貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

何事も最初が肝心なのです。

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 街道を東へ向かい、宿場町メイユからシャンブリル川を南下する。
 ダージリン伯爵として拝領した領地は、王都と南の港を結ぶ主要街道が貫く領地なだけあって商業も盛んで旨味のある土地だった。
 街道沿いが発展している一方、キャンディ伯爵領と境を接する山の方はあまり開発されていないらしい。

 しかし、しかしである。
 私はくふふ、と笑って山々を見つめた。
 キャンディ伯爵領アルジャヴリヨンを発って八日目、私達は領都クードルセルヴに到着。
 日本語に直訳すればハシバミの森――さしずめ『榛森しんせん』といった地名になるだろうか。
 近隣の森にヘーゼルナッツの木が群生している交易都市であり、牛ノ庄辺りから山越えした場所に当たる。

 あの中にはもう一つの温泉、鉄鉱山と炭鉱があるのだ!
 キャンディ伯爵領との間に鉄道を通したいところである。
 採用試験をちゃっちゃと終わらせて、視察に行くのが待ち遠しい。

 そんな事を考えながらうきうきと領主の城へ向かったのだが――領地の引き渡しの為に代理領主をしてくれていたギャヴィンに対面した直後、アーダム皇子がこちらへ向かっていると聞かされ、出鼻を挫かれてしまったのである。

 「何ですって?」

 城の応接室。
 聞き捨てならない言葉に訊き返すと、グレイも顔を強張らせ、「どういう事なのでしょう?」と口にした。

 「殿下からの知らせによれば……アーダム皇子は長く国を空ける訳には行かない、と帰国の意志を口にしたとか。東方小国群を回って神聖アレマニア帝国へ向かう道を選ぶとの事で、まずはナヴィガポールへ、と」

 「聖女に会えない事に業を煮やし、理由を付けてこちらに向かったという事か……?」

 父サイモンが思案気に顎に手を添える。ギャヴィンは恐らくはと頷いた。

 「その通りだと推察致します……帰国する、との理由ですと引き留める事も難しく。ただ、お見送りするという事でアルバート殿下も同道されております」

 ギャヴィンの言葉にグレイがこちらを見た。

 「どうする、マリー?」

 そこへ、恐れながら、と前脚ヨハン

 「マリー様、城を出るのは得策ではございませぬ。誘拐される隙ができやすくなりまする」

 後ろ脚シュテファン中脚カール、アルトガル達を見渡すと、皆同意見のようで頷いている。

 「そうね……既に賢者イドゥリースの話は広まっている筈。会うのは避けられないにしろ、牽制は出来るんじゃないかしら」

 ちろり、とイドゥリースを見ると、決意を秘めた眼差しを返された。

 「私もアヤスラニ帝国の皇子の一人。腹芸はそれなりにこなしマス。頑張りマス」

 「ありがとう、とっても心強いわ」

 さて、どんな風にもてなしてやるか考えねばな。
 アーダム皇子達が領都クードルセルヴにやってきたとの知らせが届いたのは、対策会議を開いてから数日後の事だった。

***

 「まあ、アルバート第一皇子殿下。お久しぶりですわねぇ~。今、私は気分が優れませんの。このような格好で失礼致しますわねぇ~」

 私は聖女の衣装を身に纏い、気だるげな演技をしながら玉座に偉そうにふんぞり返っていた。
 体をだらしなく玉座に持たれ掛けさせ、足もだらんと投げ出し、右肘をつくという非常に行儀悪い座り方である。
 玉座の両脇には馬の脚共が金剛力士像の如く腕組をして来訪者達を睥睨していた。

 私の足元では目隠しをされ、ギャグボールを噛まされたメイソンが四つん這いで足置きとしてお勤め中。
 グレイはと言えば、一歩下がった隣に置かれた椅子に無表情で静かに座り、存在感を消している。その更に背後には中脚とサリーナ、ナーテの姿。
 私より一段下がった場所には賢者イドゥリースが正装できちんと座っている。その傍に立つスレイマン。
 馬の脚共の更に外側には烏達とマイティーの止まり木が並べられ、鳥達は一つも鳴き声を上げず不気味な程に静まり返っている。
 謁見の間の長絨毯の両脇には隠密騎士達がずらりと並び、威圧感を与えていた。

 「聖女マリアージュ様、こちらこそ長らくご無沙汰しておりました。御気色優れぬ時にお邪魔してしまいました事、心よりお詫び申し上げます」

 事前に計画を伝えておいたアルバート王子はポーカーフェイスを保ってこちらに合わせて挨拶を述べる。
 しかし内心笑いを必死に堪えていた。
 アーダム皇子の表情は読めないが、側近ダンカンとデブランツ大司教は怒りを堪えている様子。他の随従も怒ったりドン引きしたりしているようだった。

 ――まずまずは成功か。

 内心ニヤリと笑う。このカオスな状況を作り出したのは勿論私だ。
 というのも、何事も最初が肝心だからだ。
 糞ゴリラが皇妃にしようなどと思わない程、私が扱い難くヤバい人間だという印象を与える事が主な目的なのだから。

 「で、そちらの方々はどなたですのぉ~?」

 自分の髪の毛をくるくると指で弄びながら尊大に挨拶をかました私に、我慢の限界が来ていたのだろう。

 「……いかな聖女様と言えども、先程から無礼ではありませぬか!」

 「こなたにおわすは神聖アレマニア帝国の第一皇子アーダム殿下にあらせられますぞ!」

 顔を真っ赤にしたデブランツ大司教とアーダム皇子の側近ダンカンが怒りを堪え切れずに叫び出す。
 カーン、と脳内でゴングの音が鳴り響いた。
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