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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

何て恐ろしい男(白目)!

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 スン…とした気持ちで透視を続けていると、アーダム皇子は天を仰いで嘆息した。

 『ああ、少し神経質になっていたやも知れぬ。それはそうと、ダンカン。このように身を窶して少数精鋭で来たが、本当にこれで聖女を捕らえる事が出来るのか?』

 『聖女は不思議な力を持ちながら、権力欲は無く厄介事を嫌うようです。殿下が名を明かして動かれれば必ず逃げられましょう。
 聖女の生家たるキャンディ伯爵家も多くの強き影や騎士に守られており、いずれも猛者揃いとか。いかな殿下がお強い武人とはいえ、それらの守護を掻い潜り、聖女を攫うのは非常な困難を伴うでしょう。
 しかしこのように密かに行動し、デブランツ大司教に耳目が集まっていれば隙が生まれまする。
 細心の注意と迅速な行動が鍵となります。今の内に十分に休息なされませ』

 『猛者か。ふん、どれ程の武人なのか。血が滾るわ。是非とも戦ってみたいぞ』

 『殿下、なりませぬぞ。あくまでも聖女の身を確保して逃げるのです。ここは敵地でございますぞ』

 『分かっておる。少し言ってみただけであろう?』

 口を尖らせて床に突いた剣の柄をくるくると弄ぶアーダム皇子。そこへ、別の男が声を掛けた。

 『しかし殿下、もしデブランツ大司教猊下の仰るように聖女と名乗っている女が悪しき魔女であれば如何するのです?』

 『その時は我がこの剣を振るおうぞ。しかし本物であればデブランツ大司教には我が覇道の生贄になって貰う。何より我が皇位がかかっているのだ。何としてでも聖女を我が手に……!』

 不敵に笑って剣を天井へ突きつけるアーダム皇子。

 成る程、名を偽って個人として入国している訳だ。父の言う事は正しかった。
 何となくアーダム皇子は野性的な勘が凄そうなので別のダンカンと言う男を選んで精神感応で記憶を読み取る。

 ほほう。皇子はデブランツ大司教を出し抜くつもりだ。場合によっては私をかどわかした罪を擦り付けて見捨て、トラス王国で処刑させる。
 商人と身分を偽り先行して入国し、聖女を狙う。場合によってはデブランツ大司教一行に護衛として潜り込む予定のアーダム皇子。
 私をどうにかかどわかして眠らせ、荷物に紛れさせて持ち帰る計画。協力させる商人もひっそりとついて来させており、宿場町で馬替えの準備までさせていた。
 こちらが断固拒絶し暴れれば場合によっては辱めを与えて心を折る事も辞さないようだ。全く下種の極みである。

 私は能力を切り、ぶるりと身を震わせた。
 アーダムという男はビジュアルがキモ過ぎて生理的に受け付けん。
 会いたいとも思わないので逃げるが正解だな、やっぱり。


***


 「……っていうのを見てしまったのよ! 糞豚共がぁ! 冗談じゃないわ!」

 その日の昼食時、私は家族全員にぶちまけた。
 初代聖女が『糞な雄豚共だらけのこの世界』と手記に書いていたが、完全同意である。

 「私の言ったとおりだっただろう? マリー。馬鹿正直に第一皇子だと名乗って入国するには目立つ上に手間も時間もかかる。お前を捕まえようと暗躍して狙うのならば身分を偽るしかない。つまり抜け穴だ」

 父サイモンが我が意を得たりとばかりにワインを傾ける。
 母ティヴィーナが「まあ、何て恐ろしい企み……私のマリーちゃんが」と不安気にしており、グレイが口を開いた。

 「マリーが見た町はモンブロー。馬を飛ばして三、四日程でしょうか」

 「思ったより早く来るのですね」

 「まったくだ、表向きの使節団に惑わされていたら危なかったな」

 義兄アールとカレル兄がそんな会話を交わしている。義姉キャロラインの「屋敷の警備を固めておいた方がよろしいわ」との言葉にトーマス兄は頷いてこちらを見た。

 「それにはマリー、アーダム第一皇子の顔を見せて貰えるか?」

 「良いわよ」

 私はアーダム第一皇子の姿を精神感応で共有する。
 その瞬間、食堂に居るほとんどの者が咽たり口に入れたものを噴き出したりした。

 「股袋か、亡き父上がなさっていたのを思い出す。懐かしいなぁ」

 「そうね、ジャルダン。古風な衣装だわ。アルビオン王国でも似たようなものだけれど」

 そんな中、祖父母だけが平常運転。使用人達も動揺を隠せない。

 「思い出した……お爺様が股袋から飴を取り出して私にくれた事を。絶対に口にしなかったが」

 父サイモンが苦々しい顔をし、食欲が失せたのかワインをテーブルの上に置いた。母ティヴィーナはショックを受けたのか放心状態。

 「こ、これは……側近達は何故こんな髪型にさせているのか」

 ハンカチを取り出して口を拭ったトーマス兄が引き攣った顔で言うと、「衣装以上に中身が色んな意味で強烈だな」とカレル兄。

 「こ、こんな強烈なのに狙われるなんて。メイソンと言いお気の毒様ね、マリー」

 笑いを堪えながら揶揄してくるアナベラ姉。本当だよ、代わって欲しいぐらいだ。

 「比較的まともな男達にモテまくってるアナベラ姉に変なのにばかり目を付けられる私の気持ちなんて分からないわよう!」

 そう叫ぶとアナベラ姉はとうとうお腹を抱えてしまう。グレイが慰めるように私の肩を叩いた。

 「ぼ、僕としては助かってるけどね」

 「うぅ、グレイ。私には貴方しかいないわ……」

 私はグレイにしなだれかかった。
 隣ではイサークが「ヴェスは似てなくて良かったね、ああなっちゃ駄目だからね!」とヴェスカルに一生懸命言い聞かせており、ヴェスカルは「はい…」と真剣な顔で頷いていた。

 「イドゥリース様、あんな変な王子様なんてメリー怖い!」

 「ダイジョウブ、メリー姫。私がいます」

 メリーとイドゥリースのそんな会話をスレイマンが生暖かい目で見ている。
 姿を見せただけでここまで皆を混沌に落とし込むとは。神聖アレマニア帝国アーダム第一皇子――何て恐ろしい男(白目)!

 父サイモンがふうと溜息を吐いて執事を見遣った。

 「――準備は?」

 「ほぼ終わっております。明日出発なされますか?」

 その返事に皆、何となく静まり返る。父サイモンは全員を見渡した。

 「それが良かろう。暁闇をついて出立する」
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