上 下
301 / 687
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

親子の絆。

しおりを挟む
 「お初にお目にかかります。馬ノ庄が当主、ヴァルカー・シーヨクと申します。聖女様におかれましては我が愚息達への多大なお引き立てを賜りながら、今日までご挨拶叶わなかった無礼をお許し下さい」

 私の目の前には、馬の脚共を壮年にしたような白髪交じり金髪の男が片膝をついていた。

 パレードの打ち合わせをする少し前。
 ダニエリク司教、グレイ、そして私の三人は応接間で祖父母両親を待っていた。サリーナの給仕で雑談しながらまったり紅茶を楽しむ。
 そんな時に馬の脚共の父親――シーヨク家当主ヴァルカーは現れたのだった。
 誰かさん達と違い、意外にもまともそうである。

 鋭い鷹のような瞳――米軍に居そうなタイプで、程良い筋肉のついた素敵なマッチョダンディ。如才なくグレイに初対面の挨拶の口上を述べた後、私の番になったのだが…。
 息子達から何か聞かされていたのか、物凄く恭しく挨拶をされた。もしかして、聖地で二人共聖騎士になって帰って来たことが関係しているのだろうか。
 流れるような騎士の礼に、私も気を引き締めて丁寧に淑女の礼を取る。

 「まあ、初めましてヴァルカー卿。私こそ、ヨハンとシュテファンには日頃からお世話になっております。
 聖地では私を守り、また修道騎士達と勇敢に戦って打ち負かし――聖騎士の地位を勝ち取る程に篤き忠義を尽くして頂いております。こちらこそご挨拶もせず無礼を致しましたわ」

 あれは馬の脚共が勝手にもぎ取って来た地位である。私に対してそう感謝されるいわれはない。
 そう言外に伝えると、ヴァルカーは一層深々と頭を垂れた。

 「恐れ多い事でございます。私の事はヴァルカーと呼び捨てて頂ければ」

 というか……この人、息子達が毎日のように馬の脚としてこき使われているって知ってるんだろうか? いや、知らないんだろうなぁ。知ってたら、こんな態度は取れない…はず。

 罪悪感とバレた時のことを考えて内心ちょっとプルプルしていると、ヴァルカーはダニエリク司教の方を向いた。

 「兄者、この手紙の事だが…残念ながら、純白の馬は馬ノ庄には居なかったのだ」

 申し訳なさそうなヴァルカー。いや、こっちとしては別に白馬に拘ってないから気にしないで欲しい。

 「いえ、お気になさらないで。私は別に夫のグレイと共に――」

 リディクトに乗るから、と続ける前に。

 「な、何と!? 聖女様には絶対に美しい白馬に乗って頂きたいのだ! 何とかならぬか、ヴァルカー!」

 ……ダニエリク司教の声にかき消されてしまった。
 そこへ間髪入れずに「伯父者、白馬ならここにおりまする!」と割りこむ声。
 振り向くと、開かれた大扉の向こうに前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが布のかけられた大きな物体を抱えているのが見える。

 ま、まさか。シルエットといい、あれは……もしかして。

 瞠目する私。
 一瞬の後、あの中身に思い至って恐慌状態に陥った。

 やめろ、後ろ脚シュテファン! 布を取るな! ここにはお前達の父親も居るのだぞ!

 しかし私の祈りも虚しく、後ろ脚シュテファンが片手で布を引っ張り落としてしまう。
 中から現れたのは、案の定――

 「我らこそがマリー様の馬でありますれば!」
 「伯父者、聖女様の馬は天馬にございまするぞ!」

 「……」

 例の天馬仕様の愛馬ハリボテだった。脳内で、どーん! という漫画チックな効果音が響く。
 終わった――私はこめかみを押さえた。何故、ここにあれがあるのか。

 「こ、これは……!」

 ダニエリク司教は二の句が継げないでいるようだ。ヴァルカーに至っては言葉もない。

 「実は我ら、父者伯父者に普段の我らの働きぶりを見て頂きたく!」
 「後発で届く荷物にこっそり紛れ込ませていたのでございます!」

 そんな彼らの反応を見て、得意気に胸を張る馬の脚バカ共二人。
 愛馬ハリボテがここにある理由は理解出来た。
 出来たが……

 「どう考えてもこっそりというレベルじゃないよな?」

 ぼそりと呟く私に、グレイが「余程思い入れがあるんだね」と乾いた笑みを浮かべる。サリーナは終始無言だったが、シーヨク庄の奴らに温度の無い眼差しを向けていた。

 馬の脚をしている所を父親と伯父に見て貰いたいとか狂気の沙汰である上、私のイメージが初っ端から崩れてしまう。どうやって回避しよう?
 グレイとアイコンタクトをしてうんうん考えていると、

 「何と立派な有翼馬なのだ! 良く出来ている! これならば聖女様が乗られても安全だろう。暴走の危険もなく警護もし易い! 聖女様の馬を務めるとなれば馬ノ庄の名も高まる事だろう」

 「えっ!?」

 ダニエリク司教が愛馬ハリボテにペタペタと触りながら感動したように言いだした。グレイの表情も「本気か」と司教の正気を疑っている様子である。

 おい、ちょっと待てや。
 ヴァルカーも何か言ってやって欲しい。馬ノ庄の名が高まるどころかどん底に落ちるぞ!? さあ、息子達がおかしい事を指摘するんだ!

 「流石は伯父者、分かって下さりますか! 実は色々改良を施し、吹き矢を飛ばす穴も作っております。中に居ながらにしてちょっとした防衛も可能。マリー様にこれほど相応しい馬はありますまい!」

 人の気も知らないで、馬の脚共は床に下ろした愛馬ハリボテを色々と弄り回し始めていた。翼を取ると盾として使えるとか、ここにこんな武器を隠しているとか得意気に語っている。
 すると、

 「お前達!」

 それまで黙っていたヴァルカーが咆哮し、険しい表情で立ち上がった。怒りを堪えているような気迫を感じる。

 おお、行け行けヴァルカー! フレーフレーヴァルカー!

 内心エールを送る私。
 しかしヴァルカーは目尻を拭い、

 「……立派になったな。聖女様のお披露目の際はお前達のその雄姿、このヴァルカーがとくと見届けてやろうぞ」

 馬の脚共に向けて両手を広げていた。

 ――お、お前もかああああ!

 「ちっ父者!」
 「父者!」

 父子達三人はひしっと抱き合う。その傍らで微笑むダニエリク司教。
 期待を裏切られた私はただ放心するばかりである。

 ……実に感動的な光景である。私が晒し者になりさえしなければ。

 グレイがポン、と同情の眼差しで私の肩に手を乗せた。
 この状況である。今更私には嫌だなんて言えるはずが……なかった。
しおりを挟む
感想 922

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。