貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

キャンディ伯爵家の秘密。

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 結婚式も無事終わり、夫となったグレイがダージリン伯爵に叙爵され、グレイ・ダージリン伯爵となった数日後。

 数々の試練を乗り越え、マリアージュ・キャンディ伯爵令嬢改めマリアージュ・ダージリン伯爵夫人と華麗に転身を遂げた私とグレイは父であるサイモン・キャンディ伯爵の執務室に呼び出されていた。

 一緒に挙式した義兄アール・アナベラ姉夫婦の外、祖父ジャルダン、カレル兄とトーマス兄、何故か侍女のサリーナに馬の脚共である前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン、中脚のカール、そしてキャンディ伯爵家の主だった庭師達が勢揃いしている。

 庭で遊ぶ事が多く彼らとは交流が多少ある私からすれば見知った顔ばかりである。
 父サイモンが集められた面々を見渡して口を開いた。

 「さて、揃ったようだな。これから話す事は当家の秘密だ。心して聞くように」

 父が合図すると、トーマス兄がキャンディ伯爵家の紋章を広げて捧げ持った。そこには見慣れた赤き盾に左を向いたフクロウが天秤と共に描かれている。

 「アナベラは知ってるから良いとして――マリー、この我が家の紋章。何故フクロウなのか知っているか」

 問われて私はしばし考え込む。精神感応を使う野暮はしない。

 「そうね……梟と言えば闇の中に生きる鳥だわ。前世では女神アテナ――智慧の象徴でもあったわね。
 天秤は裁判所に使われる意匠だから、さしずめ『知恵と正義』という所かしら?」

 それを言うと、ダディサイモンは良い線だ、と頷く。

 「我ら、キャンディ伯爵家は建国よりトラス王国を守る盾だ。王国の平穏を守るべく、闇に生きる見張り番フクロウであり、正義と均衡を保つ秘された天秤の一族。
 王ではなく王国そのものに忠誠を誓い、反乱の兆しあればそれを摘み取って闇に葬り、王が暗愚であれば暗殺も厭わない。
 初代トラス王が王国を長きに渡って保つ為の役目を負わせる為に生み出された存在が我らキャンディ伯爵家なのだ。
 この事は代々王にのみ知らされる事実。
 故に我らは常に中立を求められ、身分も高くも低くもない伯爵家に永久に定められている。我らの在り方について変える事は許されぬ、その代わりに銀山を領する事を許されたのだ」

 さもなくば、財を生み出す貴重な銀山は王家の物であるのが普通である。

 成る程、うちは均衡を保つ為の免疫細胞的な組織だったのだな、と私は思う。
 王朝が長引くと、どうしたって腐敗は避けられない。また、王となる者が必ずしも善政を敷くとは限らない。

 「そ、それはまるで……王家がもう一つあるようではありませんか」

 恐る恐る口にする義兄アール。余程衝撃だったらしい。

 「その通りだ。それ程の使命を負うには血ほど確かな絆は無い。我がキャンディ伯爵家の初代当主は秘された王の子だったのだ。我らは裏王家ともいえよう」

 実は初代トラス王には隠された双子の弟が居たのだと父は語る。その子孫がキャンディ伯爵家なのだと。

 「王家や公爵家が滅びた時は、古の約定によりキャンディ伯爵家から王を選ぶ事になっている」

 マジか。まあ確かに考えてみれば合理的かも知れない。
 万が一があってもうちが大丈夫でさえあれば王国は延命出来るもんな。

 しかしそれだけの機密を話す場に、馬の脚共含む庭師達が居て良いのだろうか?
 そう訊くと、父サイモンが胸に手を当てて礼を取る彼らを見遣りながら口を開く。

 「問題ない。というのも、そもそも我が家の使用人達の事だが――庭師が実は『隠密騎士』だからだ。使用人や侍女もその家の出である事が多い。我らがお役目を担う為に必要不可欠の存在であり、代々仕えてくれている」

 不穏分子を始末する為に影で暗躍する人員。
 まるで忍者みたいだな、と思う。まんま御庭番じゃないか。

 火のない所に煙は立たぬというが、そういう噂は流れているようで。父はその所為で他の貴族家から結構恐れられているらしい。

 事実は小説よりも奇なり、とはいうが――私は驚きに呆けた。

 「ほわぁ……初めて知ったわ。じゃあヨハンとシュテファンも『隠密騎士』だったって事?」

 訊けば、そうだという。
 私の出来る侍女、サリーナ・コジーも元々は隠密騎士の家の出らしい。侍女として上がる際に、母親の実家であるコジー男爵家の養子となったのだとか。
 馬の脚共が聖地で修道騎士達を叩きのめして来たのは伊達じゃないって事か。
 じゃあ、去年の今頃だったか――ラベンダー修道院に行ったグレイとの初めてのデートの時、ヨハンを見たのは見間違いでは無かったんだろうな。

 そう言うと、グレイが「あの時実は……」と話し出す。

 「マリーか僕かは知らないけど、何者かに狙われていたみたいでね。マリーが御婦人の用事から戻って来る間、気が気じゃ無かったよ」

 そ、そんな事が。

 今更ながらに明かされる真実に戸惑いを隠せない私。

 「どうしよう、私ってば騎士を馬の脚にしてきたって事だよね?」

 「気になるのはそこか……彼らは隠密騎士どころか今や聖騎士までになっているのだ、今更ではないか」

 トーマス兄が呆れたように言うと、ヨハンとシュテファンが慌てて声を上げる。

 「いえ、マリー様! 我らはマリー様の馬の脚となるべく生まれて来たようなものでございます」
 「兄者の申す通り! それに我らはマリー様の馬になる事で救われた事もあるのでございます! お気になさいますな!」

 「お前達……」

 「それでいいのか……まあ今更だよな」

  これからもマリー様の馬でいさせて欲しい、と熱意の籠った眼差しで訴える馬の脚共。カレル兄が諦めたように肩を竦める。
 何が彼らをそうさせているのか。

 私とヨハン達が見つめ合っていると、父が濁った目でゴホンと咳ばらいをした。
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