貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
241 / 690
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

お茶会という名の対王族会議。

しおりを挟む
 「そう言えば、王子殿下お二人は夕べ夜遅くに王宮にご帰還されたそうだぞ」

 笑いを堪えるグレイを横目に朝食を採っていると、ダディサイモンがそう切り出した。

 「まあ、思ったよりは早かったな」

 と言うのはカレル兄。私も内心驚いていた。

 私達が出発して四日後に知らされ、当日かその翌日に出発したとすれば結構な強行軍になるだろう。ほぼ一週間だから、キングオブ深夜馬車状態で相当急いで帰って来たのだろうと思う。

 「うふふ、きっとお疲れでいらっしゃる事でしょう。丁度良かったわねぇ、今日はお茶会の日だもの。ああ、ピュシス夫人達もいらっしゃるわ、マリーちゃん」

 祖母ラトゥが笑って、器用にサラダをお箸で摘まんで口へ放り込んだ。箸使いはもうお手のものである。

 「まあ、お婆様本当なの?」

 手紙の返事やお土産の礼状は受け取っていたけど、やっぱり実際に話をした方が楽しい。
 思わず嬉しくなって聞けば、祖母はええと頷いた。母ティヴィーナがにこやかにこちらを見る。

 「うふふ、マリーちゃんとグレイ君、それにイドゥリース様とスレイマン君とヴェスカルちゃんも一緒に出席して頂戴ねぇ?」

 きっと皆様喜ぶと思うわ、と続ける母。んん? 一体何人のお客様が来るのだろうか。

 そうだ、サリーナ! 襟の準備を!



***



 今頃父は宮廷で王子達に会ってるのだろうか。
 お茶会を邪魔されないよう、祖母の命で適当な理由を付けて見張りに行ったらしいけど……。

 そう考えている間にも、我が家の玄関にどんどん馬車が横付けされていく。その中からはまるで黒い包み紙から色付きの飴玉を取り出すが如く、色とりどりのデイドレスを身に纏った夫人達が降りて来ていた。

 窓からそんな様子を見下ろしていると、グレイが驚いた声を上げた。

 「お婆様!? お母様も!」

 「まあ、本当ね!」

 グレイの祖母パレディーテや義母レピーシェの姿も。

 事前に招待客の面子を訊いたら、ほとんどが祖母ラトゥや母ティヴィーナのお友達だそうで、中立派が多いとの事。実際に見た限り年配の方や既婚者が多いようだった。
 勿論それだけではなくて、中には若い令嬢や、弟妹位の子を連れてきている人も何人か見えた。

 と。

 一際立派な馬車。降りて来たのは――

 「サリューン枢機卿!?」

 どうも彼も呼ばれたらしい。子供達を除けば黒一点、女性ばかりに囲まれて、若干居心地悪そうにしながらも挨拶を交わしていた。

 「大体いらっしゃったみたいだね。僕達も移動しようか」

 グレイに促され、私はそっと窓から離れた。



 場所は変わり我が家の喫茶室――ホスト側として挨拶をする私達に、招待客達は一瞬襟に気を取られてぎこちなくなるも、挨拶を返して大人しく着席していく。

 特に三夫人とは感激して抱き合って再会を喜んだ。
 聖地の修道士が調合した軟膏は、ピュシス夫人がたまたま患っていた切れ痔に効いたらしい。切り傷や乾燥にも良いらしいから何よりである。
 犬のガスィーちゃんを連れていなかったので心配になって訊いてみると、私のアドバイスを実践してから胃腸の調子が良くなってきたらしい。良かった。

 隣のグレイも「お久しぶりでございます。菊を愛でるお茶会以来ですね。あの時よりも肌に張りが出て、滑らかになられたようにお見受けしますが、ラベンダー精油の使い心地は如何でしたか」等と卒無く挨拶をしている。
 名誉枢機卿にはなったけれど、名ばかりだし自分自身若輩の身なので今まで通りでお願いしますと笑顔で頼み込んでいた。

 そこへ、

 「マリー、あれから大丈夫でしたか?」

 「マリーちゃん、挨拶をするなり倒れてしまったから心配していたのよ」

 「その節はご心配かけて申し訳ありませんでしたわ、お婆様、お義母様。でも、この通りすっかり良くなりました」

 三夫人の後にやってきたグレイの祖母と義母に気遣わし気に挨拶をされる。
 そう言えば、帰って挨拶をしたっきり会ってなかったっけ。すっかり心配を掛けてしまっていたようで、申し訳ない気持ちになった。

 やがて招待された全員が着席すると――相当広い部屋の筈なのに、ここまでお客様が集まれば狭く見えるものだなと思う。壮観である。

 「では改めましてご挨拶をさせて頂きますわね。皆様、本日はよく来てくださいましたわ。キャンディ伯爵家のお茶会へようこそ。お茶もお菓子も、最高の物を用意させております。どうぞお楽しみ下さいまし」

 主催者としての祖母の挨拶。控えていた侍女達が一斉に動き始め、お茶を注ぐ音が響き渡る。そうして壮大なお茶会が始まった。

 「キャンディ伯爵家にお邪魔するのは初めてですが、洗練されていて素敵なお住まいですね。本日はお招き頂き感謝致します」

 にこりと微笑んでサリューン枢機卿が挨拶をしたのを皮切りに、

 「この度は名だたるキャンディ伯爵家のお茶会にお招きに預かり、光栄に存じます。こうしてラトゥお姉様とお会いできるなんてとっても嬉しいですわ。お茶もお菓子も楽しみにしておりましたの」

 「私も同じく、嬉しいざます。指折り数えて楽しみざましたわ」

 「そうですわぁ。ラトゥお姉様だけじゃなくてぇ、マリーちゃんにも会えて良かったですわぁ」

 等と、席次順に招待客から祖母と母に挨拶が述べられていく。それが終わると、お茶会に駆り出された私、グレイ、イドゥリース、スレイマン、ヴェスカルが自己紹介をしていった。

 国交の無い人種の違う異国人が珍しいのか、アヤスラニ帝国人二人の挨拶は特に人目を引いた。片言の言葉を新鮮に思われたようだ。

 「さて、つい先日孫娘が聖地巡礼から戻って参りましたの。皆様もお耳が早い方はもうお聞きになられているかも知れませんが――」

 祖母ラトゥや母ティヴィーナが言葉巧みに私が聖地へ行き、聖女となりグレイと結婚した経緯、イドゥリースとスレイマン、ヴェスカルを連れ帰った事情等を話していく。
 時折、私やグレイ、本人達、サリューン枢機卿に質問する形で事実関係を補足していった。

 「その事を夫も宮廷で陛下に奏上申し上げた筈ですのに、最近妙な噂が流れていて頭を痛めておりますの」

 「ええ、ええ。先程お話したように、式こそはまだ挙げていないものの、孫娘は聖地で教皇猊下の祝福の下で既に結婚しているというのに……困ったものですわ」

 母ティヴィーナと祖母ラトゥがにこやかに、だが困ったように述べ、サリューン枢機卿が苦笑いを浮かべた。

 「まああ、あの噂は事実ではありませんでしたのね」「では、噂を事実にしたい方々の一方的なお考えですのね」等と、御婦人達が驚きながら相槌を打ったり耳を傾けたり考え込んだりしている。

 そこへ、

 「子爵と言えど、恐れ多くもサングマ教皇猊下御自らがグレイちゃんを名誉枢機卿に叙せられたのよねぇ。噂をばら撒いている方々は、まさか破門覚悟で教会を敵に回すおつもりなのかしらぁ?」

 ピュシス夫人が良く通る声で発言をした。サリューン枢機卿がぎょっとしたように夫人を見る。

 「今の所噂をばら撒いているのはドルトン侯爵家とその周辺――第二王子派の方々ざます。恐れを知らぬ所業ざますわね」

 「そもそも跡目争いで宮廷が二分されているのがいけないのですわ。マリーちゃんが……聖女様が醜い政争の具にされかけているなんて、教会としてもあってはならない事の筈ですもの」

 「ぐっ……その通りですね。何とかしようとはしているのですが……」

 スパン、とホルメー夫人が断言し、エピテュミア夫人が公然の秘密である核心的事実をぶちまけた。この国の教会組織のトップであるサリューン枢機卿にクリティカルヒットである。

 かくて話の中心はこのようにだんだんスライドして行き――やがてお茶会という名の対王族会議が繰り広げられる流れになったのである。
しおりを挟む
感想 925

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。