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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(12)

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 未明にキャンディ伯爵家を出発した僕達は、四日目に宿場町ポーへ到着した。
 宿場町の高級宿に入り、荷下ろしをして皆寛いだところで。

 「実は、馬車の中で時々アーダム皇子達を透視していたんだけど……」

 マリーが、アーダム第一皇子一行がアルバート殿下率いる騎士団に迎え入れられている光景を見たと言いだした。
 良かった、アルバート殿下は無事にアーダム皇子を確保出来たんだ。
 僕はなるべくその光景を視界から排除しながら、それがサイモン様の策だと彼女に伝える。
 ジャルダン様やラトゥ様もこれでゆっくり旅が出来ると安堵の表情。
 サイモン様は「我が策成れり」と不敵な笑みを浮かべられている。しかし――その手の中には似つかわしくない存在が仰向けになって気持ちよさそうにピピピと鳴きながらされるがままになっていた。
 ――僕がマリーに贈った喋る鳥。ヘドヴァンが。
 凄く良く懐いているけど、ヘドヴァンの愛らしさとサイモン様の冷徹さの組み合わせは落差があり過ぎて僕の思考が追い付かない。イドゥリースやスレイマン、他の皆も同様のようで挙動不審気味になっている。
 ティヴィーナ様やイサーク様、メリー様が羨ましそうにしているけれど、サイモン様は譲らなかった。
 サイモン様の手が止まると、ギャギャッと不満そうな鳴き声を上げるヘドヴァン。

 「このサイモンに愛撫を催促するとは不遜な真似を」

 愛いやつめ、どうしてくれようか。そう続けてヘドヴァンを手の中で転がすサイモン様。恍惚の表情になっているヘドヴァン。鳥がこんな表情するのを僕は初めて見た。
 なまじ良い声だけに何だか見てる方が変な気持ちになってくるような……。
 ひとまず精神を立て直す為にお茶を口に含んだのだけど、それがいけなかったのだろう。

 「言い方が卑猥ね。ああ…私のヘドヴァンが父に寝取られてしまったわ」

 マリーのあけすけな言葉に僕は盛大にむせる羽目になった。


***


 「ティヴリー子爵、ディナタン司祭がお見えです」

 ヘドヴァンが籠に戻された後、夕方近くになって宿に訪問者があった。
 ティヴリー子爵と言えば、リプトン伯爵家の寄子貴族。ディナタン司祭はこの宿場町ポーの教会の責任者だろう。情報が早い事だ。
 宿の入り口近くの応接広間に移動する。僕達の姿を認めると、やってきた二人の訪問者は丁寧な挨拶をした。

 「キャンディ伯爵家の皆様方にお初にお目にかかります、トリスカル・ティヴリーと申します」

 「フェランス修道院の司祭ディナタン・メーヌでございます。聖女様、そしてその御家族様にお目通り叶い、光栄に存じます」

 僕達もそれぞれ社交辞令的な自己紹介と挨拶を返したところで、ティヴリー子爵が「折角なので是非、当家の晩餐にお招きする栄誉を賜れないでしょうか」と申し出てきた。

 「いや、お気持ちは嬉しいのだが……何分急ぎの旅故、明日にはこの町を後にする。ゆっくりしておられぬのだ」

 サイモン様が代表して断りを入れる。しかし子爵は食い下がった。

 「……でしたら。せめて略式ではありますが、この宿の食堂でお食事を御一緒させて頂く訳には参りませんか? このまま何もおもてなしもせず、というのは貴族としてあまりにも情けない限りでございます」

 「ううむ……それで構わないのであればもてなしを受けよう」

 「ありがたき幸せ!」

 そのまま食堂へ移動すると、ティヴリー子爵は支配人に「食堂を貸し切れないか」と交渉を始めた。食堂には食事をしている他の宿泊客の姿。支配人が「他のお客様もいらっしゃいますし、それを追いだすのは……」と渋ると、子爵は「キャンディ伯爵御一家、それに聖女様だぞ! ティヴリー子爵家の体面を潰すというのか!」等と低く抑えた強い語気で迫っている。
 食堂中の宿泊客の視線が僕達に突き刺さった。あまり友好的とは言えない視線。
 どうしたものかと考えていると、見兼ねたマリーが支配人と子爵の方へ進み出た。

 「子爵、それには及びませんわ。貸し切りになさると、他の宿泊客の方が食事場所にお困りになりますでしょう? どうぞそのままに。席が足りない訳でもないようですし、誰かに聞かれて困るような秘密のお話をする訳でもありません。ならばいっそここにいる皆様諸共に食事をしたいと思うのですが、可能なんですの?」

 「それは、可能ですが…」

 「まあ! そうして下さるのなら良かったですわ、ティヴリー子爵。皆様、今日はティヴリー子爵が御馳走して下さるそうですわ!」

 「しかし、」

 「娘の我儘を聞いて貰って済まないな、子爵」

 「いえ……」

 マリーが食堂を振り返って微笑むと、食事をしていた宿泊客達から拍手や「聖女様万歳!」等の歓声が沸き上がった。
 それでも異論を唱えようとした子爵も、サイモン様が重ねた言葉で二の句が継げなくなったようだ。


 そうして食事が始まった。
 宿泊客達がお礼を言いに来たり、地元の名士達が挨拶にやってきたりしている。

 「聖女様は身分を問わず慈悲深いのですね」

 司祭ディナタン・メーヌがワインを傾けながらマリーを褒めた。彼女はそれに「食事は大勢であればある程美味しいものですから」と微笑んでいる。

 僕もポーの商会関係者達から挨拶を受けながらティヴリー子爵について考えていた。
 司祭は兎も角、子爵のいやにグイグイ押してくる態度と目付きが気になっていたのだ。
 あれはあまり宜しくない野心家の目だ。態度は慇懃だけど、僕を見る目がどことなく蔑みの色を浮かべていた事から貴族的な思考の持ち主なのだろう。

 リプトン伯爵家は困窮していたが、宿場町ポーを統治している子爵はそれなりに潤っている筈。という事は、リプトン家はティヴリー子爵からかなりの援助を貰っていただろうことは想像に難くない。

 ……もしかして、ティヴリー子爵もフレールを狙っていたのだろうか。

 そう思って耳を澄ませると、

 「サイモン閣下にはリプトン伯爵家の後ろ盾になって頂いていると聞き及んでおります。これでリプトン伯爵領は安泰、そう安堵しておりましたが……しかしいくら醜聞に塗れたからと言って、フレール姫があのような金貸し男爵と結婚するとは。
 これならばグレイ猊下の兄君と結婚したままの方が遥かにマシでした。フレール姫も愚かなことをなさったものです。
 私も宮廷で色々と言われ肩身の狭い思いを致しました。金貸しは狡猾で強欲なもの。果たしてそんな男が閣下に御恩を返すでしょうか。もっと由緒正しい、信頼のおける貴族の方が良いのではと思うのですよ」

 「まあ、カーフィ様とフレール様の御結婚は、先代リプトン伯爵様も同意なさった事と聞いておりますわ。確かに元金貸しではいらっしゃいますけれど、カーフィ様は全財産を投げ打つ程フレール様に心底惚れていらっしゃるようですし、安心なさって良いと思いますわ、子爵」

 「マリーの言う通りだ。由緒正しい貴族の中で、全てを投げ打つ程フレール姫を想う男がカーフィ以外に居るとは私には思えんな」

 「そうですわね、貴方。女は愛するよりも愛される方が幸せになれると言いますし、お二人はきっと幸せになると思いますわ」

 そんなやり取りが聞こえて来た。
 ティヴリー子爵はカーフィをあまり良く思っておらず、リプトン伯爵位を狙っている。これは注意しておいた方が良いだろう。
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