上 下
302 / 674
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

プロパガンダという言葉の元ネタは『布教聖省』なんだって。

しおりを挟む
 あれからやってきた祖父母両親が反対してくれるかな、と思っていたのだが。
 結局、ダニエリク司教から領主としてのメリットと警備面の安心を力説され、またヴァルカーや馬の脚共の縋りつくような視線に押し負けてしまっていた。ドン引きしていたともいう。
 どうせ恥を掻くのは私だけ。父にとっては所詮他人事であった、チクショウめ。

 そんな事を思い出し、私は遠い目になった。

 「あの天馬。作りは豪華だが、何か目付きがおかしくないか…?」

 「だよな。…どう見ても発情期の馬の目だよな。あんなのに聖女様を乗せるってヤバいよな」

 「もう、男達はいやらしいんだから!」

 精神感応を切っていなかったのが仇となったか。新市街に差し掛かった時に追い打ちとばかりに聞こえてきたそんな会話にSAN値が駄々下がる。
 いや、もうやめて。マリーちゃんのライフはもうゼロよ?

 「うわっ、烏の糞が! 汚ねぇっ!」

 耐え切れなくなった私は烏に命じてうっかり男達の上に落とし物をさせてしまった。たしなめていた女が「ほら、そんな事いうから罰が当たった」と笑ったところで精神感応を切り、前を見据える。
 目の前には目的地である新市街の中央広場。そこには白銀騎士団に囲まれたエトムント・サラトガル枢機卿、イエイツとメイソンの姿があった。

 馬の脚共が止まり、身を低くする。私は下馬していたグレイのエスコートで地上に降り立った。錫杖を掲げると、リーダーが下りて来てその上に止まる。
 太陽神の鳥の出現に騒めく群衆。そこへ騎士団長ガエターヴが前へ進み出て騎士の礼を取った。

 「は、白銀騎士団ガエターヴ・モンブルヌっ! ……ならびに麾下十数名、聖女様の御前にエトムント・サラトガル枢機卿猊下御一行をお連れ致しました!」

 「……ご苦労様でした、ガエターヴ卿。枢機卿を無事に守護して下さり、感謝しますわ」

 「勿体なきお言葉」

 鷹揚に労いながら騎士団長に立ち上がるよう仕向ける。神妙な顔で視線を下に向けているが、さっき少しどもりかけたのを見逃すマリーではない。
 わざわざ精神感応を使わずとも私には分かる――この男が意図的にハリボテから視線を逸らしている事を。
 よし、帰りは常に視界に入るように私の馬の背後を歩かせてやろう。

 そう決意しつつ、今度はゲストである枢機卿と目を合わせた。

 「エトムント・サラトガル枢機卿。お久しぶりですわ。聖地では大変お世話になりました。ようこそトラス王国へ」

 「猊下、よくぞおいで頂きました。今度は私達がおもてなしする番ですね」

 私に続いてグレイも口上を述べると、枢機卿は聖職者の礼を取った。

 「聖女様、そしてグレイ猊下。こちらこそご無沙汰しておりました。聖女様直々にお出迎え頂いた事は、このエトムント、身に余る果報でございます。ところで、聖女様。もしやそちらのお方は……」

 「ええ――イドゥリース様、こちらへ」

 「はい、マリー様」

 良かった、と安心する。エトムント枢機卿もハリボテをチラチラ見て動揺しているようだったから、台詞をド忘れしたのかと思った。
 これからやるのはちょっとした人心操作を兼ねたパフォーマンス小芝居である。いきなり異教徒の外国人が賢者に認定されたとか知らされるとやっぱり反発が出て来るだろうからな。
 私に呼ばれて少し緊張した面持ちで前へ進み出るイドゥリース。彼は豪奢なアヤスラニ帝国の礼服ヒラットを身に纏っている。

 「そのお方が賢者様なのですね」

 枢機卿の言葉に群衆がどよめいた。明らかな外国人、しかも異教徒である。
 彼らの言葉を代表するかのように枢機卿は続けた。

 「……恐れ入りますが、外国の異教徒の方を賢者様に認定されるのでしょうか?」

 「イドゥリース様はアヤスラニ帝国の皇帝の血を引いていらっしゃいます。星を読むのに長けておられ、かの地揺れと大波の予言では大いに私の助けになって下さいました。
 はっきり言っておきます。異教徒であるとかそうでないとか、気にしているのは矮小なる人間達だけ。全てを照らし恵みを与えるが如く、偉大なる太陽神は国も人種も宗教も超越していらっしゃるのです」

 「しかし、聖女様……」

 そこへダニエリク司教も異を唱える。人々は私達を緊張した様子で見守っていた。

 「では、ここに居る人々に訊きます。白い馬、黒い馬、栗色の馬、ぶちの馬――どの馬が一番優れ、神のご意志に叶っているのでしょうか?」

 周囲を見渡して視線を巡らせる。すると、あちこちで「皆同じだ!」「違わねぇ!」等と上がり始める声。
 最初に声を上げて大衆を扇動するのは勿論仕込んでおいたサクラである。功を奏したのか、やがて一般人達が同調し始めた。

 私は錫杖を掲げると、烏のリーダーが大きく鳴いた。人々が静まったところで微笑んで、「そうですね。喜ばしい事にここにいる皆様はよく神のご意志を理解していらっしゃいます」と頷く。
 ここで領民達は安堵するだろう――自分達は間違っていない。聖女様が保証してくれた神の正義に叶う者なのだ、と。
 手応えを感じたので、錫杖をゆっくり下ろして続ける。

 「白い肌、黄色い肌、褐色の肌、黒い肌――私達と異国人との違いなど、馬と同じくその程度のものでしかありません。
 全てが等しく神のご意志に叶っているのです。また、イドゥリース様は賢者に相応しい為人ひととなりであることは、聖女たる私が保証致しますわ」

 「聖女様の仰る通りでございます」

 「何と寛容で慈悲深きことでしょうか。俗世に塗れて不正の財を蓄え、排斥を好む不寛容派と同じになるところでした。私は自らの不明に恥じ入るばかりです」

 打ち合わせ通りにダニエリク司教とエトムント枢機卿が言うと、私がそれを綺麗に纏める。

 「エトムント枢機卿、ダニエリク司教。そして…ここに居る全ての人々も。『私達は、不寛容派どころか異教さえも全て受け入れ飲み込み……やがて一つの神の道へと導いていく。その使命を帯びていることを忘れないで下さい』」

 精神感応をまじえ、さざなみが広がるが如くに直接人々の心に伝えると、その場に居た全員が雷に打たれたように固まり、畏怖の悲鳴を上げた。そして――

 「神の奇跡だ――聖女様、万歳!」
 「聖女様、万歳!」
 
 サクラ達のシュプレヒコールが始まると、それに応じていく群衆達。私がアイドルのように手を振ると、熱気が広場を包み込み――やがて大きな歓声へと変わっていった。

 「聖女様ああああ――っ! このメイソン、身も心も聖女様のものでずううう――っ!!」

 ……約一名、号泣するおかしなの変態が混じっているが。
 おおむね、私達のパフォーマンスは成功したと言えるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。