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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
聖騎士。
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ハンカチを押し付けるように贈ったメティが笑い交じりに帰った後日。
案の定、聖女を王子二人のどちらかと娶せるべきという噂がより大きなものになっていった。
また、どちらがより似合いなのかという噂も出て来て止まる様子はないそうだ。
しかし逆に巷では、初代聖女の劇が大盛況らしい。劇中で聖女とその夫に横槍を入れて来る王達に準えられている人物が誰か分かったのだろう。
ゴシップに飢えている庶民達は口さがなく噂し合い、力任せに聖女を奪おうとする王達を批判し、聖女の夫を贔屓していたらしい。つまり、王都の庶民はキーマン商会の御曹司であるグレイ支持という事である。
クーポン券も手伝ってか、商会は大盛況。更には数日置かずして売り出されたという『福袋』が大人気。果てはグレイへ伝えて欲しいと応援の言葉を残す人まで現れたそうだ。
そんな最中――王子達本人からこそは無かったものの、両王子派閥からはひっきりなしに手紙が舞い込んで来ていた。仕分けする使用人達も大変だ。
聖女に会わせて欲しいと王宮で父サイモンに纏わりついている者達には、殺意の籠った一睨みで全てシャットアウト。
他の家族も社交界を控え、私自身、そしてグレイも家から出る事は一切無く沈黙を守った。
そして――とうとう聖女帰還の歓迎の祝宴当日がやってきたのだった。
***
今日の私とグレイは主賓である。
なので、家族やスレイマン達とは別行動になる。
祖父母、父や母を始めとする家族達が心配そうな目をこちらに向けつつも、先に馬車へと乗り込んで出発して行く中――私とグレイは王宮から来た立派な馬車から降りて来た迎えの人物と相対していた。
サリーナが丁重に腰を折り、グレイが紳士の礼を取る。
「おはようございます、猊下」
「サリューン枢機卿がお迎えにいらして下さったのですね。御足労感謝致しますわ」
微笑みながら礼を言うと、サリューン枢機卿は苦笑いを浮かべた。
「いいえ、やはり私が一番揉めない立場のようでしたから」
何でも、私を迎えに来たがった貴族は沢山居て、かなり揉めたらしい。
父にも聞いたが、やはり伯爵令嬢だと軽く見ている発言をする人間が相当数居たとか。王の御威光をちらつかせれば小娘如きどうとでも出来る、みたいな。
しかし私は伯爵令嬢以前に教会のトップなのである。下手な人選は出来ない。さりとて王が直々に迎えに来るのも体裁が悪く、王子のどちらかだと貴族よりも問題になる。
そこで父サイモンの後押しもあり、サリューン枢機卿に白羽の矢が立った訳だ。
王弟であり、この国の教会の総括責任者。教会側に対しても面目が立つ。
「まあ、想定内でしたわね。うふふ」
揉めた末にそうなるだろうという推測は既にあのお茶会で出ていた。祖母ラトゥやエピテュミア夫人の読み通りで思わず笑ってしまう。
「ええ、流石です。『ところで、ヴェスカル。これから行く場所は王宮ですが、貴方大丈夫なんですか?』」
視線を落としたサリューン枢機卿は言葉をアレマニアのそれに切り替えつつ、気遣わし気に侍童の恰好をしているヴェスカルを見た。一人屋敷に残すのも心配なので、彼は私の側仕えとしてサリーナと共に行動させるのだ。
「だっ、大丈夫です! 『だって僕は聖女様にお仕えする侍童ですから! ゆくゆくは枢機卿を目指すんですから!』」
「まぁ……」
頬を紅潮させてトラス王国語交じりに言い募るヴェスカルに内心悶えまくる私。どうしよう、可愛い過ぎて死にそうなんだけど。
「ありがとう、ヴェスカル。嬉しいわ」
「『これは頼もしいですね。その日を楽しみに待っていますよ』」
「『はい!』」
ヴェスカルは元気良く返事をした。きっとこの分なら大丈夫だろう。
聖女帰還の祝宴――今日は私は伯爵令嬢としてではなく、聖女として王宮に行く事になる。なのでドレスでは無く、聖女の衣装を身に纏って気合を入れているのだ。
それは良いのだが――
私は馬車に乗り込む前にそちらを振り返った。
「ところでやっぱりお前達も行くのか――というか、身分的に行けるのか? さっきから気になっていたのだが、その格好は?」
問いかけた相手は馬の脚共。
何故か髪の毛をそれぞれ流してきっちりと固め、キメッキメである。純白の騎士服に身を包み、武器と――愛馬(※聖女仕様)の翼をそれぞれ片方ずつ所持していた。
私の問いに前脚が会釈して翼を軽く持ち上げてみせる。
「これですか? お察しの通り、かの翼でございます。実はこのように盾としても使えます」
「ええと、それは分かるが、そう言う事では無く……」
「ご報告が遅れ申し訳ありませんでしたが、我ら、教皇猊下より聖女様付の修道騎士である『聖騎士』を名乗る許しを勝ち取っておりまする」
「はあぁ!?」
私は顎が外れそうになる程驚いた。
い、何時の間に……。
「マリー様。ご覧下さいませ、こちらがその聖騎士の証でございます!」
そう得意気に言う後ろ脚に示されたのは、マントの左胸にある馬の顔に翼を象ったキラリと光る金のブローチ。
「聖騎士を希望する修道騎士は数あれど、マリー様をお守りする以上は我らより強くあらねばなりませぬ。しかしそのような者は一人として聖地にはおりませなんだ」
馬の脚共の話す所によると――聖地滞在中、こいつらはこいつらで私の目の届かない所で色々と動いていたらしい。
私達が帰るまでに、と聖騎士を選別しようとしていたサングマ教皇に掛け合い、希望者を片っ端から二人でちぎっては投げちぎっては投げして無双してきたそうで。
修道騎士達が弱いのかそれとも馬の脚共が強すぎるのか、まあ兎に角そういう事になったらしい。
そこで教皇は体裁を整える為、グレイと同じような形で名誉職的に聖騎士(実質修道騎士では最高位)に任じて騎士服も与えたとの事……知らなかった。
普段の庭師姿を見慣れているのと、騎士服にその盾を合わせたお蔭で凄いコスプレ感である。
……もう何も言うまい。
***
グレイのエスコートで馬車から降り立ち、預けていた錫杖をサリューン枢機卿から受け取った。
このトラントゥール宮殿に来るのは園遊会以来である。そんな事を思い出しながら宮殿の入り口の方を見ると、何と大勢の人々が出迎えに外に出ていた。
中央にはトラス国王オディロン陛下、サブリナ王妃殿下、第一王子アルバート殿下に第二王子ジェレミー殿下。それを両サイドから挟むように貴族達が立ち並んでいる。
そんな中、私はグレイと手を繋いでトラス王に向かって真っすぐ、ゆっくりと歩を進めて行った。その後をサリューン枢機卿、サリーナとヴェスカル、そして馬の脚共が続く。
誰も、一言も発しない。
歩く度、錫杖がシャラリと音を奏でるのが嫌に耳に響いた。
宮殿の従僕の男の所まで来ると、恭しく礼を取られる。そして夜明けを告げる雄鶏のように高らかに宣言がなされた。
「聖女様並びに名誉枢機卿グレイ猊下、我が国にご帰還!」
「おお、聖女様という尊き御方が我が国にお生まれになり、数々の奇跡を起こし聖地への旅から戻られた事は何という慶事か。
良くぞ戻られた、聖女マリアージュ様。ささやかながら御身の御帰還をお祝いする宴を設けました。是非とも楽しんで頂ければと」
「恐れ多い事でございます」とグレイが紳士の礼を取る。私は「忝く存じますわ、トラス王」と軽く会釈をするに留めた。
案の定というか。
早速「無礼な!」というヒステリックな男の叫び声が響き渡り。
私の脳内でもまた、戦闘開始のゴングがカーンと鳴り響いた。
案の定、聖女を王子二人のどちらかと娶せるべきという噂がより大きなものになっていった。
また、どちらがより似合いなのかという噂も出て来て止まる様子はないそうだ。
しかし逆に巷では、初代聖女の劇が大盛況らしい。劇中で聖女とその夫に横槍を入れて来る王達に準えられている人物が誰か分かったのだろう。
ゴシップに飢えている庶民達は口さがなく噂し合い、力任せに聖女を奪おうとする王達を批判し、聖女の夫を贔屓していたらしい。つまり、王都の庶民はキーマン商会の御曹司であるグレイ支持という事である。
クーポン券も手伝ってか、商会は大盛況。更には数日置かずして売り出されたという『福袋』が大人気。果てはグレイへ伝えて欲しいと応援の言葉を残す人まで現れたそうだ。
そんな最中――王子達本人からこそは無かったものの、両王子派閥からはひっきりなしに手紙が舞い込んで来ていた。仕分けする使用人達も大変だ。
聖女に会わせて欲しいと王宮で父サイモンに纏わりついている者達には、殺意の籠った一睨みで全てシャットアウト。
他の家族も社交界を控え、私自身、そしてグレイも家から出る事は一切無く沈黙を守った。
そして――とうとう聖女帰還の歓迎の祝宴当日がやってきたのだった。
***
今日の私とグレイは主賓である。
なので、家族やスレイマン達とは別行動になる。
祖父母、父や母を始めとする家族達が心配そうな目をこちらに向けつつも、先に馬車へと乗り込んで出発して行く中――私とグレイは王宮から来た立派な馬車から降りて来た迎えの人物と相対していた。
サリーナが丁重に腰を折り、グレイが紳士の礼を取る。
「おはようございます、猊下」
「サリューン枢機卿がお迎えにいらして下さったのですね。御足労感謝致しますわ」
微笑みながら礼を言うと、サリューン枢機卿は苦笑いを浮かべた。
「いいえ、やはり私が一番揉めない立場のようでしたから」
何でも、私を迎えに来たがった貴族は沢山居て、かなり揉めたらしい。
父にも聞いたが、やはり伯爵令嬢だと軽く見ている発言をする人間が相当数居たとか。王の御威光をちらつかせれば小娘如きどうとでも出来る、みたいな。
しかし私は伯爵令嬢以前に教会のトップなのである。下手な人選は出来ない。さりとて王が直々に迎えに来るのも体裁が悪く、王子のどちらかだと貴族よりも問題になる。
そこで父サイモンの後押しもあり、サリューン枢機卿に白羽の矢が立った訳だ。
王弟であり、この国の教会の総括責任者。教会側に対しても面目が立つ。
「まあ、想定内でしたわね。うふふ」
揉めた末にそうなるだろうという推測は既にあのお茶会で出ていた。祖母ラトゥやエピテュミア夫人の読み通りで思わず笑ってしまう。
「ええ、流石です。『ところで、ヴェスカル。これから行く場所は王宮ですが、貴方大丈夫なんですか?』」
視線を落としたサリューン枢機卿は言葉をアレマニアのそれに切り替えつつ、気遣わし気に侍童の恰好をしているヴェスカルを見た。一人屋敷に残すのも心配なので、彼は私の側仕えとしてサリーナと共に行動させるのだ。
「だっ、大丈夫です! 『だって僕は聖女様にお仕えする侍童ですから! ゆくゆくは枢機卿を目指すんですから!』」
「まぁ……」
頬を紅潮させてトラス王国語交じりに言い募るヴェスカルに内心悶えまくる私。どうしよう、可愛い過ぎて死にそうなんだけど。
「ありがとう、ヴェスカル。嬉しいわ」
「『これは頼もしいですね。その日を楽しみに待っていますよ』」
「『はい!』」
ヴェスカルは元気良く返事をした。きっとこの分なら大丈夫だろう。
聖女帰還の祝宴――今日は私は伯爵令嬢としてではなく、聖女として王宮に行く事になる。なのでドレスでは無く、聖女の衣装を身に纏って気合を入れているのだ。
それは良いのだが――
私は馬車に乗り込む前にそちらを振り返った。
「ところでやっぱりお前達も行くのか――というか、身分的に行けるのか? さっきから気になっていたのだが、その格好は?」
問いかけた相手は馬の脚共。
何故か髪の毛をそれぞれ流してきっちりと固め、キメッキメである。純白の騎士服に身を包み、武器と――愛馬(※聖女仕様)の翼をそれぞれ片方ずつ所持していた。
私の問いに前脚が会釈して翼を軽く持ち上げてみせる。
「これですか? お察しの通り、かの翼でございます。実はこのように盾としても使えます」
「ええと、それは分かるが、そう言う事では無く……」
「ご報告が遅れ申し訳ありませんでしたが、我ら、教皇猊下より聖女様付の修道騎士である『聖騎士』を名乗る許しを勝ち取っておりまする」
「はあぁ!?」
私は顎が外れそうになる程驚いた。
い、何時の間に……。
「マリー様。ご覧下さいませ、こちらがその聖騎士の証でございます!」
そう得意気に言う後ろ脚に示されたのは、マントの左胸にある馬の顔に翼を象ったキラリと光る金のブローチ。
「聖騎士を希望する修道騎士は数あれど、マリー様をお守りする以上は我らより強くあらねばなりませぬ。しかしそのような者は一人として聖地にはおりませなんだ」
馬の脚共の話す所によると――聖地滞在中、こいつらはこいつらで私の目の届かない所で色々と動いていたらしい。
私達が帰るまでに、と聖騎士を選別しようとしていたサングマ教皇に掛け合い、希望者を片っ端から二人でちぎっては投げちぎっては投げして無双してきたそうで。
修道騎士達が弱いのかそれとも馬の脚共が強すぎるのか、まあ兎に角そういう事になったらしい。
そこで教皇は体裁を整える為、グレイと同じような形で名誉職的に聖騎士(実質修道騎士では最高位)に任じて騎士服も与えたとの事……知らなかった。
普段の庭師姿を見慣れているのと、騎士服にその盾を合わせたお蔭で凄いコスプレ感である。
……もう何も言うまい。
***
グレイのエスコートで馬車から降り立ち、預けていた錫杖をサリューン枢機卿から受け取った。
このトラントゥール宮殿に来るのは園遊会以来である。そんな事を思い出しながら宮殿の入り口の方を見ると、何と大勢の人々が出迎えに外に出ていた。
中央にはトラス国王オディロン陛下、サブリナ王妃殿下、第一王子アルバート殿下に第二王子ジェレミー殿下。それを両サイドから挟むように貴族達が立ち並んでいる。
そんな中、私はグレイと手を繋いでトラス王に向かって真っすぐ、ゆっくりと歩を進めて行った。その後をサリューン枢機卿、サリーナとヴェスカル、そして馬の脚共が続く。
誰も、一言も発しない。
歩く度、錫杖がシャラリと音を奏でるのが嫌に耳に響いた。
宮殿の従僕の男の所まで来ると、恭しく礼を取られる。そして夜明けを告げる雄鶏のように高らかに宣言がなされた。
「聖女様並びに名誉枢機卿グレイ猊下、我が国にご帰還!」
「おお、聖女様という尊き御方が我が国にお生まれになり、数々の奇跡を起こし聖地への旅から戻られた事は何という慶事か。
良くぞ戻られた、聖女マリアージュ様。ささやかながら御身の御帰還をお祝いする宴を設けました。是非とも楽しんで頂ければと」
「恐れ多い事でございます」とグレイが紳士の礼を取る。私は「忝く存じますわ、トラス王」と軽く会釈をするに留めた。
案の定というか。
早速「無礼な!」というヒステリックな男の叫び声が響き渡り。
私の脳内でもまた、戦闘開始のゴングがカーンと鳴り響いた。
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