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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(120)

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 領地の事も落ち着いたところで。

 カフェ開店へ向けて店舗予定地の下見も終わり、今は改装と従業員の教育を行っている真っ最中。
 アヤスラニ帝国風の装飾品や布、鈴付きの魔法の鏡の小物入れが売れに売れている。

 僕の右腕ジャン・バティストや今や小物入れ担当となったロベルトからは文句と恨み言を言われる日々、それに加えての商会運営、結婚式の準備、叙爵の日取り決めと準備に日程調整、僕は多忙を極めていた。

 祖父エディアールや父ブルック、兄アールも馬車事業やガリア王国との商売や銀行事業で忙しくしている。
 休憩を入れた折、そう言えばマリーの予言の日が差し迫っているなと思う。
 スレイマンとイドゥリースがどことなく曇った表情をしている事に気付いた。

 「『どうしたんだい、二人共。そんな暗い顔をして』」

 「『実は……祖国が心配で』」

 スレイマンが話したところによると、アヤスラニ帝国の、被害を受けるであろう西岸の港町の避難が進んでいなかったとの事。
 マリーがその地の領主や宗教指導者に精神感応で呼びかけたらしいのだけど、怯えられたり悪魔呼ばわりされたりして話にならなかったらしい。
 そこで最終手段とばかりにイドゥリースの父、アヤスラニ帝国の皇帝イブラヒームに精神感応を取ったところ、話を聞いてくれて早馬を飛ばして貰えたそうだけど……。

 「『それで素直に避難してくれたのかどうか』」

 「『どうにも胸騒ぎがして……』」

 成る程、それで心配していたのか。

 スレイマンの商会はトリスタンからも連絡が行っている事だし大丈夫だろうけど、領主や宗教指導者達がどう動くのかは未知数だ。
 流石に皇帝の命令を無視する事は出来ないだろうけれど……。

 しかしその不安は現実のものとなる。



***



 「大変な事になっているわ」

 予言の日の前日。僕とスレイマン、イドゥリースの三人でカフェの進捗について話しているところにマリーがやってきた。

 曰く、アヤスラニ帝国の西岸は、数か所の町を除いて避難がなされていなかったそうで。
 皇帝に確認をしたが、皇帝もまたその事態を知らなかったという。確認を取って貰ったところ、どうも宗教指導者である導師達が邪魔をしていた事が判明したという。

 「『導師達が!? 何と……』」

 言葉を失って立ち尽くすイドゥリース。

 「出来る限りの事はするつもりだけれど、それでも駄目だったら沢山の命が失われてしまう。一体どうしたら……もう一日もないというのに」

 言ってマリーは涙ぐみながら震え出す。スレイマンとイドゥリースも蒼白になった。
 スレイマンは導師達の力が強い故に起こった事なのだろうと言う。イドゥリースは唇を噛んで俯いた。拳を握りしめて床を見ていたが、ややあってきっぱりと顔を上げた。

 「『仕方ありません、マリー様』」

 イドゥリースはマリーにアヤスラニ帝国の為にありがとうと言い、気に病まぬようにと労わりの言葉をかける。 「『これも定めか』」と小さく呟くのが聞こえた。

 僕はマリーの傍へ行き、震えるその手をそっと握った。
 彼女はその小さな肩に、数えきれない程の人々の命を背負わされたのだ。無理もない。
 しかしまだ時間は残されている。

 「それで、マリーはどうするつもりなの?」

 彼女の心を慰めたくて努めて穏やかに訊ねると、能力を併用して鳥達に導師を襲わせてみるそうだ。距離が離れている分大変なようで、そう頻繁には出来ないそうだけれど。

 これで恐れを抱いてくれればいいのだけれど、と祈るように言うマリー。
 彼女が能力を使っている間、僕達は固唾を呑んで見守っていたのだけれど。

 しかし――。

 ある瞬間、マリーはまるで糸がぷつりと切れるようにソファーに力無く崩れ落ちてしまった。
 慌てて彼女を介抱する。

 ――よかった、気絶しているだけみたいだ。

 カフェに関する話し合いはここまでという事になった。二人は夜通し祈り続けるそうだ。
 マリーを恨んでいないのかと訊くと、首を横に振る。彼女は倒れるまで精一杯やってくれた、どのような結果になろうとも感謝こそすれ恨みに思う事などありえないと。

 僕はサリーナを呼ぶと、マリーを横抱きにして彼女の自室へと案内して貰う。
 その身体をベッドに横たえながら僕も神に祈った。

 彼女はやれることは全てやったのだ。後は神のみぞ知る。



 ――果たして祈りは聞き届けられたのだろうか。
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