゃるのか……』」

 全身を打ち振るわせるフゼイフェ。『では、イドゥリース殿下も……?』と考えていたので、私は首を横に振る。

 『いいえ。イドゥリース様は普通の人間です。ただ、星読みの能力に長けておられ、災いの起こりやすい時期を割り出して頂いておりますの。私の補佐的な役割をお願いしているので賢者の称号を贈らせて頂いたのですわ』

 古の賢者は私と同じ魂の故郷からこの世に生まれた者なのだと伝える。そして私と同じく何らかの奇跡を起こす事が出来た筈だという事も。
 それを伝えると、大導師は「『そう言う事であったか』」と安堵したように溜息を吐いた。
 イドゥリースが本物の賢者であれば皇太子がすげ変わる可能性があったからのようだ。

 「『大導師フゼイフェ、聖女とそのように見つめ合って独り言を言っておるが、何をしているのだ?』」

 オス麿が怪訝そうに問うている。確かに傍からはそんな風に見えるだろうなぁ。
 フゼイフェはそれには答えず、「『……殿下、聖女様に謝罪をなされませ』」とオス麿を振り返った。

 「『愚僧は恐れ多くも皇帝陛下より聖女様を見極めて来るようにと命ぜられておりました。今、聖女様が本物であり、古の賢者様に並ぶほどのお方であると理解したのでございます。神の世からこの世に男として降臨なされば賢者、女として降臨なされば聖女と呼ばれる――そうでございますな、聖女様』」

 『ええ、その通りですわ』

 オス麿にも聞こえるように精神感応を使うと、彼は飛び上がった。

 「『殿下、これでお分かりになったかと』」

 「『あ、ああ……』」

 窘める大導師フゼイフェ。オス麿は動揺しながらも頷いて、大人しく謝罪の言葉を述べて引き下がった。

 「良き客人になって頂けるようで何よりですわ。アヤスラニ帝国の皇太子殿下達は賢者イドゥリース様を訪ねていらしたという事ですので、歓迎致します」

 私は一つ頷くと、今度はアーダム皇子に向き直る。
 そして満面の笑みを浮かべた。

 「そうそう、アレマニア帝国の殿下方は――今から帰国されると仰っておりましたわね。お会い出来て光栄でしたわ。どうぞ道中お気を付けてお帰り下さいましね。皆、アーダム皇子殿下方を見送って差し上げて頂戴」


***


 「やっと平和になったわね……」

 ほんのり甘い蜂蜜入りアイスティ―が美味い。
 私は水桶に素足を浸していた。
 キャミソールに短パンは以前怒られたしグレイにも目のやり場に困るから止めてと言われたので、ノースリーブシュミーズに留まっている。
 隠密騎士達の里を回っている時はそうでもなかったが、平地にあるこの城は暑い。

 「一時はどうなる事かと思ったけど、どうにか追い返せて良かったよ。これ、気持ち良いね」

 そう言いながらアイスティーを飲むグレイ。彼もこの涼み方法を気に入ったようだ。

 あの後――アーダム皇子は「無礼の償いをしたい」等と理由付けて城に留まろうとしていたが、ダンカンとデブランツ大司教に帰るべきだと強く説得されていた。
 そこへ、アルバート王子が「我が国の聖女様を魔女呼ばわりする者達を連れ帰って頂く事が一番の償いです」と言い、隠密騎士達もじりじりと剣呑な雰囲気で追い出しにかかる。
 そこでやっと状況の不利を悟ったようで、アーダム皇子は不承不承城から出て行ったのだった。
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