貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(24)

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 「グレイ、お帰りなさい~!」

 僕達に割り当てられたのは扉で繋がっている二つの部屋だった。一つは夫婦の寝室になっている。音を立てずに着替えて寝室へ向かうと、マリーが窓辺近くの安楽椅子に座ってゆらゆら揺れながら手を振っていた。

 「ただいま。起きてたんだ、マリー。もしかして僕を待っててくれたの? 先に寝てくれて良かったのに」

 「ちょっと眠れなくて。リュサイ女王の事をどうしたらいいのか色々考えちゃってね……」

 マリーは首を横に振ると、視線を窓の外へ向けて何やらブツブツ呟き始める。
 行儀悪く素足を窓辺に乗せて突っ張るようにしている。安楽椅子は際どい所でギシギシと悲鳴を上げ今にも後ろに倒れそうだ。僕も似たような事を子供の頃にやって怒られた事があったっけ。
 危ないと思った僕は背後からそっと近づく。

 「聖女の保護の外にも、やっぱりオディロン陛下に口利きをしておいた方がいいわよね。うーん……と、言ってもなぁ~。今王都は私にとって鬼門でケツ顎ゴリラがいるのよねぇ」

 ケツ顎ゴリラ……。

 マリー曰く、ゴリラとは黒い筋肉質の巨大な猿だそうだ。何でも、うんこを投げて来るという。
 旅の馬車の中で聖女の能力を使って見せて貰ったけれど、成る程確かに言い得て妙だと噴き出しそうになった。例えとしてはかなり酷い部類だ。

 そんな事を考えながら視線を落とすと。月明かりの中、彼女の夜着が捲り上がって白い太ももが露わになっているのが目に入った。
 そのしどけなさにドキリとしながら危ないよ、と言って安楽椅子の背もたれを持つ。マリーは素直に窓辺から足を下ろした。
 夜着の裾も落ちてしまった事を少し残念に思いながらも、僕はあくび混じりに先刻の執務室での話を思い出す。

 「山岳国家ヘルヴェティアのように、マリーがお墨付きを与えて女王を保護するんじゃいけないのかな?」

 僕の言葉にマリーは状況が違うと言った。聖女の影響が期待できないアルビオン王国、軍事力を低下させたカレドニア王国。トラス王国の沿岸部の軍事強化が必要だというのは、方向性としては大体サイモン様と近い考えのようだとホッとする。

 寝室に沈黙が下りた。
 僕が王都の状況と今後の行動について考えていると。

 「そう言えば、グレイ」

 不意に飛び杼という仕組みを使った最新式織機の事を訊ねられた。

 「ほぼ出来上がっているかな」

 僕は頭を切り替えて答える。
 そう、既存の織機に手を加える形だったから開発は拳銃よりは大分容易だった。織り子に試して貰ったら、織るのが大分楽になったとの報告が上がっている。
 改良は今後もしていかなければいけないだろうけれど、現在は完成品として織機を増やしている最中だ。ゆくゆくはガリアやアヤスラニで栽培された綿花を使って織物工場を作る予定。

 「それなら大量生産出来そうね……」

 背もたれにぽすんと身を投げ出し、考え込むマリー。
 彼女はまだ起きているつもりだろうか。僕はかなり眠気を覚えているんだけど。
 「考え事はまた明日にして、今日はもう寝よう」と言おうとした、その時だった。
 マリーは何やら小さく呟いたかと思うと、いきなり驚いたような声を出してがばっと身を起こす。

 「どうしたの?」

 「あの時、夢に見た……」

 「夢?」

 「待って、グレイ。ちょっと静かにしてて!」

 マリーは目を閉じて天を仰いだ。
 そして、暫くの後――

 「ぃよっしゃあああああっ、これで勝つるううううう!」

 握り拳にした両手を上に掲げ、叫び始める。

 「えっ!?」

 「やったああああ! 知識チートだ、いぇぇぇい!! サタナエル様最高おおおおお! うほぉ、マリーちゃんの時代来たあああ――!」

 突然のマリーの奇行に仰天する僕。唖然としている僕を気にする事も無く、彼女はベッドの上に上がり、ぼふんぼふんと飛んで騒ぎ始めた。

 「なっ、ちょっとマリー! もう良いから明日また話そう! 僕も眠いし明日も早いから!」

 はっと我に返って僕はマリーを止めるべく声を掛ける。何があったのかは分からないけれど、今日はもういい加減寝たい。

 「そんな場合じゃないわ、グレイ! 今最高に興奮しているの!」

 しかしマリーは興奮したまま乱心したように飛び跳ね続けた。何度も落ち着くように言うも、僕の話なんてちっとも聞きゃしない。
 その内、だんだん腹が立って目が冴えてきた。マリーが飛び跳ねる度に白い脚が露わになってだんだんムラムラしてきたし。

 ぶち。

 何かが切れる音がしたように思う。

 「分かったよ、そんなに元気なら良いよね!」

 僕は衝動に突き動かされるまま寝間着を脱ぎ捨てる。下着姿でベッドに飛び乗りマリーに飛び掛かった。
 そのままその柔らかい肢体を捕まえて押し倒す。ひゃっと悲鳴を上げる彼女に息が苦しくなる程深く口付けた。

 責任は取って貰わないとね!


***


 太陽の光に意識が浮上する。鳥達が遠くで鳴いている声。
 僕はノックの音で瞼を開けた。隣で寝ているマリーを起こさないよう、そっと寝台から降りる。
 身なりを整えてそっと扉を開けると――サリーナともう一人、僕に付けて貰った侍女ナーテの姿。

 「「おはようございます、グレイ様」」

 「おはよう、二人共」

 挨拶を交わした後、なかなか扉を開けようとしない僕。二人の顔がどことなく赤いのが気になった。

 「……マリー様はまだお休みでいらっしゃるのですね」

 「サリーナ。あの……実は夕べ」

 うぅ、自分がやった事とは言え、これはかなり恥ずかしい……。
 羞恥心を我慢しつつ、かくかくしかじか。少し無理をさせたから今日はゆっくり眠らせてやって欲しいと伝えると。

 「まぁ……やはり」

 侍女二人の頬に赤みが増した。

 ……何だろう、この見透かされている感。

 ナーテの目がキラリと光ったような気がしたのは多分気のせいじゃない。
 後で侍女達の話の餌食にされるんだろうなぁ。

 「だ、だから支度は僕だけで……」

 決まり悪さにしどろもどろに言えば、侍女ナーテは目をうっそりと細めた。

 「うふふ、かしこまりました」

 「グレイ様はお出掛けになるのですか?」

 「はい、朝食後に商会に顔を出してきます。昼には戻るので」

 「分かりました。カールに申し伝えておきましょう」

 「ありがとう、サリーナ」

 その後向かった朝食の席で、サイモン様を始めとする面々のもの問いた気な視線を脂汗を流しながら何とかやり過す僕。

 馬車止まりへ行くと、カールが待ってくれていた。
 朝の挨拶をされたのでこちらも返しながら先に馬車に乗り込む。カールも後から乗り込んで扉を閉め、ニヤニヤしながらこちらを見た。

 「ふふふ、夕べはお楽しみでしたねー」

 「!!」

 きっと今の僕は陸に上げられた魚の様になっているのだと思う。意味を成さない呻き声で口をパクパクしていると、カールは人懐っこい笑みを浮かべた。

 「ああ、先輩達からの伝言ですー。喧嘩にならないように二人以上お願いします、との事でしたー」

 「聞かれてたのか、うあああ……」

 何を、とは言わずとも分かる。僕はとうとう顔を覆った。火が出そうだ。

 「一つ助言をさせて頂きますとー。ここ、隠密騎士の根城も同然ですよー? それに、真夜中の警備中にドタンバタンされたら素人でも気付きますってー。王都の屋敷よりも色々筒抜けですからご用心をー」

 「うぐぅ」

 いっそ殺してくれ……。
 僕は項垂れるしかない。カールに揶揄われながらキーマン商会へと向かった。
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