貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

マリーちゃんはリケジョだから。

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 『この世全ての豚支配する肉屋! シックスシックスシックス!
 恐怖を餌にし刻印を打つ! シックスシックスシックス!
 脳無し豚は金すら払う! シックスシックスシックス!』

 熱狂の中、私は獣の数字を意味するOKサインを作って刻まれるビートと共に繰り出していた。
 最前席――ファン達がサバトの如き雄叫びを上げる中、舞台の上ではあの方――Diableディアブルのサタナエル様が歌い始めている。

 しかも、新曲である!

 『盲従か、反逆か!
 憎しみか、愛か!
 十八を組み換え、超えて行け!

 目覚めし豚よ愛し反逆せよ! スリーシックスナイン!
 肉屋を離れた智慧得し豚よ! スリーシックスナイン!
 猪となりて次元の壁を突き抜けろ! スリーシックスナイン!』

 歌が終わると、会場全体の電気が落ちて暗闇になった。
 ファン達の熱気と喧噪も無くなり、私だけがぽつんと会場にいるような感覚がする。
 と、舞台の上にぱっとスポットライトが当たり、サタナエル様を浮かび上がらせる。
 サタナエル様は舞台から飛び降りると、こちらへ歩いて来た。

 『雌豚よ、来るぞ。手段は既に手の内にある。備えるのだ』

 サタナエル様がぐいっと私の顎に手をかける。そして額にキスをされた!
 ふおおおおお――! 我が人生に悔い無し!

 『せいぜい足掻くが良い。敵は人の心である事をゆめ、忘れるな』


***


 「……久しぶりにあの方の夢を見たわ」

 目が覚めると、思わず額に手をやってしまう。
 いけないわ、私人妻なのに。
 しかしサタナエル様は崇拝対象なのでグレイよ許して欲しい。

 グレイの姿が無い。彼はもう起きているようだ。
 私は一つ伸びをする。
 風呂に入って着替え、一眠りしたお蔭か、ある程度の疲れは取れていた。これが若さというものなのだろう。
 サリーナはもう働いていた。大丈夫なのかと問うと、「鍛えておりますので、これしきの事は」だそうだ。

 迎えに来てくれたグレイと連れ立って――宿題チェック(主にメイソンの)へ向かうと、何とメイソンは宿題を全部終わらせていた。精神感応で探ると、私が帰って来た時はまだ終わっておらず、最後の数ページをやっていたらしい。
 得意気に「宿題、ちゃんと終わりました! これでお連れ下さいますよね?」と差し出してくるメイソン。ちっ、命拾いしたなと思いつつも口では褒めてやるとする。

 「少しは賢くなったみたいね、良かったわ」

 「聖女様! 皆はこのメイソンを馬鹿にしますが、私は得意分野が違うのです! 風雅を解し、即興で詩を作る事ならば得意です。今から聖女様を讃える詩を詠みましょう――『おお、いと高き天空に輝ける太陽神の娘よ! その輝ける黄金の瞳は慈愛に満ち、ミルクの如き白皙の肌に流るる髪は金糸の如く、』」

 「あ、そういうのいいから」

 目の前で延々とポエムられそうだったので、私は途中でぶった切った。
 残念ながら私はパソコンやプログラミング言語と親しんできた理系である。
 花火を見ても、綺麗とは思うものの炎色反応のごろ合わせである『リアカーなきK村動力借りると(う)するもくれない馬力リチウム:赤―ナトリウム:黄―カリウム:紫―銅:緑―カルシウム:橙―ストロンチウム:紅―バリウム:黄緑』が脳裏を過る女なのだよ。
 ポエムるなら、私が居ないところでやれ。
 そう言うと、メイソンは何を思ったのか何故か「そうでした、聖女様は恥ずかしがりやでしたね」と生温かい目で見て来たのでちょっとイラっとした。

 「後で紙に書いてお捧げしましょう」

 心底要らんわーと思っていると、今度はエヴァン修道士が「私は聖女様の伝記を執筆しております、マリー様を讃える詩ならば詩集を出されては如何ですか?」等とメイソンに話しかけている。メイソンの顔がぱっと輝いた。
 ……もう好きにしてくれ。

 「聖女様、これで『物理』という神の知識を拙僧に教えて頂けるのですな!」

 一方イエイツも宿題を終えており、無事に物理への道を歩む事になった。シャルマンとヤンは肩の荷が下りた、とでも言うように嬉しそうにしている。グレイが彼らに詫びてボーナスを約束していた。
 私もヤンにもう少し高校数学を教えた後、大学数学教科書の翻訳本をプレゼントするとしよう。


***


 イサークとメリー、ヴェスカルにお土産を渡した後。
 私とグレイはイドゥリース達を訪ねていた。
 星占いで何か災厄の予兆のようなものがあるのかと尋ねると、イドゥリースは思案気にしている。

 「次の災厄、 デスか」

 「そうなの。何か分かった事があれば教えて欲しいんだけれど……」

 頷く私に、少し曇った表情のイドゥリースが口を開く。

 「その事なのデスが、実は……」

 実は、私達が不在の間――彼は既に占星術である程度気になる時期を割り出していたらしい。

 「次は疫病が流行するかも知れマセん。時期は――」

 イドゥリースが割り出したのは冬頃だった。という事は、インフルエンザみたいな病気なのだろうか。
 トラス王国の王都に絞って透視を行ってみると、修道士・修道女達が人々に種痘をしている光景が見えた。

 という事は、流行する病気は恐らく――天然痘。

 「それまでに種痘を急がなければいけないという事ね」

 蛇ノ庄のスヴェン卿が思い浮かんだ。
 冬――それまでに種痘を行き渡らせられるだろうか。急がせなければ。

 更に透視を重ねると、天然痘はトラス王国のみならず、諸国にも広がっているようだ。
 ……これは鼠算式に種痘を広めなければ厳しいかも知れん。
 先ずは、サングマ教皇に連絡して――等と考えていると、部屋の扉がノックされた。

 「サイモン様がお呼びです」
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