貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(109)

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 マリーがリディクトと触れ合って満足した後喫茶室に戻ると、イドゥリースの膝の上にメリー様が笑顔でちょこんと座っていた。
 マリーが慌てて謝罪をし、メリー様を叱る。

 イドゥリースは気にした様子もなく、大丈夫だと取り成した。同じ年頃の妹が国にいるのだと。スレイマンの通訳で、アヤスラニ帝国の話を聞かせていたらしい。
 スレイマンの後ろからひょっこりと顔を出したイサーク様が、メリー様が『千夜一夜物語』が好きで、本物の異国人の王子様であるイドゥリースの事を気に入ったのだと言う。
 僕もその本を読んだ事がある。というか、あの本を翻訳してこの国に持ち込んだのは他ならぬうちの商会だった。
 確かにアヤスラニ帝国人の容姿なら、多少なりとも砂漠の方の血も入ってることだろうし、メリー様の気持ちも良く分かった。夢の世界の住人が、目の前に現れたような気持ちなのだろう。

 そんな一幕があり、やがてサイモン様がティヴィーナ様を伴って喫茶室に入って来た。
 改めて僕達の事の説明がなされる。サイモン様が我が家であった事に触れて話し、僕に目配せをする。話しても問題ないという事なのだろう。改めてマリーに僕達がキャンディ伯爵家に滞在する経緯について詳しい話をしたのだった。


 話が終わった後、ナヴィガポールからの荷物が届いたと連絡があった。
 僕達の分は我が家に届いたのをそのままこちらへ差し向けてくれたらしい。
 荷物を持って来てくれたのはジャン・バティスト、留守の間差配してくれていた僕の補佐だった。他商会の者数名。
 マリーにシルヴィオ殿下とサングマ教皇猊下への手紙を託されたので、彼に手配を頼んでおく。

 「かしこまりました。ここだけの話、グレイ様が戻って来て下さって本当に良かったです。閣下の御前では緊張しっぱなしでしたから」

 冗談交じりに引き抜きの話もされたらしい。サイモン様、困ります。

 ジャン達の助けを借りながら荷物を改めて行く。幸い紛失したものや壊れたものは無かったようだ。特に星読みの機器は繊細なもののようで、イドゥリースはそれらが無事である事に明らかな安堵の表情を浮かべていた。

 衣服等は伯爵家の侍女達に洗濯を頼んでおく。思えばキャンディ伯爵家に泊るのは初めてだ。

 その日の夕食の席では、僕達を交えての旅の話で賑やかに盛り上がった。

 いつか――今度はキャンディ伯爵家の方々も一緒に、ナヴィガポールへお招きしたい。そして、マリーの考えたオコノミを一緒に食べる事が出来たら、と思う。



***



 次の日、僕とマリーがサイモン様の執務室へ呼ばれて行くと。

 「聖女マリアージュ様及び、名誉枢機卿であらせられるグレイ様にお目通り叶いまして、光栄の至りに御座います!」

 カーフィ・モカが潰れたヒキガエルのように床に這いつくばっていた。

 僕は窓の外を見る。

 ――ああ、今日も良い天気だ。

 そう言えばすっかり忘れていたな、と暫し現実逃避をする。
 サイモン様の声ですぐに現実に引き戻されたけど。

 カーフィは僕達が聖地に行っている間、めでたくフレールと結婚したらしい。本当にフレールを愛しているようだからある意味奇特な人だと思う。
 今はキャンディ伯爵家の支援で領地を治めているそうだけど……少なくともこの明らかな力関係を見るに、サイモン様は言葉は悪いけどカーフィをすっかり飼い慣らしてしまったようだ。こうなるまでの過程はあまり想像したくないし、怖くて訊けない。

 サイモン様は、マリーにカーフィが信頼出来るかどうか聖女の力で判定して貰いたいようだった。
 精神感応を使ったのだろう、カーフィをじっと見つめていたマリーは信頼出来ると思うと口にする。

 更に精神感応で言葉を伝えたのだろう、カーフィが突然何かに驚いたようにきょろきょろと周囲を窺う。やがて、呆然とマリーに焦点を定めると、まさかと呟いた。

 「ええ。先程、私は聖女が持つ神の力で貴方の真意を探りました。そして、貴方が信頼出来るであろうという判断を下したのです」

 カーフィの忠義は神の下に真実であると認められたのだと厳かに言うマリー。カーフィは恐れをなして平伏し、更なる忠誠を誓っている。
 精神感応という奇跡を初めて受けたらこうもなるだろう。無理もない。

 そんなカーフィにサイモン様が何よりだと声をかけ、早速やって貰いたい事があると切り出した。
 「何で御座いましょう」と怯えながら問い返すカーフィに、サイモン様は聖女帰還の祝宴前日までに王都中の劇団をかき集めてある短い劇をさせるようにと命じている。

 「噂を流している馬鹿共に対する意趣返しよ」

 サイモン様は相当鬱憤が溜まっているのだろうなと感じる。
 気になってカーフィから台本を借りてページを捲ると、初代聖女の物語を借りた、王子達を批判する危険な内容だった。登場人物の髪と目の色を実際の王子殿下達や僕達に合わせているあたり、かなり露骨で攻撃的だ。

 「ああ、いっそ直接兵でも送って来るなら遠慮なく戦で叩きのめしてやるものを、虻の如くブンブンチクチクと忌々しい!」

 恐らく宮廷で方々の欲の皮が突っ張った貴族達からあれこれ突かれているのだろうけれど、だからと言って流石にこれは……。

 徒に敵を増やす事になるのでは、と言ってみると、カーフィも同意して首振り人形のように頷いている。内容が内容なので、カーフィも保身に必死だ。

 マリーが読みたいと言って来たので台本を渡すと眉根をやや顰めて唸っている。
 しかしサイモン様は勝算はあると言われた。

 「馬鹿共は気付いていないだろうが、このサイモン一人を敵に回す訳では無いぞ。
 マリーが聖女となっても所詮は伯爵令嬢に過ぎぬと侮り、政争の具にせんと権力をかさに圧力を掛けて来ている――カーフィよ、これがどういう事か分かるか?」

 聖女は教会の事実上の頂点であり、ちょっかいを出そうとしている貴族達は教会勢力全てを敵に回そうとしている、と続けるサイモン様。
 カーフィは思わずと言った様子でマリーを見上げた。

 これはやる気だな、と思う。全面戦争も辞さない構えだ。

 サイモン様は一番稼ぎの良かった劇団には祝宴に招いて演じさせようと言う。トラス王陛下の許可も既に得ているのだと。

 そこまで話が進んでいるのなら、もう僕は覚悟するしかない。マリーも乗り気になってしまっている。

 かつて敵だった筈のカーフィも今や運命を共にする仲――同情心が湧いた僕は、ジャン宛ての手紙を書いた。事情を話し、それとなくカーフィの仕事を助けて欲しいという内容のもの。

 ――結局、一睡も出来なかった。

 気が付けば東の空が白み、鳥の声が聞こえて来ていた。
 慣れない寝具だった事、そしてそれ以上に王子殿下二人――ひいては王族に喧嘩を売る内容の劇や、その事によって引き起こされるであろう事を想像するだに気になって気になって。

 頭がぼんやりしている。冷たい冬の朝だから、外を散歩すれば少しはすっきりするだろうか。
 この屋敷の敷地内は基本安全だとサイモン様に聞いていたし。

 そんな事を考えた僕は着替えると、庭へ出て何処いずことも無く歩き出した。
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