貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(110)

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 何となく足が向いた先は、夏にマリーと睡蓮を眺めた池だった。
 そこに人影を見つけて思わず立ち止まる。相手もこちらを見て少し驚いたように目を瞠った。

 「これは、グレイ様。おはようございます」

 「サリーナ、おはよう。それは? こんな所で何をしているの?」

 そう、その人影はマリーの侍女のサリーナだった。厚手のコートを着ており、手には大きな籠、足元には口が閉じられた麻袋。

 こんな朝早くに一人、何をしているのだろう。

 疑問に思った僕の問いに、サリーナは侍女の礼を取った。

 「マリー様が朝の習慣を終えられてこちらに来られるのをお待ちしているのですわ。寒うございますので、この籠に色々と準備を、そしてこの袋には鳥達の餌である残飯が入っております」

 「ちょっと開けてみても?」

 「はい」

 袋の口を紐解いてみると、確かに中には野菜くずやパンくずが沢山入っていた。池からガアガアと水鳥の鳴き声が聞こえて来る。成る程。

 「朝の習慣という事は、サリーナは毎朝ここに?」

 「ええ、マリー様が御病気でない限りは――」

 と、その時だった。

 複数人の走る規則的な足音が聞こえ、僕は咄嗟にそちらを振り向いて警戒する。

 現れて目に入ったのは白――それは予期していた曲者等ではなかった。

 しかし、思考を停止させるには十分な程衝撃的な光景を目にしてしまい――僕はぽかんと馬鹿者のように口を開けてしまっていた。

 「……マリー?」

 現れたのはマリーだった。それも、やけに豪華で奇妙な作り物の天馬に跨った。
 僕達はお互い見つめ合ったまま凍り付いていた。
 僕が固まっているのと同じく、彼女も動かないで目を見開いたまま口をパクパクさせている。

 ――もしかして、これは幻影なのだろうか。

 そう思った僕は、マリーを見、そしてその下にあるモノを見た。

 またマリーを見る。確かに彼女で幻とかじゃない。

 続いてその下を見る――よくよく見ると、以前メイソンにぶつけたような作り物の馬を白くして飾りを描いたような造り。まるでお祭りに使うような派手さだ。

 またマリーを見る。それを数度繰り返してだんだん衝撃から立ち直って来た僕。それはマリーもなのか、おはようの挨拶をしてきた。

 早いのね、という彼女に徹夜明けの意識がすっかり冴えわたってしまっている。
 マリーは何故早朝から作り物の馬に乗っているのだろう。彼女の馬は?

 何か事情でもあるのだろうか。

 そんな事を考えながら返事をし、その作り物の馬について探りを入れてみる事にした。

 お祭りみたいで凄いね、と言ってみる。もしかしたら、聖女に関する催し物で使う物かも知れないし。

 僕の言葉に、マリーはあからさまに挙動不審になった。メリー様が聖女ごっこをしたいから作らせて、その試験走行をしているのだと言う。

 ――おかしい。いや、待てよ。

 聖女ごっこであのような物を使うのだろうか? 天馬は伝説の存在だし、ごっこなら聖女の衣装に似た物を作らせるのが自然。
それにさっき、サリーナは『朝の習慣』と言った。毎朝ここでマリーを待っているとも。

 という事は、マリーは日常的にアレに乗っている事になる。

 ――嘘を吐かれている。

 僕は不愉快に思い、引き攣った笑みを浮かべる彼女を咎めるように見つめた。夫である僕にも言えない事なのだろうか。

 先程感じた矛盾点とサリーナの言った事に触れて問い詰めると、サリーナがしまったとでも言うようにあっと声を上げた。マリーは俯き、悔しそうに唇を噛み締めている。

 と、作り物の馬から聞き覚えのある声がした。

 「マリー様、そう案じられますな」

 「その通り、この事がバレたとて、もうグレイ様は夫となられた以上――マリー様から逃げる事などあり得ませぬ」

 ――に、逃げる!?

 何やら不穏な内容の言葉に僕は怯んだ。
 作り物の馬の中にいる人が腰を落とし、マリーはサイモン様が浮かべるような悪い笑みを浮かべながら馬を下りる。
 作り物の馬が動いて、中の人も出て来る。果たせるかな、前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。
 彼らはサリーナが取り出した布や服を受け取ると、屋敷の方へと駆けて行った。

 ――あっ!!

 この瞬間、僕は唐突に理解した。

 彼らの二つ名である、前脚と後ろ脚の意味を。そうか、そう言う事だったのか!

 不思議に思っていた謎が解けて、一人合点していると。

 「貴方の推測した通りよ。この事はキャンディ伯爵家の最高機密だったのだけれど――こうして知られてしまったからには仕方が無いわ。この事も含めて私を受け入れてくれない限り、無事にルフナー家に逃げ帰れるとは思わないで!」

 ビシリ、と僕に指先を突き付けてそう宣言するマリー。

 何だって――キャンディ伯爵家の最高機密!?

 僕は仰天して作り物の天馬に顔を向けた。


***


 人が変わったように物語の中の悪女の如き高笑いしながら鳥達に餌をばら撒くマリー。
 彼女曰く、鬱憤晴らしだそうだけど。新たに知ってしまった彼女の一面に、僕は第二王子派の刺客に狙われるまでもなく笑い死にそうになっていた。

 ひきつけを起こしそうな僕に、マリーは「笑いたければ笑えばいいでしょう?」と頬を膨らませている。開き直ったその様子に一層笑いが止まらない。

 キャンディ伯爵家の最高機密だと聞いた時は驚いたけど、確かにある意味そうかも知れない。
 今思い返せば、時折見られたサイモン様達のおかしな態度も納得が行く。必死に隠し通そうとしていたのだろう。

 前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンは良い鍛錬になると眩しい笑顔を見せていた。面白い事に彼らはリディクトと張り合っていたらしい。
 その話を聞いたマリーは衝撃を受けたような表情をしている。

 笑い過ぎて胃の中のものが出てきそうな程苦しい……本当に今日が命日になるかも。

 やっと笑いの発作が落ち着いてきた頃、マリーはルフナー子爵家でもこの乗馬と鳥の餌やりの習慣を続けたいともじもじと口にした。

 「あ」

 ――は、嵌められた!?

 つまりはサイモン様が隠し通して来た事を僕も背負う事になる訳で。
 それまで「サイモン様も大変だなぁ」と他人事のように思っていたのが、僕自身も当事者になった事に気付かされた――気付いてしまった。
 愕然として前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンを見る。

 以前雇って欲しいって僕に申し出て来たのは、そもそもこの事を織り込み済みで……?

 僕の視線を受けて彼らは眩しい笑顔で親指を立て、それを見て僕は悟った。

 キャンディ伯爵家の最高機密は、この瞬間を以ってルフナー子爵家の最高機密ともなってしまったのだ、と。
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