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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

身分も金もある勘助は性質が悪い。

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 「それがどうした! 神聖アレマニア帝国は本来、国の成り立ちからして太陽神の娘であらせられる聖女様にお仕えする立場ではないか! 聖女様は言わば皇帝より上位! 教皇ですらかしずく御身なるぞ!」

 「その尊き神の娘に対し、皇子如きに頭を垂れ礼を尽くせと抜かすか!? 無礼はどちらか!」

 それまで黙っていた前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが怒りを露わに負けじと叫び返す。
 その内容に反論する言葉を持たないのか、デブランツ大司教とダンカンは怯んだようにぐっと黙り込んだ。

 「キ、キャンディ伯爵! 貴殿は娘御にいかな教育をなさっておられるのか!」

 「申し訳ございません。父親とは言え、聖女様には逆らえませぬ故ご容赦を……」

 ダンカンは父サイモンに矛先を向けた。父は恐縮する振りをしている。

 「これ以上神聖アレマニア帝国の貴人に無礼を重ねるのも心苦しい事にございます故、お引き取り願いたいと存じますが……せめてものお詫びとして、今宵は城下の一番良い宿を用意させましょう」

 打ち合わせ通り、さり気なく城から追い出しにかかる父。
 相手が下手に出ている事で勢い付いたのか、今度はデブランツ大司教がアーダム皇子の方を向いた。

 「殿下、これでハッキリしましたな! かような不遜な礼儀知らずの小娘が聖女などと!
 大方聖女というのはサングマ教皇を始めとする寛容派のでっち上げに相違ありませぬ!」

 デブランツ大司教は、アブラーモそっくりの巨躯を揺らしながら唾を飛ばしまくし立てている。
 ダンカンが賢者であるイドゥリースをビシリと指差した。

 「いや、そこな賢者を僭称する男はアヤスラニ帝国の皇子とか。そもそも聖女という存在自体が寛容派とアヤスラニ帝国が結託した陰謀やも知れませぬぞ!
 偽聖女を使って教会を乗っ取り、異教の教えで人心を惑わし、真の信仰を潰さんと戦を仕掛ける。そして幼いヴェスカル第二皇子を傀儡の皇帝に据える狙い。
 手をこまねいていれば、数百年前のように皇都が包囲される憂き目に遭いますぞ!」

 「賢者様に対し、何たる無礼!」

 お前達の陰謀を暴いてやったぞ! と言わんばかりに告発するように意気揚々と告げるダンカン。スレイマンが怒鳴った。
 イドゥリースは特注品の黒の羽毛扇(※丁度換毛期だった烏達に貰った羽を使用)をゆっくりと動かす。黒を基調とした賢者の衣装にぴったりである。
 賢者と言えば諸葛孔明――孔明が持っていたという羽毛扇を作らせておいてよかった。

 「『僭称』とはこれは異な事を。私は聖女様直々に賢者として認められマシた。聖女様の補佐の任についておりマス。サングマ教皇猊下もお認めになったのを、一介の大司教が否定スルのか!」

 よく通る声で断罪する裁判官の如く羽毛扇の先を二人に突き付けるイドゥリース。
 おお、なかなか様になっている。腹芸が得意というのは伊達ではないようだ。
 しかしダンカンはそれを鼻で笑い飛ばした。

 「はっ、笑わせてくれる。偽聖女が認めた偽賢者。それを崇め、神に背きし教皇に何の価値があるというのだ!」

 「殿下! 寛容派の貴族達が偽聖女に会って帰国したという情報は恐らく間違いではありませぬ!  ここは敵地も同然、一刻も早くご帰国の上、偽聖女や偽賢者の正体を暴き、真の信仰、真の神の道を示されませ!」

 デブランツ大司教も勢い付いてアーダム皇子に具申している。
 しかしアーダム皇子はそれに頷かなかった。それどころか――

 「いや! この私を前にかような態度、逆に面白いではないか! あの手紙の返事も、よくよく読み返せば非常に興味深い意味が込められていた」

 縦読みに気付いたのか。しかもよくよく読み返してやっと気付いたらしい。

 「私はまだ帰らぬぞ! 聖女を皇妃として貰い受けるまではな!」

 そう宣言し、好戦的な眼差しを向けて来るアーダム皇子。諦めが悪すぎる。
 ……ここが王宮とかでなくて心底良かった。
 新聞の三面記事送りはごめん被る。
 内心溜息を吐きつつ、私は扇を開いてしっしっと犬を追い払うように相手にひらひらと振る。

 「私には夫がいるのでお断りしたはずですわぁ~。神聖アレマニア帝国は人妻に公然と求婚する恥知らずしか居ないのかしらぁ~?」

 「なっ……殿下が皇妃になる名誉を賜ろうとするのだ、人妻であろうとお受けするべきではないか! その夫も見返りとして身分や地位を用意すると殿下は仰っている。名誉なことだと身を引くべきだ!」

 「成程、貴方は自分の妻を他国の王に王妃にしてやる、身分も地位もやるから差し出せと言われればそのようになさるのですね」

 そこへグレイが静かに口を挟んだ。「妻を犠牲にしてでも立身出世を望む、大した野心をお持ちだ」

 顔を真っ赤にしたダンカン。代わりにアーダム皇子が口を開いた。

 「これは我が配下が大変な失礼を、この通りお詫び申し上げる。女の背後に隠れる程の気概の男には丁度いい交渉だと思ったのだが、私の見込み違いだったようだ」

 部下を庇い、腹立つ言葉を選んで返してくるアーダム皇子。
 グレイまで馬鹿にされて、私の神経は逆撫でされまくりである。

 「……一ついいかしらぁ~? 何で私がお前の妃になる事に同意するって前提なのかしらぁ~?」

 「勿論同意を得られるまで口説き続けるつもりだ。苦労して得た果実程美味なもの」

 皇子としてちやほや育てられてきて、挫折もあまり味わった事無いんだろうなこいつ。言い寄られた女も身分差から逆らえず拒否出来ないだろうし。
 だからこんな性質たちの悪い勘助(※勘違い男)になると。

 「正直気持ち悪いんですけどぉ~。国に帰ってくれないかしらぁ~?」

 「殿下、偽聖女を皇妃にするのはおやめ下さい。私は反対です。皇帝選挙の助けになるどころか、足を引っ張りかねませぬ。このような女です、大方国内でも碌な嫁ぎ先が無く、悪魔の申し子、汚らわしい赤毛を夫にするしかなかったのでしょう」

 「……何ですって? ダンカンとやら……お前、今、何を、言ったのかしら?」

 「マリー、ダメだよ」

 演じる事も忘れる程、一瞬にして怒りにかられる。慌てたグレイが後ろから小さく制止の声を掛けて来る。しかし私は右手を動かし、それを断った。

 ――絶対許さん。そんなにお望みならば、神の奇跡というものを存分に味合わせてやろう。

 メイソンがグフッと呻く。背中にぐっとハイヒールの踵を強めにめり込ませていたようだ。

 「よく聞こえなかったわ。先程の言葉、もう一度ハッキリ言ってくれるかしら?」

 私の静かな迫力にダンカンは多少怯んだようだったが、直ぐに睨み返してきた。

 「良いだろう……何度でも言ってやろう偽聖女! 躾のなっていないお前の夫が汚らわしい赤毛なのは似合いだと申したのだ――ぎゃあああ!」

 次の瞬間、ダンカンが炎に包まれた。
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