貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

猛牛の料理人。

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 「牛ノ庄、猛牛のウルリアン・ナグリ。お迎えに上がりました」

 次の日の朝、迎えに来たのは牛ノ庄出身だという隠密騎士ウルリアン・ナグリ。
 しかし夕べは夜遅くまで酒宴だったのだ。
 獅子ノ庄の男達は悉く二日酔いに倒れていた。
 父やハンス卿、アルトガルやエヴァン修道士は程々に呑んでいたようで平気そうである。私とグレイも然り。
 ただ、カールはしこたま飲まされたようである。
 ウルリアンには申し訳ないが、事情を話して皆が動けるようになるまで待ってもらう事に。

 「何と、山猫娘が鶏蛇竜と!? そう言う事ならば仕方があるまい。おめでとう、二人共」

 「ありがとうございますー。うぅ……流石にここまでお酒を呑んだのは初めてかなー」

 「私の分まで呑まなくても良かったのに。ウルリアン、ありがとう。貴方も疲れているでしょうからゆっくりして行って頂戴」

 「ああ、そうさせて貰おう」

 時間が出来た私はグレイ、父サイモン、ハンス卿に職人達を巻き込んで、蒸気機関車と鉄道レール、反射炉の図面を描く事にした。
 精神感応で元の図面を共有し、手分けして描いていくのである。流石人海戦術、午前中いっぱいで何とか仕上がった。

 今後は獅子ノ庄でミニ蒸気機関車の開発が行われ、ダージリン領で猿ノ庄の鍛冶師や技術者の協力の下、大型反射炉が作られる事になるだろう。

 獅子ノ庄を出立したのは昼過ぎだった。
 次の牛ノ庄へは少し遠まわりに川沿いに下って迂回する形になる。
 ちなみに城へ戻る父と途中までは一緒だ。

 父達一行と別れる二つの川の合流地点での休憩時間。
 私はヴァッガー家の動向を探るべく、精神統一をして透視能力を使った。


***


 しまった。ヴァッガー家の当主の名が分からない。能力を切るのも面倒なので、一先ず城に何らかのコンタクトがあるのかどうかを探ってみる事に。
 すると、

 『……聖女様がいらっしゃらない!? では、せめてキャンディ伯爵閣下にはお目通り叶いましょうか』

 丁度、訪問者の一団の姿を見た。
 代表者して執事に問いかけているのはどことなく金太に似ているナイスミドルのおじ様である。更に精神感応を使うと、執事には偽名を名乗っていたが、ヴァッガー家当主――名はアントン――である事が分かった。息子を人質に取られている事に流石に焦って息子と同じように単身乗り込んで来たようだ。
 執事が慇懃に礼を取る。

 『申し訳ございません。旦那様は後数日程で戻られるはずでございます。聖女マリアージュ様は二週間程かかるかと』

 『そんな……』

 『旦那様にはヴァッガー家の方がいらしたら丁重にもてなすように仰せつかっております。当家にてどうかゆるりとお過ごし下さいませ』

 『あの、坊ちゃまがこちらでお世話になっているとお聞きしましたが……会わせて頂けるのでしょうか?』

 『ええ、勿論でございます。ただ、警備には重々気を付けておりますが、豪商ヴァッガー家のご子息でいらっしゃいますので、万が一があっては、と屋敷内でお過ごし頂いております』

 執事の言葉の真意を悟ったのだろう、

 『……いえ、無事で過ごしておるのならば良いのです。私めは城下に宿を取っておりますし、このような立派なお城は私には身分不相応にございますので、また後日出直そうかと……』

 『いえいえ、そんな。既にディックゴルト様が滞在されていらっしゃるのです。ヴァッガー家からの使いの方であれば尚更、万が一があっては私が旦那様に叱られてしまいます』 

 言って、パンパンと手を叩く執事。

 『お客様をご案内して差し上げて下さい』

 侍女が待ち構えていたとばかりにわらわらと出て来て、ヴァッガー家当主一行を取り囲む。
 隠密騎士達も遠巻きにして逃がさないように見張っていた。
 アントン・ヴァッガーは観念したらしく、力無く礼を述べると連行されるように連れて行かれてしまったのだった。


***


 「……という光景が見えたんだけど。父、私が戻るまで宜しくね」

 「ふふふ、当主が自ら来たとは。任せておくが良い。では、ここでお別れだな。気を付けて行くが良い」

 父サイモンと別れた後、私達は東へと流れる川を下り、一路牛ノ庄を目指した。

 夜には蛍を楽しみつつ、牛ノ庄には獅子ノ庄から出発して三日目に辿り着く。
 牛ノ庄は大きな湖の傍にある素朴な田舎町だった。ウルリアン曰く、文字通り牛を飼って暮らしているという。牛乳でチーズやヨーグルトを、牛肉で干し肉や腸詰ソーセージを作ったりしているそうだ。その他、湖の水を頼りにした大規模の畑があったり。
 そう言えば牛の糞はいい堆肥になる。その有効活用なのだろう。
 馬の脚共によれば、馬ノ庄で飼っている牛も元を辿れば牛ノ庄から融通して貰ったものだという。

 晩餐では牛肉ステーキ、牛乳で作られたチーズ、ヨーグルトが出た。何故か料理を運んで来たのは侍女ではなくウルリアンである。
 牛肉ステーキの焼き加減が絶妙で滅茶苦茶美味しかったので褒めると、牛ノ庄当主ウルリッヒ・ナグリ卿が嬉しそうにステーキの焼き方には一家言あるのです、と言う。
 そこへ「お気に召したのなら、」とウルリアンがダージリン伯爵家の料理人に立候補してきた。彼は庭師が肌に合わないそうで、料理好きらしい。
 私が齎したレシピに感動していたそうで、出来る事なら料理人になりたいそうだ。
 「実はこのステーキもウルリアンが焼いたのです」とウルリッヒ卿も推薦したので、その場で採用が決定。

 新たな牛肉料理があるかと訊かれたので、しばし思案する。
 そう言えばこの世界には薄切り肉がない。牛肉の薄切り肉があればすき焼きが出来る。
 薄切り肉は、肉を凍らせてスライサーで削り取るやり方で出来る。

 考え始めるとどうしてもすき焼きが食べたくなったので、レシピと共に伝えると、冬に作らせてみましょうと言ってくれた。寒く晴れた冬の日を選んで凍らせた薄切り牛肉を王都の屋敷にも早馬で送ってくれるそうだ。

 ふと思いついて、牛タンは食べないのかと訊くと、何故か言葉を濁された。グレイがそれは貧しい人が食べる安い肉だよと教えてくれる。
 シチューとかにすると美味しいのに、と言うと次の日に作って貰えた。我儘を聞いてくれて感謝である。
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