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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(33)
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アルジャヴリヨン中央大修道院に到着し、僕達は馬車を降りる。後続の数台の馬車からもエトムント枢機卿とイドゥリース、スレイマン、サイモン様達が続々と到着していた。
「じゃあ、グレイ。後でね」
ダニエリク司教の歓迎と挨拶を受けた後。「お急ぎを」と言われたマリーは、先導する修道女についてサリーナを伴い慌ただしく建物内へ入って行った。
女性の支度には時間が掛かるものだ。ましてや聖女の衣装はかなり装飾品を使うし、着付けも大変な仕事になるだろう。
僕もカールと共に枢機卿の法衣へ着替えるべく用意された控室へと向かった。そこでは修道士達が待機してくれており、着付けを手伝ってくれるのだ。ちなみに本日の主役、イドゥリースも同じ部屋で賢者の衣装に着替える事になっている。
イドゥリースに用意されたのは、深い紺色に金銀の糸で装飾が施された古代めいた衣装。月女神の支配するのは夜の世界。エトムント枢機卿によれば、漆黒よりも濃紺の方が闇に溶け込むのだという。
装飾品としても男なので多くはない。ただ、マリーの提案で魔法の鏡を使う事になった。満月を模した鏡を額に頂くサークレット。その鏡に光を反射させれば、太陽神と月女神の寄り添う姿が浮かび上がる仕掛けになっている。
着替えたところで、メリー様にエヴァン修道士、カレドニア王国の修道士達がやって来た。
メリー様はイドゥリースに向かって一目散。エヴァン修道士は入って挨拶をするなり、「後学の為に賢者様の衣装の絵を描かせて下さい!」とエトムント枢機卿とイドゥリースに頭を下げている。
「まさか私共もこのような栄えある儀式への臨席を許されるとは……」
「「神に感謝を」」
感動したように言う年長のグウィン・サザランド修道士。残りの二人、確かコナー・フレイザーとケネス・ハミルトンという名前だったと思う。若い修道士達も祈りを捧げる所作をしていた。確かにカレドニア王国の一修道士では参加を許されない儀式だと思う。
絵ぐらいなら、と許可を貰ったエヴァン修道士が鞄からいそいそとスケッチの道具を取り出している所に僕は声を掛けた。
「ところで、イエイツとメイソンは?」
「メイソン修道士は儀式が始まるまで椅子としてご奉仕するのだと聖女様の控室前で騒ぎ、聖騎士のお二人に叱られておりました。イエイツも一緒に居ります」
「あ、そう……」
大後悔。訊くんじゃなかった。
「イドゥリース、大丈夫かい?」
気分を変えて、緊張した面持ちのイドゥリースに声を掛ける。
賢者の衣装を纏い、額にサークレットを嵌めた彼は正に月女神の愛し子。物語に出て来る賢者のようだった。
「『正直かなり緊張しているが、昨日の予行演習があってよかったと思う』」
手に持った儀式の手順が書かれてある紙を見つめ、イドゥリースは自分の言うべき台詞をブツブツと呟いて最後の復習を始める。
スレイマンが「『あれだけ練習したからきっと上手く行くと思う』」と励ましていた。
「賢者認定儀式が始まるまで、私もついていましょう」
イドゥリースに指導したエトムント枢機卿がそう言うと、イドゥリースはほっとしたような顔で礼を言った。
「イドゥリース様、必要なら私がお姉ちゃま役になりますわ!」
「ありがとうございマス。心強いデス、メリー」
暫くの後。
マリーの儀式の準備が出来たと修道士が呼びに来て、僕とダニエリク司教は席を立った。
***
太陽神の儀式が行われる前、賢者認定儀式の立会人の署名欄に女王リュサイがサラサラと名前を記していく。
立会人の書類は二部用意される。一部はこのアルジャヴリヨン中央大修道院に、そしてもう一部はエトムント枢機卿に託されて聖地へと持ち帰られる事になっていた。
この署名はカレドニア王国が聖女の保護下に入るという証にもなった。僕達も女王リュサイも後戻りはできない。腹を括らねば。
マリーは近い内に早速カレドニア王国の摂政に精神感応で話しかけてみると言っていた。
後で女王リュサイの手紙も届く事になるだろうからマリーの力の裏付けは取れるだろう。
そんな事を思い出しながら、僕はダニエリク司教の隣に立って太陽神ソルヘリオスへの儀式を見守っていた。儀式はもう大詰めだ。
「――聖なるかな、聖なるかな、太陽神ソルヘリオス。御身の祝福がこれらの銀に注がれ、そして人々に恩寵を齎さんことを」
窓から降り注ぐ太陽の光に照らされたそこには銀製品が山積みに。先日、聖女パレードの時に予約注文された品々 だ。聖女の錫杖が揺らされ、シャラシャラとした音が銀に注がれる。
キャンディ伯爵家ご家族を始め、賢者認定儀式立ち合いの貴族達列席の中。昼過ぎから行われた聖女による太陽神への祈りの儀式は恙無く終了。
僕達が軽い夕食を採り小休止している間、ヤンとシャルマンが祝福された銀製品を回収し、聖堂の装飾が賢者認定儀式の為のものに塗り替えられる。
夕方に陽が沈むと、イドゥリース達が大聖堂に入場。賢者認定儀式が行われた。
途中で予期せぬ月の光に例の鏡の仕掛けがうっかり作動するという、ちょっとした番狂わせが偶然起きたものの。
賢者認定儀式は概ね成功し、平穏無事に終える事が出来たのだった。
「じゃあ、グレイ。後でね」
ダニエリク司教の歓迎と挨拶を受けた後。「お急ぎを」と言われたマリーは、先導する修道女についてサリーナを伴い慌ただしく建物内へ入って行った。
女性の支度には時間が掛かるものだ。ましてや聖女の衣装はかなり装飾品を使うし、着付けも大変な仕事になるだろう。
僕もカールと共に枢機卿の法衣へ着替えるべく用意された控室へと向かった。そこでは修道士達が待機してくれており、着付けを手伝ってくれるのだ。ちなみに本日の主役、イドゥリースも同じ部屋で賢者の衣装に着替える事になっている。
イドゥリースに用意されたのは、深い紺色に金銀の糸で装飾が施された古代めいた衣装。月女神の支配するのは夜の世界。エトムント枢機卿によれば、漆黒よりも濃紺の方が闇に溶け込むのだという。
装飾品としても男なので多くはない。ただ、マリーの提案で魔法の鏡を使う事になった。満月を模した鏡を額に頂くサークレット。その鏡に光を反射させれば、太陽神と月女神の寄り添う姿が浮かび上がる仕掛けになっている。
着替えたところで、メリー様にエヴァン修道士、カレドニア王国の修道士達がやって来た。
メリー様はイドゥリースに向かって一目散。エヴァン修道士は入って挨拶をするなり、「後学の為に賢者様の衣装の絵を描かせて下さい!」とエトムント枢機卿とイドゥリースに頭を下げている。
「まさか私共もこのような栄えある儀式への臨席を許されるとは……」
「「神に感謝を」」
感動したように言う年長のグウィン・サザランド修道士。残りの二人、確かコナー・フレイザーとケネス・ハミルトンという名前だったと思う。若い修道士達も祈りを捧げる所作をしていた。確かにカレドニア王国の一修道士では参加を許されない儀式だと思う。
絵ぐらいなら、と許可を貰ったエヴァン修道士が鞄からいそいそとスケッチの道具を取り出している所に僕は声を掛けた。
「ところで、イエイツとメイソンは?」
「メイソン修道士は儀式が始まるまで椅子としてご奉仕するのだと聖女様の控室前で騒ぎ、聖騎士のお二人に叱られておりました。イエイツも一緒に居ります」
「あ、そう……」
大後悔。訊くんじゃなかった。
「イドゥリース、大丈夫かい?」
気分を変えて、緊張した面持ちのイドゥリースに声を掛ける。
賢者の衣装を纏い、額にサークレットを嵌めた彼は正に月女神の愛し子。物語に出て来る賢者のようだった。
「『正直かなり緊張しているが、昨日の予行演習があってよかったと思う』」
手に持った儀式の手順が書かれてある紙を見つめ、イドゥリースは自分の言うべき台詞をブツブツと呟いて最後の復習を始める。
スレイマンが「『あれだけ練習したからきっと上手く行くと思う』」と励ましていた。
「賢者認定儀式が始まるまで、私もついていましょう」
イドゥリースに指導したエトムント枢機卿がそう言うと、イドゥリースはほっとしたような顔で礼を言った。
「イドゥリース様、必要なら私がお姉ちゃま役になりますわ!」
「ありがとうございマス。心強いデス、メリー」
暫くの後。
マリーの儀式の準備が出来たと修道士が呼びに来て、僕とダニエリク司教は席を立った。
***
太陽神の儀式が行われる前、賢者認定儀式の立会人の署名欄に女王リュサイがサラサラと名前を記していく。
立会人の書類は二部用意される。一部はこのアルジャヴリヨン中央大修道院に、そしてもう一部はエトムント枢機卿に託されて聖地へと持ち帰られる事になっていた。
この署名はカレドニア王国が聖女の保護下に入るという証にもなった。僕達も女王リュサイも後戻りはできない。腹を括らねば。
マリーは近い内に早速カレドニア王国の摂政に精神感応で話しかけてみると言っていた。
後で女王リュサイの手紙も届く事になるだろうからマリーの力の裏付けは取れるだろう。
そんな事を思い出しながら、僕はダニエリク司教の隣に立って太陽神ソルヘリオスへの儀式を見守っていた。儀式はもう大詰めだ。
「――聖なるかな、聖なるかな、太陽神ソルヘリオス。御身の祝福がこれらの銀に注がれ、そして人々に恩寵を齎さんことを」
窓から降り注ぐ太陽の光に照らされたそこには銀製品が山積みに。先日、聖女パレードの時に予約注文された品々 だ。聖女の錫杖が揺らされ、シャラシャラとした音が銀に注がれる。
キャンディ伯爵家ご家族を始め、賢者認定儀式立ち合いの貴族達列席の中。昼過ぎから行われた聖女による太陽神への祈りの儀式は恙無く終了。
僕達が軽い夕食を採り小休止している間、ヤンとシャルマンが祝福された銀製品を回収し、聖堂の装飾が賢者認定儀式の為のものに塗り替えられる。
夕方に陽が沈むと、イドゥリース達が大聖堂に入場。賢者認定儀式が行われた。
途中で予期せぬ月の光に例の鏡の仕掛けがうっかり作動するという、ちょっとした番狂わせが偶然起きたものの。
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