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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
プロパガンダという言葉の元ネタは『布教聖省』なんだって。
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あれからやってきた祖父母両親が反対してくれるかな、と思っていたのだが。
結局、ダニエリク司教から領主としてのメリットと警備面の安心を力説され、またヴァルカーや馬の脚共の縋りつくような視線に押し負けてしまっていた。ドン引きしていたともいう。
どうせ恥を掻くのは私だけ。父にとっては所詮他人事であった、チクショウめ。
そんな事を思い出し、私は遠い目になった。
「あの天馬。作りは豪華だが、何か目付きがおかしくないか…?」
「だよな。…どう見ても発情期の馬の目だよな。あんなのに聖女様を乗せるってヤバいよな」
「もう、男達はいやらしいんだから!」
精神感応を切っていなかったのが仇となったか。新市街に差し掛かった時に追い打ちとばかりに聞こえてきたそんな会話にSAN値が駄々下がる。
いや、もうやめて。マリーちゃんのライフはもうゼロよ?
「うわっ、烏の糞が! 汚ねぇっ!」
耐え切れなくなった私は烏に命じてうっかり男達の上に落とし物をさせてしまった。窘めていた女が「ほら、そんな事いうから罰が当たった」と笑ったところで精神感応を切り、前を見据える。
目の前には目的地である新市街の中央広場。そこには白銀騎士団に囲まれたエトムント・サラトガル枢機卿、イエイツとメイソンの姿があった。
馬の脚共が止まり、身を低くする。私は下馬していたグレイのエスコートで地上に降り立った。錫杖を掲げると、リーダーが下りて来てその上に止まる。
太陽神の鳥の出現に騒めく群衆。そこへ騎士団長ガエターヴが前へ進み出て騎士の礼を取った。
「は、白銀騎士団ガエターヴ・モンブルヌっ! ……ならびに麾下十数名、聖女様の御前にエトムント・サラトガル枢機卿猊下御一行をお連れ致しました!」
「……ご苦労様でした、ガエターヴ卿。枢機卿を無事に守護して下さり、感謝しますわ」
「勿体なきお言葉」
鷹揚に労いながら騎士団長に立ち上がるよう仕向ける。神妙な顔で視線を下に向けているが、さっき少しどもりかけたのを見逃すマリーではない。
わざわざ精神感応を使わずとも私には分かる――この男が意図的に馬から視線を逸らしている事を。
よし、帰りは常に視界に入るように私の馬の背後を歩かせてやろう。
そう決意しつつ、今度はゲストである枢機卿と目を合わせた。
「エトムント・サラトガル枢機卿。お久しぶりですわ。聖地では大変お世話になりました。ようこそトラス王国へ」
「猊下、よくぞおいで頂きました。今度は私達がおもてなしする番ですね」
私に続いてグレイも口上を述べると、枢機卿は聖職者の礼を取った。
「聖女様、そしてグレイ猊下。こちらこそご無沙汰しておりました。聖女様直々にお出迎え頂いた事は、このエトムント、身に余る果報でございます。ところで、聖女様。もしやそちらのお方は……」
「ええ――イドゥリース様、こちらへ」
「はい、マリー様」
良かった、と安心する。エトムント枢機卿も馬をチラチラ見て動揺しているようだったから、台詞をド忘れしたのかと思った。
これからやるのはちょっとした人心操作を兼ねたパフォーマンスである。いきなり異教徒の外国人が賢者に認定されたとか知らされるとやっぱり反発が出て来るだろうからな。
私に呼ばれて少し緊張した面持ちで前へ進み出るイドゥリース。彼は豪奢なアヤスラニ帝国の礼服ヒラットを身に纏っている。
「そのお方が賢者様なのですね」
枢機卿の言葉に群衆がどよめいた。明らかな外国人、しかも異教徒である。
彼らの言葉を代表するかのように枢機卿は続けた。
「……恐れ入りますが、外国の異教徒の方を賢者様に認定されるのでしょうか?」
「イドゥリース様はアヤスラニ帝国の皇帝の血を引いていらっしゃいます。星を読むのに長けておられ、かの地揺れと大波の予言では大いに私の助けになって下さいました。
はっきり言っておきます。異教徒であるとかそうでないとか、気にしているのは矮小なる人間達だけ。全てを照らし恵みを与えるが如く、偉大なる太陽神は国も人種も宗教も超越していらっしゃるのです」
「しかし、聖女様……」
そこへダニエリク司教も異を唱える。人々は私達を緊張した様子で見守っていた。
「では、ここに居る人々に訊きます。白い馬、黒い馬、栗色の馬、ぶちの馬――どの馬が一番優れ、神のご意志に叶っているのでしょうか?」
周囲を見渡して視線を巡らせる。すると、あちこちで「皆同じだ!」「違わねぇ!」等と上がり始める声。
最初に声を上げて大衆を扇動するのは勿論仕込んでおいたサクラである。功を奏したのか、やがて一般人達が同調し始めた。
私は錫杖を掲げると、烏のリーダーが大きく鳴いた。人々が静まったところで微笑んで、「そうですね。喜ばしい事にここにいる皆様はよく神のご意志を理解していらっしゃいます」と頷く。
ここで領民達は安堵するだろう――自分達は間違っていない。聖女様が保証してくれた神の正義に叶う者なのだ、と。
手応えを感じたので、錫杖をゆっくり下ろして続ける。
「白い肌、黄色い肌、褐色の肌、黒い肌――私達と異国人との違いなど、馬と同じくその程度のものでしかありません。
全てが等しく神のご意志に叶っているのです。また、イドゥリース様は賢者に相応しい為人であることは、聖女たる私が保証致しますわ」
「聖女様の仰る通りでございます」
「何と寛容で慈悲深きことでしょうか。俗世に塗れて不正の財を蓄え、排斥を好む不寛容派と同じになるところでした。私は自らの不明に恥じ入るばかりです」
打ち合わせ通りにダニエリク司教とエトムント枢機卿が言うと、私がそれを綺麗に纏める。
「エトムント枢機卿、ダニエリク司教。そして…ここに居る全ての人々も。『私達は、不寛容派どころか異教さえも全て受け入れ飲み込み……やがて一つの神の道へと導いていく。その使命を帯びていることを忘れないで下さい』」
精神感応を交え、漣が広がるが如くに直接人々の心に伝えると、その場に居た全員が雷に打たれたように固まり、畏怖の悲鳴を上げた。そして――
「神の奇跡だ――聖女様、万歳!」
「聖女様、万歳!」
サクラ達のシュプレヒコールが始まると、それに応じていく群衆達。私がアイドルのように手を振ると、熱気が広場を包み込み――やがて大きな歓声へと変わっていった。
「聖女様ああああ――っ! このメイソン、身も心も聖女様のものでずううう――っ!!」
……約一名、号泣するおかしなのが混じっているが。
概ね、私達のパフォーマンスは成功したと言えるだろう。
結局、ダニエリク司教から領主としてのメリットと警備面の安心を力説され、またヴァルカーや馬の脚共の縋りつくような視線に押し負けてしまっていた。ドン引きしていたともいう。
どうせ恥を掻くのは私だけ。父にとっては所詮他人事であった、チクショウめ。
そんな事を思い出し、私は遠い目になった。
「あの天馬。作りは豪華だが、何か目付きがおかしくないか…?」
「だよな。…どう見ても発情期の馬の目だよな。あんなのに聖女様を乗せるってヤバいよな」
「もう、男達はいやらしいんだから!」
精神感応を切っていなかったのが仇となったか。新市街に差し掛かった時に追い打ちとばかりに聞こえてきたそんな会話にSAN値が駄々下がる。
いや、もうやめて。マリーちゃんのライフはもうゼロよ?
「うわっ、烏の糞が! 汚ねぇっ!」
耐え切れなくなった私は烏に命じてうっかり男達の上に落とし物をさせてしまった。窘めていた女が「ほら、そんな事いうから罰が当たった」と笑ったところで精神感応を切り、前を見据える。
目の前には目的地である新市街の中央広場。そこには白銀騎士団に囲まれたエトムント・サラトガル枢機卿、イエイツとメイソンの姿があった。
馬の脚共が止まり、身を低くする。私は下馬していたグレイのエスコートで地上に降り立った。錫杖を掲げると、リーダーが下りて来てその上に止まる。
太陽神の鳥の出現に騒めく群衆。そこへ騎士団長ガエターヴが前へ進み出て騎士の礼を取った。
「は、白銀騎士団ガエターヴ・モンブルヌっ! ……ならびに麾下十数名、聖女様の御前にエトムント・サラトガル枢機卿猊下御一行をお連れ致しました!」
「……ご苦労様でした、ガエターヴ卿。枢機卿を無事に守護して下さり、感謝しますわ」
「勿体なきお言葉」
鷹揚に労いながら騎士団長に立ち上がるよう仕向ける。神妙な顔で視線を下に向けているが、さっき少しどもりかけたのを見逃すマリーではない。
わざわざ精神感応を使わずとも私には分かる――この男が意図的に馬から視線を逸らしている事を。
よし、帰りは常に視界に入るように私の馬の背後を歩かせてやろう。
そう決意しつつ、今度はゲストである枢機卿と目を合わせた。
「エトムント・サラトガル枢機卿。お久しぶりですわ。聖地では大変お世話になりました。ようこそトラス王国へ」
「猊下、よくぞおいで頂きました。今度は私達がおもてなしする番ですね」
私に続いてグレイも口上を述べると、枢機卿は聖職者の礼を取った。
「聖女様、そしてグレイ猊下。こちらこそご無沙汰しておりました。聖女様直々にお出迎え頂いた事は、このエトムント、身に余る果報でございます。ところで、聖女様。もしやそちらのお方は……」
「ええ――イドゥリース様、こちらへ」
「はい、マリー様」
良かった、と安心する。エトムント枢機卿も馬をチラチラ見て動揺しているようだったから、台詞をド忘れしたのかと思った。
これからやるのはちょっとした人心操作を兼ねたパフォーマンスである。いきなり異教徒の外国人が賢者に認定されたとか知らされるとやっぱり反発が出て来るだろうからな。
私に呼ばれて少し緊張した面持ちで前へ進み出るイドゥリース。彼は豪奢なアヤスラニ帝国の礼服ヒラットを身に纏っている。
「そのお方が賢者様なのですね」
枢機卿の言葉に群衆がどよめいた。明らかな外国人、しかも異教徒である。
彼らの言葉を代表するかのように枢機卿は続けた。
「……恐れ入りますが、外国の異教徒の方を賢者様に認定されるのでしょうか?」
「イドゥリース様はアヤスラニ帝国の皇帝の血を引いていらっしゃいます。星を読むのに長けておられ、かの地揺れと大波の予言では大いに私の助けになって下さいました。
はっきり言っておきます。異教徒であるとかそうでないとか、気にしているのは矮小なる人間達だけ。全てを照らし恵みを与えるが如く、偉大なる太陽神は国も人種も宗教も超越していらっしゃるのです」
「しかし、聖女様……」
そこへダニエリク司教も異を唱える。人々は私達を緊張した様子で見守っていた。
「では、ここに居る人々に訊きます。白い馬、黒い馬、栗色の馬、ぶちの馬――どの馬が一番優れ、神のご意志に叶っているのでしょうか?」
周囲を見渡して視線を巡らせる。すると、あちこちで「皆同じだ!」「違わねぇ!」等と上がり始める声。
最初に声を上げて大衆を扇動するのは勿論仕込んでおいたサクラである。功を奏したのか、やがて一般人達が同調し始めた。
私は錫杖を掲げると、烏のリーダーが大きく鳴いた。人々が静まったところで微笑んで、「そうですね。喜ばしい事にここにいる皆様はよく神のご意志を理解していらっしゃいます」と頷く。
ここで領民達は安堵するだろう――自分達は間違っていない。聖女様が保証してくれた神の正義に叶う者なのだ、と。
手応えを感じたので、錫杖をゆっくり下ろして続ける。
「白い肌、黄色い肌、褐色の肌、黒い肌――私達と異国人との違いなど、馬と同じくその程度のものでしかありません。
全てが等しく神のご意志に叶っているのです。また、イドゥリース様は賢者に相応しい為人であることは、聖女たる私が保証致しますわ」
「聖女様の仰る通りでございます」
「何と寛容で慈悲深きことでしょうか。俗世に塗れて不正の財を蓄え、排斥を好む不寛容派と同じになるところでした。私は自らの不明に恥じ入るばかりです」
打ち合わせ通りにダニエリク司教とエトムント枢機卿が言うと、私がそれを綺麗に纏める。
「エトムント枢機卿、ダニエリク司教。そして…ここに居る全ての人々も。『私達は、不寛容派どころか異教さえも全て受け入れ飲み込み……やがて一つの神の道へと導いていく。その使命を帯びていることを忘れないで下さい』」
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サクラ達のシュプレヒコールが始まると、それに応じていく群衆達。私がアイドルのように手を振ると、熱気が広場を包み込み――やがて大きな歓声へと変わっていった。
「聖女様ああああ――っ! このメイソン、身も心も聖女様のものでずううう――っ!!」
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