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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

カレドニアの女王リュサイ。

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 枢機卿歓迎の晩餐会が滞りなく終わった後。

 私達はカレドニア王国の客人の話を聞くべく、人数を絞ってサロンに再び集まっていた。
 ここに居るのは、カレドニア王国の面々以外では私とグレイ、両親に祖父母、エトムント枢機卿のみである。

 「聖女様におかれましては全てお見通しなのでしょうが、何も聞かずに城へお招き頂き、晩餐まで頂いた事に改めて感謝申し上げます。受け入れて下さった皆様にも」

 灰色に赤い線の入ったキルトを着ている騎士ドナルド・マクドナルドが代表して挨拶をすると、他の面々も頭を下げる。そして順番に自己紹介を始めた。
 高地の騎士はドナルド・マクドナルド、ファーガス・マッケンジー、アラン・マクミラン、ライアン・キャンベル、ジェイムズ・ブキャナンの五名。
 そして修道士はグウィン・サザランド、コナー・フレイザー、ケネス・ハミルトンの三名である。

 「そして、こちらのリュシー様ですが……」

 「よい、ドナルド。わらわ自身で名乗ります」

 リュシーは立ち上がると、すっと背筋を伸ばした。

 「わらわの名は、リュサイ・メイベル・オブライエン・バウンリ・カレドニア。カレドニアの女王なのです」

 そうしてリュシー、もとい女王リュサイは語り始めた。


***


 父王、カイン・リーアム・オブライエン・リー・カレドニアがアルビオン王国との戦で亡くなったのはリュサイが三歳の頃だった。
 リュサイには兄が二人いたが、いずれも生まれて間もなく夭折している。他は男の庶子が数人いるばかり。
 王位継承権第一位となった彼女が幼くして女王として戴冠する事になったのは自然の流れだった。
 王どころか貴族の多くも戦死。敗戦国、残された幼い女王。
 カレドニア王国の命運は風の前の灯であったと言える。

 敵国アルビオンの王ゴードリクは年若く野心溢れる好色な王である。王は匂い立つような美女であるリュサイの母、王妃エレーヌを見初めて望んだ。
 しかしゴードリク王には既に政略で結ばれた王妃が居た。離縁してエレーヌと結婚しようとしたが、教会は不道徳だとしてそれを許さない。
 エレーヌの実家であるトラス王国貴族による教会への陳情に加え、離婚させられそうになっているアルビオン王妃からの反発。
 ゴードリク王は国内外から大きな非難を浴びる事になった。

 気性の荒い王は思い通りにならぬ事に怒り狂い、離縁を強行。
 リュサイの身の安全とカレドニア王国の安寧を引き換えに、エレーヌを無理やり娶ってしまったのである。

 当然、教会は王に破門を言い渡した。
 アルビオン王国は国ごと破門となり、その国民達も冠婚葬祭各種儀式に支障をきたすようになってしまう。

 臣下達が今からでも遅くないので許しを乞うべきだと諫めるも、王は「太陽神の恩赦状で肥え太り、腐りきった教会だ。破門されていっそ清々したわ!」と教会との縁を完全に切ってしまった。
 そればかりではない。
 教会の膿を出してやる、と国内の教会の財を全て没収。聖典派の聖職者を招いて手厚く遇する一方、逆らう者をことごとく追い出したのである。

 幼くして母と引き離されたリュサイは女王即位の儀を経た後、高地の騎士達に預けられる。
 カレドニア王国は亡き父王の弟(庶子)であるオーエン伯が摂政に就任。アルビオン王の顔色を窺いながら立て直しと再起を図る事になったのである。

 二年前、リュサイが十八になった年に母エレーヌの訃報がもたらされた。
 エレーヌが懐妊して姫を出産した後、ゴードリク王は飽きたのか別の女を漁って色事に溺れていると伝え聞く。
 心労か、謀殺か。
 その死因は分からないが、リュサイは朧気に覚えている母を想って悲しんだ。せめて手厚い葬儀を行ってあげたいが、アルビオンではそれも儘ならない。
 オーエン伯がエレーヌの亡骸の返還を願い出て、葬儀は無事に執り行う事が出来たのだが。

 「女王リュサイは亡き王妃エレーヌに生き写しの美しさだとか」

 どこから漏れたのか、好色王ゴードリクの魔の手がリュサイに伸ばされる事になってしまった。

 暫くは叔父のオーエン伯がのらりくらりと誤魔化してくれていたが、業を煮やしたゴードリク王がリュサイの身柄を寄越さねば再び戦をすると言って来た。
 アルビオン王国や親アルビオンの貴族がリュサイを捕らえようと動き始めた為、リュサイは已む無く僅かな供の者を連れて祖国を後にしたのである。


***


 「そのような理由で、わらわはこの者達の助けを借り――母エレーヌの祖国であるこのトラス王国へ逃げて来たという次第なのです」

 女王リュサイが語り終えて息を吐くと、部屋に静寂が訪れた。
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