貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

過ぎたればなお及ばざるがごとし。

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 「マリアージュ様、グレイ猊下、そして皆様方。お初にお目にかかります。私は蛇ノ庄当主イーヴォ・リザヒルと申します。遠路はるばるようこそリザヒル庄へおいで下さいました」

 蛇ノ庄の当主と名乗った優しそうな顔立ちの男は、そう言って丁寧に頭を下げた。
 『蛇』ということで、色々と陰気だとか目付きが悪いとかそういう想像を膨らませていたのだが……物腰の柔らかさに予想を裏切られた。
 まあ、カールだって笑顔の絶えない陽気な兄ちゃんだしなぁ。
 そんな事を思いながら私は淑女の礼を取った。

 「イーヴォ・リザヒル卿、ご丁寧なお出迎え、ありがとう存じますわ」

 「私もカールにはいつも助けられております」

 カールはグレイ付きの護衛をしてくれているので、グレイも丁寧に礼を述べている。
 そこから続けてアルトガルやエヴァン修道士達が名乗って行き、最後にカールが「イーヴォ様ー、お久しぶりですー」と右手を軽く挙げた。
 へらりと笑って挨拶を交わすカールにイーヴォも笑い返すが、その表情にはどことなく寂しさがあるように思えた。

 「……カール、息災でやっていたか?」

 「お陰様でー。蛇ノ庄の後継者は見つかったんですかー?」

 「いいや、出来る事ならお前がなってくれればいいのだが」

 「うーん、手紙にも書きましたよねー、僕はグレイ様専属だしダージリン領で働くから無理ですってー」

 軽い口調だが、突き放す内容。そんな会話に私は首を傾げる。
 カールは蛇ノ庄跡取り息子なのだろうか。

 「どういうこと?」

 「一応、この人僕の父親なんですー。まあ昔、色々とありましてー。蛇ノ庄の問題ですからマリー様達はお気になさらず―」

 カールの言葉に含まれる明らかな拒絶。
 父と呼ばないあたりからして、あんまり触れて欲しい事じゃ無さそうだ。父サイモンと合流したらそれとなく訊いてみようかな。

 「分かった。でもカールにはいつも世話になっているから、私に何かできる事があれば言うのよ」

 「僕もいつでも話を聞くから」

 「……ありがとうございますー」

 食事と休憩を挟んだ後で案内された蛇ノ庄は、森林地帯の中に薬草畑の風景が広がる長閑な場所だった。
 薬草の加工場らしき建物では、薬草が束ねられて吊るされていたり、ざるに広げられていたり。加工場もちらりと見せて貰ったが、薬研や擂鉢等の調合の道具が置いてあったりして興味深い。

 薬の生産に特化しているようで、鳥ノ庄と龍ノ庄に挟まれている場所にしては発展していない印象を受ける。
 そこまで考えて、もしかして、と閃いた。

 そう言えば、東洋の漢方の世界も秘密の独自のレシピがあったりしたっけ。現代でも耳にする、○○丸や□□散と名の付くものもその類だったはず。
 現代でこそ成分分析で中身がある程度バレるけど、この世界ではそうじゃないから……

 「……薬の製法の秘密を守る為に故意に人流を制限している?」

 「ご明察ですー。蛇ノ庄は限られた者、特別な許しを持つ者しか入れませんからねー」

 鳥ノ庄や龍ノ庄に出来上がった薬を運ぶのも、蛇ノ庄の者に限るという徹底ぶりだという。
 ふむ……良い事を聞いた。


 蛇ノ庄の領主館はこじんまりとした、しかし堅固な要塞のような建物。うっそうとした木々に隠されるようにして建っていた。

 「蛇だから半分地下なんですよー」

 「珍しいわ、でも過ごしやすそうな場所ね」

 半地下の建物は前世でも見直されていたっけ。湿気という問題はあるが、日本程多湿ではないので問題は無いだろう。

 招かれた夕食の席では、蛇ノ庄当主イーヴォ・リザヒルの隣に目付きの鋭い男が居るのに気付いた。
 イーヴォも使用人達も、その男にはえらく気を使っている。その男もまた、それを当たり前のこととして受け入れている様子である。

 「……私の兄、スヴェン・リザヒルです。何かと助けて貰っております」

 イーヴォの説明に、スヴェンという男が黙礼する。成程と納得するも、違和感が拭えない。
 兄弟と言う割にはあんまり似ていないな。

 「弟の貴方が当主なのは何か理由が?」

 「数年前、兄は跡取り息子を無くしてしまいまして……ところで、蛇ノ庄はいかがでしたか?」

 「薬作りの道具など初めて見ましたわ。薬草の花も可愛らしくて、長閑でいい場所ですわね」

 そんな会話をしていると、「少し宜しいですかな」とスヴェンに声をかけられた。

 「何でしょう?」

 「生の裏には死があり、平和の裏には戦があるものです。薬も毒とは表裏一体にて、人を活かしも殺しもしまする。聖女であらせられるマリアージュ様は、キャンディ伯爵家にとって――果たしてどちらでいらっしゃるのでしょうな?」

 ――お前は主家の姫とはいえ、悪魔にもなり得る存在だ。キャンディ伯爵家に害になる存在なのか、それとも。

 そのように問いたいのだろう。
 私の心を見透かさんばかりに眼光鋭くこちらひた、と見つめて来るスヴェン。

 「貴様!」

 「無礼な!」

 前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが、椅子を蹴って立ち上がった。いきり立つ二人を、冷ややかに一瞥するスヴェン。

 「ほう、聖騎士と煽てられて調子に乗っておるのかな、馬のひよっこ共が」

 「……前蛇ノ庄の当主殿、マリー様に対して言葉が過ぎましょう」

 珍しくサリーナも口を挟んだ。
 怒りを帯びた彼女の低い声。ナーテが小声で窘めるも、サリーナは引こうとしない。
 剣吞な空気が漂い始める。
 これはいかん――私は慌てて口を開いた、

 「お前達、控えなさい。スヴェン卿、私がどちらとかは私に訊かれても分かりませんわ。それは私ではなく世の人々が判断することですもの。
 でも、薬と毒は表裏一体というのはその通りですわね。薬は用法用量を守らなければ。何事も程々にする方が良い結果につながるもの。何事も、『過剰にはなんの値打ちもない過ぎたればなお及ばざるがごとし』と申しますしね」

 私がキャンディ伯爵家にとってどうなのかと訊かれても父サイモンにでも訊けとしか。
 それに、薬も人も良いパフォーマンスの成果を得ようと思えば、偏らずに『いい塩梅』を見極めることだと思う。
 筋トレだってむやみやたらにすればいいというものでもない。私もまた、無理してまで聖女はやらないし。
 よく分からないまま私なりに答えると、しんと静まり返った部屋の中。

 「フッ……ククッ……」

 ややあって、忍び笑いが響き出す。それは次第に大きくなり――

 「あーっはっはっはっはっは! マリー様、最高ですー! この人、過去にやりすぎて失敗したんですよー!」

 お腹を抱えて大笑いしていたのはカールだった。
 それにつられたのか、馬の脚共やサリーナもクスクスと笑い始める。
 訳が分からずグレイと顔を見合わせて首を傾げていると、「マリー様はそのままで」と指で目尻を拭うサリーナ。

 「……そのことは私も肝に銘じておる」

 スヴェンは苦虫をかみ潰したような表情でそう言った。
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