貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
384 / 690
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

似たもの親子。

しおりを挟む
 サリーナの案内で向かった獅子ノ庄は、森に囲まれた美しく大きな泉の畔にあった。
 横目に見る底まで見通す事が出来る程の透明度。目を凝らすと所々の底の砂が吹きあがるように動いている。
 恐らくは山々からの伏流水がここでこんこんと湧き出ているのだろうと思う。現代だったら汲み上げて天然水として売ってたところだ。
 と、向こうから近付いて来る騎馬の一団。
 サリーナが手を振ると、向こうも手を振り返してくる。近付くにつれ、ダディサイモンの姿も。

 「お初にお目にかかります、私は獅子ノ庄はシンブリ家の当主ハンスと申します」

 ダディの隣に居た焦げ茶の髪と瞳をした中年の男が下馬して騎士の礼を取った。何となくサリーナに似ているから、きっと彼女の父親に違いない。

 「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はグレイ・ダージリン。サリーナには僕もお世話になっております」

 「うふふ、初めましてハンス卿。私はマリアージュ・ダージリン。サリーナには十一歳の頃からずっと何かと助けられておりますわ。彼女は優秀で有能なんですの」

 本当に、サリーナには世話になりっぱなしである。掛値無しに彼女を褒めると、ハンス卿は目を細めた。

 「それは何よりでございました。サリーナ、お前の事は一時はどうなる事かと心配していたが……お前はよくよくマリー様にお仕えしているようだな。安心したぞ」

 「お父様、お久しぶりでございます。その節はご心配をお掛け致しました。今では侍女として励み、マリー様を始め皆様にはとても良くして頂いております」

 父娘が手を取り合う。並んでいるのをこうして見ると、そっくりだ。

 「お前達、やっと来たか。待ちかねたぞ」

 ダディサイモンが声をかけて来る。何だかそわそわしているので、きっと蒸気エンジンの実験をしたくてしたくて堪らないのだろう。
 曇り空の元、ひゅうと風が吹く。先程よりも大きな雷鳴。暗い灰色のどんよりとした雨雲が近付いて来るのが見える。
 ハンス卿が慌てて父を振り返った。

 「おお、そうでございました。雲行きも怪しくなって参りました故、外へ長居するべきではございませんな。屋敷へとご案内致しましょう」

 獅子ノ庄領主の住まいは、熊ノ庄や竜ノ庄とは違って要塞ではなく大きな屋敷だった。
 下馬をして馬が連れて行かれると、一人の中年の女性がサリーナの名を呼びながら近付いて来る。

 「あの方は?」

 「母でございます。マリー様、少々失礼致します。お母様!」

 サリーナは断りを入れると、女性に小走りに駆け寄った。手と手を取り合って何事か話している。それが終わると、二人はこちらを見た。
 女性はサリーナを背後にこちらへゆっくり近付いてくると、淑女の礼を取る。

 「遠路遥々ようこそ獅子ノ庄へおいで下さいました。お初にお目にかかります。私はサリーナの母、ジュリーヌ・シンブリと申します」

 「マリー様、母のジュリーヌは祖母カメリア・コジーの娘に当たります」

 「まあ、ばあやの!」

 考えてみればそうだった。確かにジュリーヌ夫人はばあやを若くしたような感じである。
 思わず手を口に当てた私に、ジュリーヌ夫人は柔和な顔で頷いた。

 「はい。コジー男爵家の出でございます。母と娘がお世話になっておりますわ」

 「あ、あの……私こそ、初めまして。サリーナにはお世話になっておりますわ。後、ばあやのぎっくり腰の事はごめんなさい」

 「いえいえ、もう過ぎた事ですわ。お気になさらず」

 動揺しつつ挨拶をする私に、おほほほと上品に微笑むジュリーヌ夫人。父が向けて来る視線が非常に痛い。
 うむ……負い目のある獅子ノ庄では大人しくしていた方が良さそうだな。


***


 屋敷の広い一室。石造りの壁の重々しい空気の中、皆でテーブルを囲む。
 ダディサイモンに急かされる形で体をさらっと拭いて着替えた後、私達はそこに集まっていた。

 ザアザアという音が耳を打つ。換気の為なのか、窓は僅かに開けられている。外では雨が降り出していた。
 部屋が暗くなったので、サリーナとナーテが燭台に火を点す。しかし部屋の隅の方は暗い事には変わりはない。
 まるで秘密結社の集まりの如き雰囲気だ。

 テーブルの中央に鎮座するそれを見つめる。
 私が図面を描いた蒸気エンジン模型は、すっかり再現されていた。

 「……では、始めさせて頂きます」

 ボイラーにお湯が入れられ、代表してハンス卿が太い蝋燭を持って燭台から貰い火をし、ボイラーの下へ置く。
 暫く経って車輪の所をそっと動かすと、ピストン部分から湯気を漏らしながらクランク機構がカタカタと鳴って車輪が回り出した。

 「おお……これが蒸気エンジンというものか!」

 ダディサイモンが嬉しそうに声を上げる。他の面々もどよめいていた。
 一方、獅子ノ庄の金属細工職人や猿ノ庄の鍛冶師達は安堵や達成した、とでもいうような表情を浮かべている。やつれている印象を受ける事から、きっと彼らは寝る間も惜しんで何度か試行錯誤して仕上げたのだろう。技術者の鑑だ。

 「一先ず蒸気エンジン模型は大成功ね。これからは小型の蒸気機関車を作って走らせてみて、そこから巨大化させる方向で開発するといいわ。猿ノ庄に行った時の事なんだけど――」

 「反射炉……それを使って作った鋳鉄で蒸気機関車を?」

 「ええ、そうなの。優良な鋳鉄を製錬すれば実用に耐えうるわ」

 「ふむ……」

 「後、石炭も押さえた方がいいわね。鉄の生産能力を上げるのに必要だし、蒸気機関で需要が激増するから富を生む資源として黒いダイヤと呼ばれるようになるわよ。値段も高騰するでしょうね」

 「ほう……石炭が産出する場所はどこにある?」

 「ああ、近場ではダージリン領に炭鉱を見つけてあるわ――それなりの量はあるけど、需要が高まって来たら間に合わないかも。結構大規模なものは神聖アレマニア帝国にあるのよねぇ」

 「ふむ……あの豪商の息子を使うか」

 「それがいいわね。私も投資したいわ」

 私もそれを考えていた。金太ディックゴルトを巻き込んで炭鉱を確保する。
 ヴァッガー家からの使いはもうそろそろ来ても良い頃なのだと思うが。
 後で能力使って状況を確かめるとしよう。

 「石炭は材木の乏しい地域で使われる程度だからな。交渉は有利に運べそうだ」

 ニヤリとするダディサイモン。
 ああ、DSディープステートへの夢がどんどん広がって行く!
 私の安穏で優雅なニート生活も実現に近付いた!
 表情筋が緩みっぱなしである。笑いが止まらない。

 外では雨が大降りになったらしく、激しい雨音。風が窓の隙間から入って来て、灯りの一部を吹き消した。
 カカッと雷光が窓から差し込み、大きな雷鳴が轟く。

 「楽しみね、ダディ。うふふふふ……」

 「本当にな、ふはーっはっはっは……!」

 「……」

 グレイの呆れるような視線を受けながら、私達親子は悪役ヴィランさながらに笑いあった。
 主だった炭鉱資源を確保すれば勝ち確だ。
しおりを挟む
感想 926

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 「番外編 相変わらずな日常」 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。