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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(106)
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マリーが前世の事を話すと、メリー様がどんなところだったのか知りたいと言い出した。
何から話せば良いのかと悩むマリー。『飛行機』を見せたらどうかと提案したのは僕だけど――まさか聖女の能力を使って幻影を見せる事が出来たなんて。
実際に見たマリーの前世の世界というものは物凄かった。
飛行機は、本当に雲の上遥か高くに飛ぶ乗り物だった。それに乗って、外国に数刻から数日で行けるというのも頷ける。あの気球すら、遅れた技術に見えてしまった。
時計塔ですら低く感じる遥かに高い塔から見下ろす王都よりも遥かに巨大な街。
不思議な素材で敷かれた道を高速で移動する物凄い鉄の乗り物群。これが話してくれた『自動車』や『新幹線』というものらしい。たまげた。
他にも驚異的な物は沢山あった。動く奇妙な人形、光って文字や風景が映る板、丸くて地を這う虫のように動き回って掃除する道具の数々。
僕は不覚にも、その世界の凄まじさに魅せられてしまった。『自動車』とかは無理でも、何かこの世界でも再現できるものがあれば良いのに。
商人として、王宮のような大きな建物に数多くの店が所狭しと並んでいる場所には感銘を受けた。バザールの時のような雑然とした感じではなく、高級商店街のように整然としている。
ああ、ここ一つで大概の物が買えるんだと理解する。それだけではなく、買い物に疲れた時に休める場所や食堂もある。
――キーマン商会もいつかこういう商売をしてみても良いかもしれないな。
一人、夢想に耽っていると、不意に地図がテーブルの上に広げられた。
サイモン様がキャンディ伯爵領の銀山で銀があとどれぐらい採れるのかを知りたいとマリーに言う。
マリーと同じく僕も採掘量が危ないのかと思ったけれど、ただ単に把握したかっただけらしい。
彼女は暫く地図とにらめっこした後、あっさりと答えた。
――もしかして、銀だけじゃなく鉱物資源の在処も探し当てる事が出来るのでは。
そう思った瞬間だった。マリーが金が採れる山を見つけたと叫ぶ。
「金!」
僕も思わず声を上げた。まさか本当にそんな事が出来るなんて!
喜ぶサイモン様達。興奮しながらも脳裏のどこかで「マリーの力が知られたら大変な事になる」と冷静な声がする。
マリーの祖父のジャルダン様もそう思われたようで、浮足立つサイモン様達に忠告をされていた。
マリー自身は教会が後ろ盾にあるからだと楽観視しているきらいがあるけれど、僕自身はジャルダン様の言葉に大いに頷く。
湧き上がる莫大な富やそれを生む事の出来る聖女の力はやっかいな人々の欲望と悪意を引き寄せるものだから。
そして、その懸念は早くも現実となる。
その日、帰宅した後暫く――鶏蛇竜のカールから、屋敷の護衛に負傷者が出たとの報告があったのだった。
***
次の日、僕はマリーと共にラベンダー修道院を訪ねるべく再びキャンディ伯爵家に来ていた。
マリーとの約束の時間よりも早く来て、サイモン様の執務室を訪れる。
実は夕べの報告の後すぐ、カールからの勧めで相談したい旨があるとの使いを出していたのだ。
「それで、ルフナー子爵家周辺で不穏な動きがあったとか?」
「はいー、第二王子派の貴族なんでしょうけどー、怪しい者達が集団でこちらを襲撃しようとしてたらしいんですよねー。人海戦術で一気呵成に攻め入って、グレイ様を亡き者にしようとしてたって吐きましたー」
幸い気付いて逆に仕掛けたんですけどー、数が多すぎて思ったより手古摺ったみたいでー。
サイモン様は「噂も含め、予想はしていたが……」と眉を顰めて舌打ちをする。
カールにしても、普段の軽薄な感じのそれが鳴りを潜めて珍しく深刻な様子。夕べもそうで、これは只事じゃないと僕は直感的に感じていた。
「お前が連れて行った者達はいずれもそれなりの腕を持っている。それに傷を負わせるとなると、相手側も必死に手練れをかき集めたと言う事だな」
「そうなんですよー。ちょっと苦しいかも知れませんねー。そこで旦那様にご提案なのですがー、いっそ、グレイ様をこちらに住まわせては如何でしょうかと思うんですよー」
今後襲撃が苛烈になればルフナー子爵家の方々も危険ですしねー。なら、いっそ一番狙われるグレイ様をこちらに置いたらどうかとー。
そうすればサイモン様が貸して下さった護衛達でもうちを守りやすくなるとカールは言った。
僕が居ると相手は殺すつもりでやってくるが、居なければ人質を取ろうと考えて無茶な襲撃はしないだろうと。
「襲撃が昨日で粗方片付けたとすれば、向こうも再度戦力を整えるのに時間がかかるだろう。となれば、今晩はやり過せるか。
グレイ、本日マリーと教会に行った後、帰ったその足で準備を整えて明日我が家に来るが良い。
ルフナー家の件に関しては――すぐにでもカールに増援を連れて行かせる。負傷した者は戻らせるように」
「かしこまりましたー」
教会へ行っている間は、前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンが居るから大丈夫だろうとの事だった。
帰りは迎えに来てくれるらしい。
これなら家族の命も守られるだろう――僕は安堵して、片膝をついて感謝の礼を取った。
「ご厚意に甘えます。ご配慮に心より感謝致します、サイモン様」
何から話せば良いのかと悩むマリー。『飛行機』を見せたらどうかと提案したのは僕だけど――まさか聖女の能力を使って幻影を見せる事が出来たなんて。
実際に見たマリーの前世の世界というものは物凄かった。
飛行機は、本当に雲の上遥か高くに飛ぶ乗り物だった。それに乗って、外国に数刻から数日で行けるというのも頷ける。あの気球すら、遅れた技術に見えてしまった。
時計塔ですら低く感じる遥かに高い塔から見下ろす王都よりも遥かに巨大な街。
不思議な素材で敷かれた道を高速で移動する物凄い鉄の乗り物群。これが話してくれた『自動車』や『新幹線』というものらしい。たまげた。
他にも驚異的な物は沢山あった。動く奇妙な人形、光って文字や風景が映る板、丸くて地を這う虫のように動き回って掃除する道具の数々。
僕は不覚にも、その世界の凄まじさに魅せられてしまった。『自動車』とかは無理でも、何かこの世界でも再現できるものがあれば良いのに。
商人として、王宮のような大きな建物に数多くの店が所狭しと並んでいる場所には感銘を受けた。バザールの時のような雑然とした感じではなく、高級商店街のように整然としている。
ああ、ここ一つで大概の物が買えるんだと理解する。それだけではなく、買い物に疲れた時に休める場所や食堂もある。
――キーマン商会もいつかこういう商売をしてみても良いかもしれないな。
一人、夢想に耽っていると、不意に地図がテーブルの上に広げられた。
サイモン様がキャンディ伯爵領の銀山で銀があとどれぐらい採れるのかを知りたいとマリーに言う。
マリーと同じく僕も採掘量が危ないのかと思ったけれど、ただ単に把握したかっただけらしい。
彼女は暫く地図とにらめっこした後、あっさりと答えた。
――もしかして、銀だけじゃなく鉱物資源の在処も探し当てる事が出来るのでは。
そう思った瞬間だった。マリーが金が採れる山を見つけたと叫ぶ。
「金!」
僕も思わず声を上げた。まさか本当にそんな事が出来るなんて!
喜ぶサイモン様達。興奮しながらも脳裏のどこかで「マリーの力が知られたら大変な事になる」と冷静な声がする。
マリーの祖父のジャルダン様もそう思われたようで、浮足立つサイモン様達に忠告をされていた。
マリー自身は教会が後ろ盾にあるからだと楽観視しているきらいがあるけれど、僕自身はジャルダン様の言葉に大いに頷く。
湧き上がる莫大な富やそれを生む事の出来る聖女の力はやっかいな人々の欲望と悪意を引き寄せるものだから。
そして、その懸念は早くも現実となる。
その日、帰宅した後暫く――鶏蛇竜のカールから、屋敷の護衛に負傷者が出たとの報告があったのだった。
***
次の日、僕はマリーと共にラベンダー修道院を訪ねるべく再びキャンディ伯爵家に来ていた。
マリーとの約束の時間よりも早く来て、サイモン様の執務室を訪れる。
実は夕べの報告の後すぐ、カールからの勧めで相談したい旨があるとの使いを出していたのだ。
「それで、ルフナー子爵家周辺で不穏な動きがあったとか?」
「はいー、第二王子派の貴族なんでしょうけどー、怪しい者達が集団でこちらを襲撃しようとしてたらしいんですよねー。人海戦術で一気呵成に攻め入って、グレイ様を亡き者にしようとしてたって吐きましたー」
幸い気付いて逆に仕掛けたんですけどー、数が多すぎて思ったより手古摺ったみたいでー。
サイモン様は「噂も含め、予想はしていたが……」と眉を顰めて舌打ちをする。
カールにしても、普段の軽薄な感じのそれが鳴りを潜めて珍しく深刻な様子。夕べもそうで、これは只事じゃないと僕は直感的に感じていた。
「お前が連れて行った者達はいずれもそれなりの腕を持っている。それに傷を負わせるとなると、相手側も必死に手練れをかき集めたと言う事だな」
「そうなんですよー。ちょっと苦しいかも知れませんねー。そこで旦那様にご提案なのですがー、いっそ、グレイ様をこちらに住まわせては如何でしょうかと思うんですよー」
今後襲撃が苛烈になればルフナー子爵家の方々も危険ですしねー。なら、いっそ一番狙われるグレイ様をこちらに置いたらどうかとー。
そうすればサイモン様が貸して下さった護衛達でもうちを守りやすくなるとカールは言った。
僕が居ると相手は殺すつもりでやってくるが、居なければ人質を取ろうと考えて無茶な襲撃はしないだろうと。
「襲撃が昨日で粗方片付けたとすれば、向こうも再度戦力を整えるのに時間がかかるだろう。となれば、今晩はやり過せるか。
グレイ、本日マリーと教会に行った後、帰ったその足で準備を整えて明日我が家に来るが良い。
ルフナー家の件に関しては――すぐにでもカールに増援を連れて行かせる。負傷した者は戻らせるように」
「かしこまりましたー」
教会へ行っている間は、前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンが居るから大丈夫だろうとの事だった。
帰りは迎えに来てくれるらしい。
これなら家族の命も守られるだろう――僕は安堵して、片膝をついて感謝の礼を取った。
「ご厚意に甘えます。ご配慮に心より感謝致します、サイモン様」
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