貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

君臨すれども統治せず。

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 「アルトガル。マリー様は全てを見通す神の目をお持ちなのだ」
 「隠し事をするのは為にならぬぞ」

 緊迫感が走る。
 アルトガルはふっと笑みを零して私を真っ直ぐに見据えた。

 「仰る通り、我輩は山岳国家ヘルヴェティアの命運の為――こちらへ参ったのでございます。
 雪山は、以前はアレマニア帝国の一部でした。戦が起こる度に傭兵を輩出し、発言力を持つようになり。やがては自治権を認められるという形で独立を実現し、それを保って来たのです。
 しかし、その平和も此度の皇帝選挙で風向きが怪しくなって参りました。
 前教皇派と現教皇派の争いも相まって、大きな戦が起こると我輩は見ております。
 小競り合いならまだしも、一度大きな戦火が起これば、傭兵仕事が増えるとはいえ、同族同士で血を流し合う。
 さりとてそのような事態を避ける為にどちらかの陣営を選べばいざ負けた時の保険が効きませぬ。非常に難しい選択を強いられております。
 様々な想定も致しましたが、誰が勝利を治めようと皇帝が代替わりする以上は雪山の自治権は危うくなるという事は確実。
 特に第一皇子アーダムは野心家であり、もしアーダムが皇帝になろうものなら間違いなく従属を強いて来るでしょうな」

 神聖アレマニア帝国は宗教国家のようなものなので、もしそこで突っぱねれば破門だのなんだの教会を通じて揺さぶりをかけて来るだろうとの事。

 山岳国家ヘルヴェティアには不寛容派がまだ多数であり、その揺さぶりはかなり効果を発揮してしまう。雪山の民は信仰篤い者も多く、宗教対立で国が纏まらなくなった隙を突かれたらひとたまりもない。

 「――故に我輩達は自治権ではなく、神聖アレマニア帝国とは決別し、完全なる独立国家となる事を選んだのでございます。その為には、聖女様の庇護が必要なのです」

 「『この国の』ではなく、『聖女の』庇護なのね」

 「はい」

 念押しすると、アルトガルは頷いた。
 彼の記憶が告げる。前教皇派であっても、予言を成就させた私を聖女と認めてはいるようだ。件のデブランツ以外は。
 故に、教皇よりも上位の存在である聖女の庇護下にあるとするならば、宗教的圧力と対立から距離を置く事が出来る――そう言う事だった。

 「時至れば、『山岳国家ヘルヴェティアは聖女にのみ膝を折る国であり、如何なる国も手出しならぬ』と一言仰って頂ければ」

 そう言ってアルトガルは深く頭を垂れる。ヨハン達が構えを解いて問いかけた。

 「マリー様の庇護下に入るという事は、雪山の民はマリー様に従い、ひいては我らの仲間になる――そう言う事か?」

 「そう受け取って貰っても構わぬ。山の民の血は時を超え再び一つになるであろう。我輩はマリー様の神霊に賭けてみるのよ」

 要はいっそ聖女をお飾り国家元首に据えて、自治国家となる――君臨すれども統治せず、をして欲しいらしい。あのエリザベス女王襟を着ける時が来たようだ。
 ヘルヴェティアを無理やり従属させようと戦を仕掛けようものなら晴れて神敵になる、という奇策である。それを強行しようとすれば、アレマニアは『神聖』という言葉と人心を失う。
 勿論事前に私の事をよく調べたんだろうし、割と的確な人選だと思う。利害関係一致してるし、統治とか面倒臭いし。

 「まあ。マリー達の仲間になるんだったら協力するのもやぶさかじゃないわ。ただ、仲間になるには条件――いいえ、提案があるの」

 「提案?」

 「ヘルヴェティアは農地が少ないわよね。だから山岳を利用した放牧や酪農の他は工業や商業、そして傭兵業で補っている。そこに、金融――銀行業も加えてみないかしら?」

 にんまりと笑いかけると、アルトガルの目がぱちくりと瞬いた。


***


 数刻後、私達は場所を食堂へ移動していた。夕食を兼ねた、家族全員が集まっての会議である。

 ヨハン達は渋ったのだが、参考人としてアルトガルも同席する事になった。
 彼の目の前にはリクエストされたハンバーガーが山盛りに供されている。その周囲を馬の脚共とカールが固める形である。

 ダディサイモンがアルトガルの持ってきた話をすると、ママンティヴィーナが不安そうな眼差しをこちらへ向けた。

 「ヴェスカルちゃんにマリーちゃん……アーダム第一皇子は戦好きで、残酷で粗野なむくつけき大男だと聞いているわ。そんな恐ろしい男に二人共狙われて……あなた」

 救いを求めるように隣の父に手を伸ばす母。父が何か言う前に祖母ラトゥが気遣わし気に口を開く。

 「大丈夫ですよ、ティヴィーナ。そんな事をシムが許す筈もないでしょう?」

 「お義母様、僕も夫としてマリーを守ります」

 祖母に続いてグレイがきっぱりと言う。その言葉に私は嬉しさいっぱいになりながら、隣で不安そうにこちらを見つめてくるヴェスカルを抱き寄せた。

 「聖女様…」

 「ヴェスカルは私が守るから、安心してね」

 「ヴェスは弟だもん。僕も守る! ね、メリー?」

 「勿論よ! だから安心して、ヴェス!」

 ヴェスカルがイサークとメリーを見て微笑み、「ありがとうございます」と小さく頷いた。
 弟妹は何時の間にか頼もしい兄と姉になっていたようだ。

 そう言えば、と義姉キャロラインがワインの杯を傾ける。

 「皇帝の代替わりはフォション辺境伯家としても見過ごせない問題ですわね。何と言ってもアレマニア帝国と国境を接しているのですもの」

 今の所は国境を接する相手は温厚な領主だそうだが、しかしそれも皇帝の代替わりでどう変わるか分からない。
 義姉にとっては実家の運命を左右する。気が気じゃないだろう。

 「次から次へと……お前はつくづく厄介事を引き付ける体質なのだな」
 「メイソンといい、そういう星回りなんだろ」

 トーマス兄とカレル兄が不吉な事を言う。

 「ちょっと、マジで引き寄せちゃいそうだからやめてよね!」
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