貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(16)

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 「まさか若旦那様が直々においでになるとは……」

 恐縮しきりのセヴランス・ワイヤックをまあまあと宥めて、この街で商売上困った事や変わった情報は無いかと訊いてみる。
 セヴランスは、そう言えば…と切り出した。

 「つい先日の事でしたが、エスパーニャ王国が新大陸で銀山を見つけたという噂を耳にしております。大規模なもののようで、既に採掘を始めているとか……」

 新大陸の制覇に乗り出しているのは主にエスパーニャ王国だ。
 大艦隊を有しており、その維持に莫大な軍事費がかかり財政がひっ迫していると聞いている。
 新大陸へ行くには大海原を渡らなければいけない。キーマン商会の東方交易のように、陸伝いに航海出来ないのだ。リスクが大き過ぎるので、新大陸の何かを得ようとすればエスパーニャの商人から買う方がずっと安全である。

 そのエスパーニャ王国が新大陸で大銀山を得れば、貿易の対価として自重せずに使いまくるに違いなかった。出回る銀の流通量が増えれば増える程、銀の価格は下がる。それは銀山を頼みにするキャンディ伯爵領の資産価値が相対的に目減りする事を意味していた。

 「もしその話が本当で大銀山であれば……銀の価格が暴落するよね」

 「銀山を掘るにも、それを製錬してこちらの大陸に持ってくるにも時間と労力がかかりましょう。今すぐどうこう、という事は無いようですが……」

 「貴重な情報だね。ありがとう」

 これは大変な事が起こりそうだ、と思う。
 後でサイモン様に相談したり、マリーに透視してもらう必要があるだろう。


***


 支店を後にした僕達は馬車に乗り込み、次の目的地である教会へと向かう。
 カールによれば、領都アルジャヴリヨンには幾つか修道院があるそうだ。それらを統括する大きなものは旧市街の広場前にあり、司教ダニエリク・シーヨクもそこに居るという。
 大事にしたくなかったので裏口に回り、名乗って来意を伝え取次ぎを頼む。
 聖女の夫で名誉枢機卿の僕の身分の他、ヨハン・シュテファン繋がりで隠密騎士のカールが居るのだ。直ぐに応接室へ通して貰える事になった。
 僕達を応対した修道士によれば司教は信徒達へ説教をしていたそうだが、そう待つこと無く面会が叶う。

 「グレイ猊下、アルジャヴリヨン中央修道院へようこそおいで下さいました。せめて先触れを頂けていたらきちんとした歓迎が出来たのですが…」

 「本日は非公式かつ急ぎでの訪問の為、先触れの無い無礼をお許しください、司教。それから。こちらのカールに聞きましたが、司教はヨハンとシュテファンの伯父君だそうですね。彼らにはいつもお世話になっています」

 聖職者の礼を取り挨拶をするダニエリク司教。名誉枢機卿ではなく、ダージリン伯爵として紳士の礼で返礼すると、司教は少し慌てたようだった。

 「そんな、頭をお上げ下さい。勿体ない、恐れ多い事でございます。あの子達は聖騎士としてしっかり己が任務を全うしているでしょうか」

 僕の脳裏に、マリーの日課である乗馬の光景が浮かんだ。

 「ええ、マリーに対する忠誠心は誰にも負けておりません。毎日しっかりお役目を果たしておられますよ」

 前脚と後ろ脚として…という言葉は敢えて飲み込み、僕は微笑む。ダニエリク司教も「それを聞いて安心いたしました」と体の力を抜いていた。

 「ところで、急ぎでの訪問とは…?」

 「私の妻――聖女マリアージュからの伝言をことづかって参りました」

 「せ、聖女様の!?」

 「はい、実は――」

 僕は数日後には訪れるであろう枢機卿の件を話した。その出迎えを司教に手伝って欲しいとマリーが言っていたと。そして賢者認定儀式も行う予定だという事も。
 話を聞き終わると、ダニエリク司教は真剣な眼差しで僕を見つめた。

 「枢機卿の御来駕、そして賢者様の儀式……しかし聖女様の領民へのお披露目もしていないのならば、盛大に、大々的にしなければなりませんね。そう…トラス王国中、いえ諸国に広まる程に……!」

 見つめ返す司教の瞳が、だんだんギラギラとしたものを帯びていく。そこに狂気めいたものを感じた僕は、思わず後退あとずさった。

 「し、司教? いや、あの妻は多分そこまで盛大にせずとも、と……」

 「いいえっ、そういう訳には参りません! これは大仕事になりましょう! 領民達に聖女様の神々しいお姿を披露し、教会とキャンディ伯爵家の威光と権威を高めた状態で枢機卿を大々的にお迎えする! そうでなければ私も伯爵閣下も体面が保てず、後々の恥となるでしょう! それに伯父として、聖騎士となった甥達の面目も立たせ恥ずかしくないようにしてやりたい――グレイ猊下っ!」

 「はいっ!?」

 思わず元気よく返事をしてしまった僕の肩を、ダニエリク司教ががしっと掴む。

 「枢機卿猊下が来られるまで時間がありません! 今からお帰りになるのでしょうか? 少々お待ちを――私もご一緒にお供致しましょうっ!」

 ちらりと助けを求めるようにカールを見る。彼は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。
 処置無し、という事か。

 ……ただ伝言に寄っただけなのに、大変な事になったなぁ。
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