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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
日本人が長期海外滞在から帰国して一番に行きたい場所。
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次の日、私は陞爵もしくは叙爵に関わる領地候補の地図十数枚と睨めっこしていた。真ん中に我が家の領地の地図を置き、大体の位置関係で地図を並べてみている。
小規模ながら、未発見の鉱物資源がある場所を幾つか見つけたのだけれど――いずれもキャンディ伯爵家程の規模はなく、実入りの面から言えばどの領地も五十歩百歩だった。
「うーん、何処がいいのかなぁ」
キャンディ伯爵領は、王都から見て南方、高地に差し掛かる地域一帯にあり、いわばトラス王国のど真ん中である。
地形をざっくり言うと、北は平地で南は高地。
勿論銀山や持参金にする金山、ダイヤモンド鉱山があるのも全て南の高地の中。その他高地では主に酪農が盛んであり、毎年美味しいチーズやバターが献上されて来ていた。
北の平地では葡萄・リンゴといった果樹や小麦の栽培がなされ、近年そこに養蜂業も加わる事になるだろう。
また領都はかなり栄えている。というのも、東西南北を繋ぐ交通の要衝となっており、銀山に関わる物や人の流れ、それを当て込んだ商売人等が集まっているからだ。非常に恵まれた土地であると言えよう。
ただ難点は――トラス王国の南方の港、ジュリヴァへ行くのが多少不便な事。
山越えしていくか東の方に流れるシャンブリル川まで迂回するしかない。
平地を馬車で行く方が楽だから、大抵の人は高地の端を迂回するように移動すると聞く。そりゃそうだ。山越えは私だって遠慮したい。
極端にキャンディ伯爵領やルフナー子爵領から離れた領地は除外する。どの道平地ばかりで鉱山資源は無かった土地だったし。
すると残ったのはいずれもキャンディ伯爵領に接する領地が三つ。
一つ目はうちの領地から見て西側に接する、西が海に面していて小さな港を持つ細長い領地。
二つ目は東南に接する南に小さな港も付いて来る領地。
三つめは北に接する王都と繋がる平地。
グレイが北の海に繰り出して商売をしたいというのであれば一つ目が良いし、このまま異国との商売中心でやるならば二つ目が良い。
三つめは現在王領だそうだけど、リプトン伯爵領とも接していて何かと便利そうではある。
ちなみに私個人の希望は二つ目だ。見つけた鉱物資源も多かったし、何よりキャンディ伯爵領とナヴィガポールの間にある領地。
ナヴィガポールは元々グレイの親戚パント伯爵領だったそうで、結婚に失敗して出戻ったグレイの母方の祖母が与えられてルフナー子爵家を興し独立したのだと聞いた。
出来ればナヴィガポールまで続く領地が欲しい。パント伯爵と交渉して貰えれば嬉しいのだけれど。
ふとガリア王国の温泉を思い出す。
トラス王国にも温泉があればなぁ、と少し魔が差して温泉が無いか透視した時。
――なん、だと!?
「あった……」
というか、キャンディ伯爵領の高地の中に休火山が存在していた。
そう言えば、日本で金銀が採れるのは火山国だからだったっけ。
しかも、うちだけじゃなく有力候補地にした二つ目の領地にも温泉があるんだけど!
今更ながらの事を思いながら、私は降って湧いた温泉にテンションが上がる。
嬉しさの余り部屋中を飛び跳ねてサバトの如く踊り狂った――サリーナがやってきて正気を疑われるまで。
***
「という事なの。私の希望は南の小さな港とナヴィガポールね。それと温泉! 持参金に欲しい!」
サリーナのチベスナのような目に言い訳を繰り返しながらやってきた父サイモンの執務室。
絞り込んだ領地とその資源等も全て伝えた上で、私は父とグレイを前にそう主張した。
日本人にとって、温泉は全てを凌駕するのである。
ちなみに温泉は持参金にして、温泉リゾート計画と洒落込む所存である。温泉に覚醒して成分も透視したところ、キャンディ伯爵領のは素晴らしきラドン温泉。ホルミシス効果万歳。そして候補領地のそれは炭酸水素塩泉、美肌の湯。冷え改善に効く事だろう。
「温泉……熱い湧き水か。何故そんなに喜ぶのか分からんが、お前が見つけたものだしまあよかろう」
そもそも、トラス王国では温泉……というか入浴の習慣は余りポピュラーでなかった。
我が家は私を筆頭に比較的入浴する方だが、それでも私程の長風呂はしない。
父サイモンは首を傾げながらもあっさりと私に温泉をくれた。やったね!
いずれ湯布院の如きリゾートにしてみせよう! 鉱夫だって温泉の良さを知るに違いない。
「だけどこの西の港も捨て難い……」
「この銀山も…惜しい」
父とグレイは惜しんでかなりの時間悩んでいたけれど、結局は私と同じ結論になった。
父が惜しんだ銀山も一代で掘り尽くすような極小規模なものだったし、北や西の諸国との貿易にしろ開拓されきっていてあまり旨味が無かったからだ。
パント伯爵を交えた協議の末――グレイは無事にナヴィガポール含む我がキャンディ伯爵領へ続く地を拝領する事となった。
挙式後に独立する形でダージリン伯爵と名を改めて立ち。そして義兄アールがダージリン伯爵家の寄子としてルフナー子爵位とナヴィガポールを継ぐ事に決まった。陞爵ではなく新たに叙爵という形になったのだった。
***
そうこうしている内に、気が付けば月が替わっていた。
命を狙われる危険性は大分減ったけれど、グレイ達はそのまま我が家に滞在している。グレイが伯爵になるにあたり、屋敷も新たに構えなければならなくなった。ルフナー子爵家の屋敷は義兄アールのものになる。
私やグレイの希望と父の考えで、私達の屋敷はキャンディ伯爵家に隣接する土地に建てる事になった。
実質、我が家を増築するようなものである。
それが決まってグレイは明らかにホッとしている様子だった。
少し気になって精神感応で探ると、一番は馬の脚共つまり私の朝の乗馬に関しての安堵。二番は警備面。
いや、そっちが最初に来るんかい! そりゃあ最高機密ではあるけれども。
思い出しながら内心ツッコミを入れていると。
「マリー、どうかしら?」
アナベラ姉がやってきて、面白い袖のドレスを披露してきた。
肘から下部分がスリットのある長い薄絹になっている。
「まあ、変わったドレスね」
トラス王国では見ない形である。そう言うと、「イドゥリース様のお国ではこのような作りをしているそうよ」とアナベラ姉。
「ええっ、アヤスラニ帝国風のドレスって事?」
「そう言う事になるわね、うふふ。最近、イドゥリース様とスレイマン様は兄様達や私達と社交界に出掛けたりしているでしょう?」
「そうね。異国的で趣深いと方々から招待されていたのよね」
私は同意して頷いた。
そう、彼らの容姿が物珍しかったらしく、あちこちからお呼びが掛かっていたのは知っている。
言葉の事や我が家が後見しているという理由から、グレイ、アナベラ姉、母、兄達二人のどちらかと一緒に出掛けているのを何度か見た記憶がある。
「そうよ。それでね、社交界ではアヤスラニ帝国風の服が流行し始めているの。洒落者の殿方はそれっぽく頭や腰に帯を巻いたりしているわ」
そこでアナベラ姉は女性の衣装について彼らに訊いてみたらしい。幾つか絵を描いて貰ってそれでこのドレスを作らせてみたとの事。
「そんな袖だったらダンスの時にひらひらと動いてきっと綺麗に見えるでしょうね」
「うふふ、マリーもそう思う?」
そこへ、義兄アールとグレイ、イドゥリースとスレイマンがやってきた。
「君は何を着ても良く似合う。今は異国に捕らわれの姫君のようだ。綺麗だよ、アナ」
「今度この衣装で夜会に出ようと考えているの。貴方もちゃんと対になる衣装を着てね」
「勿論さ。ところでマリー、ごきげんよう。マリーもグレイにドレスを作って貰うと良いですよ」
「アールお義兄様もごきげん宜しいみたいね。あまり着る事は無いかも知れないけれど、機会があれば作って貰おうかしら」
相変わらずアナベラ姉にベタ惚れの義兄だと内心苦笑いしながら私は頷いた。
早速新しいドレスでダンスの練習に、とアナベラ姉達が行ってしまうと、私はグレイ達に顔を向ける。
「仲良きことは美しきかな。だけど、すっかり当てられちゃったわ」
首を竦めて言うと、グレイもちろりと舌を出して同じ仕草をした。
「僕もだよ」
小規模ながら、未発見の鉱物資源がある場所を幾つか見つけたのだけれど――いずれもキャンディ伯爵家程の規模はなく、実入りの面から言えばどの領地も五十歩百歩だった。
「うーん、何処がいいのかなぁ」
キャンディ伯爵領は、王都から見て南方、高地に差し掛かる地域一帯にあり、いわばトラス王国のど真ん中である。
地形をざっくり言うと、北は平地で南は高地。
勿論銀山や持参金にする金山、ダイヤモンド鉱山があるのも全て南の高地の中。その他高地では主に酪農が盛んであり、毎年美味しいチーズやバターが献上されて来ていた。
北の平地では葡萄・リンゴといった果樹や小麦の栽培がなされ、近年そこに養蜂業も加わる事になるだろう。
また領都はかなり栄えている。というのも、東西南北を繋ぐ交通の要衝となっており、銀山に関わる物や人の流れ、それを当て込んだ商売人等が集まっているからだ。非常に恵まれた土地であると言えよう。
ただ難点は――トラス王国の南方の港、ジュリヴァへ行くのが多少不便な事。
山越えしていくか東の方に流れるシャンブリル川まで迂回するしかない。
平地を馬車で行く方が楽だから、大抵の人は高地の端を迂回するように移動すると聞く。そりゃそうだ。山越えは私だって遠慮したい。
極端にキャンディ伯爵領やルフナー子爵領から離れた領地は除外する。どの道平地ばかりで鉱山資源は無かった土地だったし。
すると残ったのはいずれもキャンディ伯爵領に接する領地が三つ。
一つ目はうちの領地から見て西側に接する、西が海に面していて小さな港を持つ細長い領地。
二つ目は東南に接する南に小さな港も付いて来る領地。
三つめは北に接する王都と繋がる平地。
グレイが北の海に繰り出して商売をしたいというのであれば一つ目が良いし、このまま異国との商売中心でやるならば二つ目が良い。
三つめは現在王領だそうだけど、リプトン伯爵領とも接していて何かと便利そうではある。
ちなみに私個人の希望は二つ目だ。見つけた鉱物資源も多かったし、何よりキャンディ伯爵領とナヴィガポールの間にある領地。
ナヴィガポールは元々グレイの親戚パント伯爵領だったそうで、結婚に失敗して出戻ったグレイの母方の祖母が与えられてルフナー子爵家を興し独立したのだと聞いた。
出来ればナヴィガポールまで続く領地が欲しい。パント伯爵と交渉して貰えれば嬉しいのだけれど。
ふとガリア王国の温泉を思い出す。
トラス王国にも温泉があればなぁ、と少し魔が差して温泉が無いか透視した時。
――なん、だと!?
「あった……」
というか、キャンディ伯爵領の高地の中に休火山が存在していた。
そう言えば、日本で金銀が採れるのは火山国だからだったっけ。
しかも、うちだけじゃなく有力候補地にした二つ目の領地にも温泉があるんだけど!
今更ながらの事を思いながら、私は降って湧いた温泉にテンションが上がる。
嬉しさの余り部屋中を飛び跳ねてサバトの如く踊り狂った――サリーナがやってきて正気を疑われるまで。
***
「という事なの。私の希望は南の小さな港とナヴィガポールね。それと温泉! 持参金に欲しい!」
サリーナのチベスナのような目に言い訳を繰り返しながらやってきた父サイモンの執務室。
絞り込んだ領地とその資源等も全て伝えた上で、私は父とグレイを前にそう主張した。
日本人にとって、温泉は全てを凌駕するのである。
ちなみに温泉は持参金にして、温泉リゾート計画と洒落込む所存である。温泉に覚醒して成分も透視したところ、キャンディ伯爵領のは素晴らしきラドン温泉。ホルミシス効果万歳。そして候補領地のそれは炭酸水素塩泉、美肌の湯。冷え改善に効く事だろう。
「温泉……熱い湧き水か。何故そんなに喜ぶのか分からんが、お前が見つけたものだしまあよかろう」
そもそも、トラス王国では温泉……というか入浴の習慣は余りポピュラーでなかった。
我が家は私を筆頭に比較的入浴する方だが、それでも私程の長風呂はしない。
父サイモンは首を傾げながらもあっさりと私に温泉をくれた。やったね!
いずれ湯布院の如きリゾートにしてみせよう! 鉱夫だって温泉の良さを知るに違いない。
「だけどこの西の港も捨て難い……」
「この銀山も…惜しい」
父とグレイは惜しんでかなりの時間悩んでいたけれど、結局は私と同じ結論になった。
父が惜しんだ銀山も一代で掘り尽くすような極小規模なものだったし、北や西の諸国との貿易にしろ開拓されきっていてあまり旨味が無かったからだ。
パント伯爵を交えた協議の末――グレイは無事にナヴィガポール含む我がキャンディ伯爵領へ続く地を拝領する事となった。
挙式後に独立する形でダージリン伯爵と名を改めて立ち。そして義兄アールがダージリン伯爵家の寄子としてルフナー子爵位とナヴィガポールを継ぐ事に決まった。陞爵ではなく新たに叙爵という形になったのだった。
***
そうこうしている内に、気が付けば月が替わっていた。
命を狙われる危険性は大分減ったけれど、グレイ達はそのまま我が家に滞在している。グレイが伯爵になるにあたり、屋敷も新たに構えなければならなくなった。ルフナー子爵家の屋敷は義兄アールのものになる。
私やグレイの希望と父の考えで、私達の屋敷はキャンディ伯爵家に隣接する土地に建てる事になった。
実質、我が家を増築するようなものである。
それが決まってグレイは明らかにホッとしている様子だった。
少し気になって精神感応で探ると、一番は馬の脚共つまり私の朝の乗馬に関しての安堵。二番は警備面。
いや、そっちが最初に来るんかい! そりゃあ最高機密ではあるけれども。
思い出しながら内心ツッコミを入れていると。
「マリー、どうかしら?」
アナベラ姉がやってきて、面白い袖のドレスを披露してきた。
肘から下部分がスリットのある長い薄絹になっている。
「まあ、変わったドレスね」
トラス王国では見ない形である。そう言うと、「イドゥリース様のお国ではこのような作りをしているそうよ」とアナベラ姉。
「ええっ、アヤスラニ帝国風のドレスって事?」
「そう言う事になるわね、うふふ。最近、イドゥリース様とスレイマン様は兄様達や私達と社交界に出掛けたりしているでしょう?」
「そうね。異国的で趣深いと方々から招待されていたのよね」
私は同意して頷いた。
そう、彼らの容姿が物珍しかったらしく、あちこちからお呼びが掛かっていたのは知っている。
言葉の事や我が家が後見しているという理由から、グレイ、アナベラ姉、母、兄達二人のどちらかと一緒に出掛けているのを何度か見た記憶がある。
「そうよ。それでね、社交界ではアヤスラニ帝国風の服が流行し始めているの。洒落者の殿方はそれっぽく頭や腰に帯を巻いたりしているわ」
そこでアナベラ姉は女性の衣装について彼らに訊いてみたらしい。幾つか絵を描いて貰ってそれでこのドレスを作らせてみたとの事。
「そんな袖だったらダンスの時にひらひらと動いてきっと綺麗に見えるでしょうね」
「うふふ、マリーもそう思う?」
そこへ、義兄アールとグレイ、イドゥリースとスレイマンがやってきた。
「君は何を着ても良く似合う。今は異国に捕らわれの姫君のようだ。綺麗だよ、アナ」
「今度この衣装で夜会に出ようと考えているの。貴方もちゃんと対になる衣装を着てね」
「勿論さ。ところでマリー、ごきげんよう。マリーもグレイにドレスを作って貰うと良いですよ」
「アールお義兄様もごきげん宜しいみたいね。あまり着る事は無いかも知れないけれど、機会があれば作って貰おうかしら」
相変わらずアナベラ姉にベタ惚れの義兄だと内心苦笑いしながら私は頷いた。
早速新しいドレスでダンスの練習に、とアナベラ姉達が行ってしまうと、私はグレイ達に顔を向ける。
「仲良きことは美しきかな。だけど、すっかり当てられちゃったわ」
首を竦めて言うと、グレイもちろりと舌を出して同じ仕草をした。
「僕もだよ」
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