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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(101)
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聖地に別れを告げてから早一週間――僕達を乗せた船は、ゴルフォベッロに近い海上に居た。ここまでの旅は予想に反して順調だった。というのも、怪しげな船のある方向を、マリーが事前に教えてくれたからだ。
彼女は舳先で北を見詰めていたかと思うと、ナヴィガポールにアルバート第一王子殿下とジェレミー第二王子殿下がまだ滞在されており、そのお蔭でレイモンが胃を痛めているという。
……レイモン、申し訳ない。
王子達が来られるかも知れないからと頼んでおいてなんだけど、まさかこんなに長く居座られるとは流石に僕も思っていなかった。
帰ったら良い胃薬を贈らないと。
カレル様が聖女がマリーだとバレたのだろうと予想を口にする。僕達が帰って来るのを待ち構えて、聖女を連れて王都へ凱旋するつもりなのだろうと。
僕も同意見だ。
少々遠まわりになるけれど、ナヴィガポールを避けてジュリヴァに向かうべきかな……レイモンには悪いけど。
そう言うと、マリーがサイモン様に相談してみると言い出した。
彼女は目を閉じ、暫く瞑想するように静かにしている。やがて瞼を上げると、大きく息を吐いた。
「サイモン様は、何て?」と訊けば、ナヴィガポールまで迎えに来てくれると言う。早朝に帰港して、こっそりと町を出る計画のようだ。
確かにマリーの能力があれば連絡はすぐつく。王子達もまさかそんな力があるとは思っていない筈。妙案だ。
「おお、それが良いな。早朝だと王子二人もぐっすりだろう」
カレル様も嬉しそうに賛成していた。
「ファリエロ、早朝にナヴィガポールに帰港するように調整する事は可能かな?」
「あの辺りの運行なら大体時間感覚を掴めている。ちょいと沖で滞在すれば良い事だ。お任せあれ」
「これで安心だね」
それから数時間後――僕達はゴルフォベッロに到着していた。ナヴィガポールまで後三日の距離だ。
前回の時とは違って、軍船が港を占拠するように並んでいるという事も無く、民間用の停泊区域がきちんと分けられて整備されていた。
その事に安心しながらそちらへと船を進め、錨を下ろす。
その時だった。
「失礼ですが、トラス王国キーマン商会の船とお見受けします」
ガリアのそれなりに身分がありそうな軍人が兵を引き連れて船に近寄り、僕達に声を掛けた。
彼らの主がマリーに会いたいと。
***
やはりと言うか、彼らの主はガリアの第一王子、シルヴィオ殿下だった。
前お会いした時とは打って変わって、疲労困憊の様子。
殿下を心配する声を掛けながらも用件を問いただすマリー。シルヴィオ殿下は船乗りからナヴィガポールの噂を聞いたそうだ。聖女が現れ、奇跡を起こしたのだと。
「単刀直入に言うけど――その聖女様って、マリーの事で間違いないかな?」
その言葉に僕達は身構える。カレル様や隠密騎士達は素人でさえ気付く程の凄まじい殺気を出し始める。
シルヴィオ殿下に従っている軍人達も流石に腰の剣に手をやっていた。
一触即発――マリーが慌てて止めに入り、シルヴィオ殿下も驚かせて申し訳なかったと詫びる。
僕の予想に反して殿下はマリーが聖女である事を知ってもどうこうしようとは思っていないらしい。
ただ、復興に聖女の知恵を借りたいと膝をついて頭を下げ、最高の礼を尽くして協力を願っただけだった。
シルヴィオ殿下はコスタポリの復興のみならず、領主も押し付けられたらしい。元の領主は大波で亡くなってしまたそうだ。
ガリア王家の中での殿下のお立場は難しいものがある様子。気の毒ではある。
マリーもそう思ったのか、快く承諾して知恵を貸した。地図を目の前にポンポンと良案を出して行く。それは大波でやられた土地をどう活用するかにまで及び、殿下の部下達のマリーを見る目がある種の熱を帯びたものに変わっていった。マリーに話を振られたのを幸いに、牽制の為に僕も一枚噛ませて貰う。コスタポリの一日も早い復興を願わない訳じゃないけれど、マリーを守る為にもガリアへの影響力を少しでも大きく持っておきたいところだ。
シルヴィオ殿下は兎も角、僕は側近の軍人達の目に浮かぶものに嫌なものを感じていた。聖女であるマリーが殿下に味方すれば、と考えて暴走――僕達を襲って攫おうとするんじゃないかと警戒する。
ゴルフォベッロを発ち、ナヴィガポールの港でサイモン様の姿を見た頃にやっと安堵を覚えた位だ。
マリーにとって一番安全な場所は、やはりキャンディ伯爵家だろう。少なくとも聖女再臨の波紋はこれから広がって国家間でも一悶着起きるだろう。
それが再び落ち着きを見せるまでは、マリーは極力外出を控え、伯爵家で守られている方が一番良い。
サイモン様に子供の様に抱き着いて涙を流し、再会を喜んでいる彼女を見て、僕は心の底からそう思った。
彼女は舳先で北を見詰めていたかと思うと、ナヴィガポールにアルバート第一王子殿下とジェレミー第二王子殿下がまだ滞在されており、そのお蔭でレイモンが胃を痛めているという。
……レイモン、申し訳ない。
王子達が来られるかも知れないからと頼んでおいてなんだけど、まさかこんなに長く居座られるとは流石に僕も思っていなかった。
帰ったら良い胃薬を贈らないと。
カレル様が聖女がマリーだとバレたのだろうと予想を口にする。僕達が帰って来るのを待ち構えて、聖女を連れて王都へ凱旋するつもりなのだろうと。
僕も同意見だ。
少々遠まわりになるけれど、ナヴィガポールを避けてジュリヴァに向かうべきかな……レイモンには悪いけど。
そう言うと、マリーがサイモン様に相談してみると言い出した。
彼女は目を閉じ、暫く瞑想するように静かにしている。やがて瞼を上げると、大きく息を吐いた。
「サイモン様は、何て?」と訊けば、ナヴィガポールまで迎えに来てくれると言う。早朝に帰港して、こっそりと町を出る計画のようだ。
確かにマリーの能力があれば連絡はすぐつく。王子達もまさかそんな力があるとは思っていない筈。妙案だ。
「おお、それが良いな。早朝だと王子二人もぐっすりだろう」
カレル様も嬉しそうに賛成していた。
「ファリエロ、早朝にナヴィガポールに帰港するように調整する事は可能かな?」
「あの辺りの運行なら大体時間感覚を掴めている。ちょいと沖で滞在すれば良い事だ。お任せあれ」
「これで安心だね」
それから数時間後――僕達はゴルフォベッロに到着していた。ナヴィガポールまで後三日の距離だ。
前回の時とは違って、軍船が港を占拠するように並んでいるという事も無く、民間用の停泊区域がきちんと分けられて整備されていた。
その事に安心しながらそちらへと船を進め、錨を下ろす。
その時だった。
「失礼ですが、トラス王国キーマン商会の船とお見受けします」
ガリアのそれなりに身分がありそうな軍人が兵を引き連れて船に近寄り、僕達に声を掛けた。
彼らの主がマリーに会いたいと。
***
やはりと言うか、彼らの主はガリアの第一王子、シルヴィオ殿下だった。
前お会いした時とは打って変わって、疲労困憊の様子。
殿下を心配する声を掛けながらも用件を問いただすマリー。シルヴィオ殿下は船乗りからナヴィガポールの噂を聞いたそうだ。聖女が現れ、奇跡を起こしたのだと。
「単刀直入に言うけど――その聖女様って、マリーの事で間違いないかな?」
その言葉に僕達は身構える。カレル様や隠密騎士達は素人でさえ気付く程の凄まじい殺気を出し始める。
シルヴィオ殿下に従っている軍人達も流石に腰の剣に手をやっていた。
一触即発――マリーが慌てて止めに入り、シルヴィオ殿下も驚かせて申し訳なかったと詫びる。
僕の予想に反して殿下はマリーが聖女である事を知ってもどうこうしようとは思っていないらしい。
ただ、復興に聖女の知恵を借りたいと膝をついて頭を下げ、最高の礼を尽くして協力を願っただけだった。
シルヴィオ殿下はコスタポリの復興のみならず、領主も押し付けられたらしい。元の領主は大波で亡くなってしまたそうだ。
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マリーもそう思ったのか、快く承諾して知恵を貸した。地図を目の前にポンポンと良案を出して行く。それは大波でやられた土地をどう活用するかにまで及び、殿下の部下達のマリーを見る目がある種の熱を帯びたものに変わっていった。マリーに話を振られたのを幸いに、牽制の為に僕も一枚噛ませて貰う。コスタポリの一日も早い復興を願わない訳じゃないけれど、マリーを守る為にもガリアへの影響力を少しでも大きく持っておきたいところだ。
シルヴィオ殿下は兎も角、僕は側近の軍人達の目に浮かぶものに嫌なものを感じていた。聖女であるマリーが殿下に味方すれば、と考えて暴走――僕達を襲って攫おうとするんじゃないかと警戒する。
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それが再び落ち着きを見せるまでは、マリーは極力外出を控え、伯爵家で守られている方が一番良い。
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