貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

それは5kgの米袋が飛んできて片腕に乗る衝撃。

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 「閣下! 聖女様は…聖女マリアージュ様はいらっしゃいますでしょうか?」

 屋敷の入り口から私のことを呼ばわりながら誰かが出て来た。修道士を背後に従え、立派な法衣を身に着けている事から教会のお偉いさんだろうか。壮年で焦げ茶の髪の渋格好良いダンディである。
 私の予想は当たっていたのだろう。父が驚いたように声を掛けた。

 「これはダニエリク司教。何故ここに」

 「神に仕える身として、聖女様であらせられるマリアージュ姫様に是非ご挨拶を申し上げようと罷り越しました」

 「後から教会に挨拶に行かせるつもりだったのだが……」

 「聖女様にご足労いただくなど、とんでもない!」

 そんなやりとりが繰り広げられ、父以外の家族からの視線がチラチラと。

 ……ここは出ないといけないだろうな。

 そう思って足を踏み出そうとした時、馬の脚共がいつの間にか私の両隣を陣取っていた。
 前脚ヨハンが右手に錫杖を握らせ、後ろ脚シュテファンが白頭鷲を革のアームガードを装着した腕に乗せている。
 そう言えばシャンブリル川から離れた後、餌の調達と世話を命じていたっけ。何時の間に腕に止まらせる程懐かせたのか。
 ヘドヴァンに続き、ちょっと面白くない。私だって腕に乗せれるんだから!
 後でやろうと決意した私は、仕方なくカラスのリーダーに呼びかけて錫杖に止まって貰って前へ進み出た。

 「私なら、ここに……」

 その場にいる全員の視線が私に集中する。緊張からか尻から可燃気体ガスが出そうになったが、ここで音を立てるとエラい事である。
 私はカラスのリーダーに大きめに鳴いて貰い、その隙に無事スカす事が出来た。これで安心である。
 司教はといえば、烏を見て畏敬の念に打たれたように私に向かって祈りを捧げた。

 「おお、聖女マリアージュ様! 以前お見かけした時はお小さかった姫君が、大層美しくお育ち遊ばされた……。
 太陽神のしもべ、司教ダニエリク・シーヨクが聖女様にご挨拶を申し上げます。御尊顔を拝謁出来て光栄に存じます……!」

 何か…馬の脚共と共通するものを感じるのは気のせいだろうか。シーヨクって、どこかで聞いたような……。
 記憶を探りつつも、私は返事をすべく口を開いた。

 「私もお会い出来て光栄ですわ、ダニエリク司教。わざわざお出迎えに来てくださり感謝いたします。
 そして騎士や屋敷の皆も。心を尽くして迎えて下さりありがとう存じますわ」

 そう言えば祖父ジャルダンや父サイモン以外、騎士団の面々とはあんまり交流してなかったな、と思い出す。
 日本の大名でも家臣が主君の姫と交流する事はあんまりなかっただろうし、本来はそういうものなのだろう……王都の屋敷での私があり得なかっただけで。
 司教、次いで騎士達を見渡して外面を取り繕っての令嬢の笑み一発。
 皆、それぞれの所作で返礼を返してくれた。

 うむ、猫かぶりは完璧。聖女らしい印象を与える事に成功したと私は安堵していた――この時までは。

 まさか数日後にあんなことが起ころうとは――この時の私は、微塵も予想していなかったのである。


***


 「おっ、重たっ!!」

 白頭鷲――怒れる鳥ゲームからマイティ―と名付けたのだが、思ったよりずっしりと重量があった。
 少しの間なら支えきれるが、長い時間となると腕がぷるぷると震え、かなり辛い。

 ――ピュイッ!

 マイティ―は鳴きながらバサバサッと翼を動かしている。近くに差し出されたシュテファンの腕に移動すると、静かになった。

 「うぅ……」

 自分の膂力りょりょくの無さが恨めしい。ジト目でシュテファンを見ると、苦笑で返された。

 「この鷲は賢い鳥でございます。あの時もマリー様が支えきれぬと看破して、敢えて地に降り立ったに違いありませぬ」

 ヨハンが慰めるように言う。私はせめてもふもふを楽しもうとマイティ―を撫でた。

 「マリー、ニジマスが沢山釣れたよ!」

 そこへ現れたのは釣り竿を持ったグレイ。その後ろでカールが両手にバケツを持っている。
 泉から流れ出た川が敷地内を通っており、それを利用した人工の池もあるのだが、そこで釣ったのである。

 「まあ、凄いわね!」

 「これだけあればマイティーやリーダー達にあげて昼食に供しても足りるかな」

 「ええ、充分過ぎる程だわ。ありがとう、グレイ」

 ちなみにリーダーとはまんまカラスのリーダーの名前。
 私は烏達を呼び寄せ、皆にニジマスを振舞った。


***


 「こちらで暮らすのは本当に久しぶりだわぁ~」

 昼食にニジマス料理を堪能した後。
 テーブルと椅子がセッティングされた見晴らしの良いテラスで私はのんびりしていた。
 母ティヴィーナは紅茶を一口飲んでほうっと息を吐いている。
 下からはキャッキャッと楽しそうな声。覗き込むと、生垣迷路でイドゥリースとスレイマンが弟妹やヴェスカルに振り回されているのが見えた。

 ちなみにグレイは居ない。市街地に出かけて行っている。
 と言うのも、午前中餌やりを終えた後――透視能力と精神感応能力でエトムント・サラトガル枢機卿に連絡を取ったのだが、丁度宿場町メイユを出たところだった。後数日もすれば領都へ到着する予定らしい。
 言わずとも疲労感が伝わって来たので改めてあの二人の問題児達の事を詫びておいた。
 そのことをダニエリク司教に伝えるのに使いを出そうとしたところ、グレイが買って出てくれたのである。教会に行くついでに市街地にあるキーマン商会の店舗を覗いてくるそうだ。

 のんびり平和な午後の紅茶アフタヌーンティーを楽しんだ後。
 夕食まで時間があるし、散歩がてらグレイを出迎えられるかなと思ってエントランスへ階段を降りた私。
 その時に事件は起こった。何故かダニエリク司教が来ていて、私と目が合うなりこう叫んだのである。

 「聖女様! 枢機卿がご来駕なさるのであれば、この機会に是非民達へ聖女様のお披露目を!」
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