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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

毒母。

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 あの後、私達はトラス王直々に丁重に王宮に招き入れられた。
 それに王妃サブリナ、王子二人、ゲスト達が続く。

 私とグレイは王の右隣に用意された席に座るよう促された。左隣には王妃サブリナ、第一王子アルバート、第二王子ジェレミーが並ぶ。そこから少し離れた場所にメティが座っていた。目が合ったので少し頷きアイコンタクトをする。
 トラス王オディロンが立って祝宴開始の宣言と挨拶を始めた。その最中、第一王子アルバートと王妃サブリナの様子が気になったので精神感応を使ってみる。

 『マリーには全くしてやられましたね。ナヴィガポールの時も出し抜かれましたし。正直業腹ですが、しかしそれぐらいの女性でなければこちらとしても張り合いがないのも事実。
 それにしてもあのカラス。あれは飼いならされたものでしょうか、それとも――。ザインからは彼女が烏を飼いならしているという話は聞いた事がない。
 聖典には聖女は数々の奇跡を行ったとされていましたが、彼女もまた何らかの奇跡としてカラスを操る能力を手に入れたという事でしょうか……。だとしたら、グレイ殿には悪いですがやはり聖女の権威は欲しいですね』

 第一王子アルバート……全然懲りてなかった。
 内心げんなりしながら王妃サブリナの方へ意識を移す。

 『口惜しい、後少しだったものを……オディロンめ、聖女に煽てられて調子に乗りおって腹が立つわ。聖女も聖女じゃ。やはり融通の利かぬ父親の娘だという事か。
 しかも我がジェレミーではなくあのような商人崩れ如きを隣に置くなど許せる筈もない。いや、待てよ。アルバートと商人崩れが共にこの場で死んでしまえば……』

 その時、トラス王オディロンは挨拶を終えるとこちらを振り向いた。注意が逸れて精神感応が切れてしまう。

 「聖女様からのお言葉も、是非賜りたく」

 「かたじけなく存じますわ。では、お言葉に甘えて……」

 グレイやアルバート第一王子の命を狙うと言っても、今すぐである事は無いだろう。きっと誰かに言いつける等の事前準備が必要になる筈。
 内心焦燥感にかられながらも私は立ち上がり、サブリナ王妃の方に注意を向けながら祝宴に対する謝辞を述べた。

 やや上の空だったが、話す内容はもう決まっているのが幸いした。
 来月に起こりうる災厄の事、トラス王国には大きな被害はないもののその影響を免れない事、ガリア王国を助ける事が必要な事を説いていった。

 「ガリア王国を助ける事で、来年の食料の増産と不足分の輸入を期待出来るのですわ。かの国は我が国より温暖な気候ですし、温泉がありますので、その熱を利用しての季節外れの作物の栽培も可能かと――そうですわよね、メテオーラ様」

 ここで話を振ると、衆目が彼女に集まった。メティは頷いて立ち上がって淑女の礼を取った後、背筋を綺麗に伸ばした。

 「はい。私の国では、マリアージュ様の仰る通りのものがございます。もし――来月の災いにトラス王国の皆様が手を差し伸べて下さるのならば、私がきっと食料の事をガリア王に掛け合いましょう」

 メティがそう請け負うと、トラス王がこちらを見た。

 「聖女様、それは真実起こり得る事なのでしょうか」

 「いいえ、起こり得るのではなく、起こるのですわ。火山の噴火による来年の不作も、また起こるのです。
 もし、トラス王国がガリア王国を助けないとしても、私は個人的にでも諸国に願ってでもガリア王国を助けるよう動くつもりです」

 その代わり、トラス王国の民が飢えかねない、という言葉は敢えて飲み込んだ。

 私が個人的に動く羽目になった場合は勿論、グレイを通じてガリア王国から仕入れた食料をトラス王国に高く売るつもりである。
 そして飢えた民達を忠実な農作業従事者や鉱山労働者として雇う。そうなればこの国における我が家の支配がより一層深く根付く結果になるだろう。

 私の言葉に、トラス王は目を瞬かせた。

 「それ程までに……」

 「ええ。それに、一月後の災いや不作以外にも災厄が起こりやすい時期が世界に到来しております。聖女はそれを人々に告げ、一人でも多く助かるようにと神に遣わされた存在。ですから国を割るような事は好ましくありませんの。
 災厄が来るのは自然の摂理で致し方ない事ですが、その最中に在って自分本位で生き残ろうと他人から奪い争うのか、それとも他者を思いやり皆で助け合い力を合わせて乗り越えようとするのか――人々は試されているのです」

 それまで静かに話を聞いていた貴族達がどよめき、ざわざわとし始めた。「私の話は以上ですわ。ご清聴、ありがとうございます」と言って淑女の礼を取る。

 「皆様方、静粛に!」

 宮廷の従僕が声を上げ、再び静かになった。

 「人々は試されている、か。願わくば、思いやりと助け合いを選ぶ者が多からんことを。ガリア王国ピロス公爵令嬢メテオーラ姫よ、安心するが良い。余はその時来ればガリア王国を助ける事としよう」

 「トラス王オディロン陛下、心より感謝致します」

 「私からもお礼を申し上げますわ、慈悲深きオディロン陛下。ガリア王国の民が助かるのみならず、トラス王国の民も飢えから救われる事でしょう」

 トラス王の言葉に私とメティがお礼を言い終わった時。

 「トラス王万歳! 聖女様、万歳!」

 「オディロン陛下、万歳!」

 そんな声が貴族達の中から聞こえて来て、小さな拍手が始まり――やがてそれは万雷の拍手となっていった。



***



 祝宴が本格的に始まると、皆めいめいに食事や音楽を楽しみ始める。私もトラス王に断って席を立つと、グレイと共に馬の脚共も引き連れて会場の中を進んで行った。
 あのままその場に留まるのは王妃の事で不安があったからだ。
 そんな事をすれば絡まれるのではと思われるかも知れないが――私の周囲には打ち合わせ通り三夫人を始め、中立派の貴族婦人達が集まって固めてくれている。

 「マリーちゃん、恰好良かったわよ!」

 「まるで物語みたいだったわぁ! その烏ちゃんも素敵ねぇ!」

 「聖女様として威厳があったざます。歴史的瞬間ざましたわ」

 三夫人の賛辞を受けながら、私はそっとサブリナ王妃に集中して精神感応を使う。
 人が多かったので少々苦労したが、王妃はどうやら毒を盛る手段に出たようだ。

 『前脚ヨハン後ろ脚シュテファン――聞け。サブリナ王妃がグレイとアルバート第一王子に毒を盛ろうとしている。対処せよ』

 「はっ、委細承知!」

 「我らの得意分野にございます!」

 馬の脚共が胸に拳を打ち付けて頼もしい答えを返すと、グレイが訝し気にこちらを見た。

 「マリー?」

 『グレイ、落ち着いて聞いてね。貴方は王妃に狙われて毒を盛られようとしているの。だから誰かが何か飲み物を勧めて来ても絶対に飲まないで!』

 「!! ――うん、分かったよ」

 目を合わせて伝えると、グレイは事態を悟り瞬時に顔色を変えて頷いた。
 私は三夫人を含む周りの貴婦人達にも同じ事を伝えた。彼女らには第一王子の方にも気を付けていて貰いたい。

 そうこうしている内――父サイモンの企画で数ある中から選ばれた劇団が初代聖女の演劇を始めた。

 劇の話題は貴族達の間にも広まっていたようで、良い場所で見ようと人々が移動を始める。
 そんな中、アルバート第一王子がギャヴィンをお供にこちらへとゆっくり歩いて来るのが見えた。
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