貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(102)

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 サイモン様はマリーやカレル様の無事を喜び、続いて前脚のヨハンや後ろ脚のシュテファン、サリーナ、鶏蛇竜コカトリスのカール達をねぎらう。
 カレル様もサイモン様の顔を見てホッとしたのか、肩の荷が下りたと大きな息を吐いている。
 サイモン様はここからは任せておけと頼もしい言葉を下さった。

 と――サイモン様の視線がこちらに向けられた。
 マリーと同じ蜜色の瞳が獲物を狙う猛獣のように細められる。

 「それから、グレイ。いや、グレイ枢機卿猊下と呼ぶべきか?」

 僕は慌てて首を横に振った。サイモン様に畏まられるなんてそんな恐ろしい事冗談じゃない!
 それに僕は聖女の夫だからというだけで名誉枢機卿を貰ったようなもの。いわば、マリーのおこぼれに預かったんだ。
 どうかこれまで通り、と懇願する僕に、「そんな意地悪を申されますな」とサリューン枢機卿猊下の笑い声。
 サイモン様は猊下の方を向いて挨拶する事に切り替える。
 矛先が僕から外れて内心ホッとしていると、サイモン様が先程僕に言ったのと同じような事をサリューン枢機卿猊下に言われて困惑していた。聖女様の父君だから畏まらないで欲しい、と。

 傍に居たエヴァン修道士が呆れたように窘める。そりゃそうだ、名ばかりの僕とは違うのだから。
 僕もそう言うと、サリューン枢機卿猊下はこれは一本取られましたね、とちろりと舌を出す。僕達は顔を見合わせ、自然に笑い合った。
 サイモン様は肩を竦める。

 「やれやれ。まあとにかくご無事にお帰りになられて何よりでございました。娘も大変お世話になったようで、御礼申し上げます。
 そちらのファリエロ殿を始め、船乗りの方々にも娘を守って航海して下さった事に感謝を。
 ところで、貴殿達が件の亡命希望のアヤスラニ帝国のお方か」

 サイモン様の視線がイドゥリース達に向けられた。

 「あっ、そうでした。紹介します、サイモン様。こちらがイドゥリース皇子殿下、そしてこちらがスレイマンと言います」

 僕は慌てて紹介する。サイモン様が頷いて名乗ると、イドゥリースとスレイマンは船で練習していた通りにトラス王国語でめいめい名乗った。

 「ふむ……貴殿達のこの国における身分はこのサイモン・キャンディが保証しよう」

 「アリガトウゴザイマス、ヨロシクオネガイシマス」

 「何、こちらとしてもよろしく頼みますぞ。そして、その子がマリーが保護したと言う神聖アレマニア帝国の子供か」

 「ええ、そうよダディ

 マリーが答えると、サイモン様は少し身を屈めた。

 「『私はこれの父親、サイモン・キャンディという』」

 「『ヴェスカルです! 聖地で聖女様に助けて頂きました! 将来聖女様のお役に立てるように頑張ります!』」

 「『良い子だ。私も力になろう』」

 「『ありがとうございます!』」

 サイモン様の流暢なアレマニア語にはきはきと答えていくヴェスカル。彼はお眼鏡にかなったようだった。サイモン様はヴェスカルの頭を撫でて満足そうに頷いて立ち上がり、「では、そろそろ……」と皆を促す。

 時は金なり。王子殿下達に気付かれないように出発しなければならない。
 朝靄の町の中を僕達は領主館の方へと上って行った。

 「皆様、道中御無事で何よりでございました」

 領主館ではレイモンを始め、皆が出迎えてくれていた。

 ……レイモン、結構やつれているな。

 その顔にははっきりと疲労が浮かんでいる。彼には大変な苦労を強いてしまった。

 「ナヴィガポールでは皆様に大変お世話になりました。こちらの都合で急な事にも関わらず、わざわざ朝早くからお見送りしてくださって感謝いたしますわ」

 マリーがサイモン様の腕から降りて綺麗な所作で礼を取る。僕も彼女の横に立った。

 「レイモン、ありがとう。それと、色々苦労を掛けて申し訳ない。皆も王子殿下達の事で大変だっただろう」

 僕のねぎらいの言葉に、レイモンの目が今にも雨が降り出しそうな曇り空の如く濁った。

 「はぁ……早く帰って頂きたいというのが正直な所です」

 リノやジュデット達の目もどんよりとして頷いている。貴人を持て成す事で相当気を張っているのだろう。
 サイモン様も流石に気の毒に思ったのか、申し訳なさそうに後四日だけ我慢して欲しいと言う。
 終わりが見えただけでもレイモン達には朗報だったようで、安堵の表情で「かしこまりました」と頷いていた。

 ファリエロがリノやイルディオの所へ行き、見送る側に回る。
 別れを惜しむ言葉を背に、僕達は馬車に乗り込んだ。


***


 「……あの、サイモン様」

 「何だ」

 「マリー、大丈夫なんでしょうか?」

 「ああ、疲れはしても死にはすまい。殿下達に追いつかれぬよう、また刺客等を寄越す時間も出来ぬよう、最大限の速さで王都へ向かう事が優先だ」

 「二日毎に宿に泊まるから手加減されているし、サリーナもいる。大丈夫だと思うぞ」

 馬車は昼も夜も無くひた走っていた。
 僕の問いかけに身も蓋もない返答をするサイモン様とカレル様。

 ……まあ確かにそうなんだろうけど。

 ナヴィガポールを出発してからというもの、宿泊は二日置き。それ以外馬車は基本昼夜問わず走り通しだった。
 サイモン様は来る時に道筋にある町や宿場で替え馬等の手配を済ませていたらしい。
 僕は結構ナヴィガポールへ急行する事も多いから慣れてる方だけど……。マリーの顔色がだんだん悪くなっているのが気がかりだった。

 案の定、キャンディ伯爵家に辿り着いた時、

 「ああ、懐かしき我が家が見える」

 とうとう、帰って来たのね……等と、今にも倒れそうな震え声と虚ろな目をしていた。
 僕も流石に疲れていたけど、他人以上に疲労を見せているマリーの様子が気が気じゃない。

 「マリーお姉ちゃま、お帰りなさい!」

 「会いたかったわ、お姉ちゃま!」

 僕達を出迎えてくれていたのは、イサーク様とメリー様を筆頭にキャンディ伯爵家の方々。
 そして父ブルックと母レピーシェ、祖父エディアール、祖母パレディーテ、そして兄のアール。家族全員の姿が揃っていた。
 マリーが僕のエスコートでよろけながらも馬車を降り、皆の出迎えの言葉を聞く。

 「た、ただいま……もう駄目、キング、オブ…深夜、馬車……エグい」

 「わわっ!?」

 そこが限界だったのか、マリーの身体は崩れ落ちるように力を失った。慌てて支える僕。

 「きゃあああ、マリーちゃん!?」

 「案ずるな、ティヴィーナ。疲れているだけだ」

 前脚のヨハンが「私が運びます」と彼女を引き取って抱き上げ、サリーナと共にその場を辞して行った。
 僕はちらりと視線を動かす。

 「……サイモン様?」

 「少しやり過ぎたか。我が娘ながら体力の無い」

 腕組をしてマリーの消えた方向を見詰めるサイモン様。

 と。そこへ、

 「まあ……何をやり過ぎたのかしら。ゆっくりお話しを聞かせて頂きたいわぁ、貴方……」

 冬以上に冷たい冷気が舞い降りた。サイモン様はぴきりと固まり、引き攣った笑顔を浮かべる。

 「あ、ああ、ティヴィーナ。君恋しさに急いで戻って来たのだ。だが、残念な事に私は今から王宮へ行かねばならなくてな……」

 しどろもどろになるサイモン様。ティヴィーナ様の目が三日月のように細められる。

 こ、怖い……。

 「うふふ、分かっておりますわ。早く帰っていらしてねぇ。グレイ君も無事にお帰りなさい。着いたばかりだから、良かったら我が家で休んで行かないかしら? 何なら泊って行っても構わないわ。勿論異国のお友達も」

 ……すみません、大変ありがたいお申し出なのですが。家族も迎えに来てくれているし、今日の所は一旦家に帰らせて頂きます。

 その瞬間、サイモン様の目が一瞬縋るように見えた。ごめんなさい、サイモン様。僕ではお力になれません。
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