貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
222 / 690
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

キングオブ深夜馬車『おうと号』。

しおりを挟む
 「ダディ! ただいま!」

 私はタラップを駆け下りるなり、ナヴィガポールの船着き場で待っていてくれた父サイモンに飛び付くように抱き着いた。その香りと温もりに、ふっと心が緩んで――

 「あ、あれ……?」

 気が付くと、自然に涙腺が緩み、ポロポロと涙が頬を伝っていた。後から後から溢れ出て止まらない。
 旅の間、本当に次から次へと色々な事があった。私は思ったよりも父を恋しく思っていたようだ。

 「ふっ、まだまだ子供だな」

 父サイモンは苦笑いを浮かべながら私を抱き上げ、背中をポンポンとしてくれる。恥ずかしくて、私は父の服に顔を擦りつけて涙を拭いた。

 「本当に帰って来たのだな、マリー。カレルも、無事で良かった――お前達も長い間苦労を掛けたな」

 「勿体無いお言葉です、旦那様」

 サリーナが深々と一礼をすると、

 「はっ、マリー様をお守りする事は苦労の内に入りませぬ!」

 「兄者の申す通り、寧ろ我が身の幸運を噛み締めておりました。それに船に乗るという貴重な経験をさせて頂きました故」

 と馬の脚共。カレル兄が両掌を上に向け、肩を竦める。

 「はぁ……本当、色々と大変だったよ。でもこれで肩の荷が下りた」

 安堵の溜息に、父は頷く。

 「ああ、ここからは私に任せておけ。それから、グレイ。いや、グレイ枢機卿猊下と言うべきか?」

 「やめてください、サイモン様! 私はマリーのおこぼれと言う形で枢機卿を頂いただけの身です。どうか、これまで通り!」

 グレイが慌てて首を横に振っている。

 「ふふふ、キャンディ伯爵、そのような意地悪を申されますな」

 「これはサリューン枢機卿猊下。道中我が娘が大変お世話になりまして。これより急ぎの旅になりますが、王都までお供する栄誉を頂けましょうか」

 私を抱っこしたまま礼を取る父。サリューン枢機卿は穏やかな笑みを浮かべて聖職者の礼で返した。

 「お言葉有難く。ただ、私も枢機卿と大層なお役目を頂いてはおりますが、教皇猊下や聖女様にお仕えする身に過ぎません。その父君ともあろうお方がそのように畏まられる必要はありません」

 「い、いえ。そのような訳には」

 サリューン枢機卿の半分冗談めかした言葉に、どのような応対をすれば正解なのか分からず困り果てる父サイモン。

 「はぁ、猊下も大概意地悪をなさる」

 「そうですよ、サリューン枢機卿猊下は名ばかりの僕とはお立場が違います」

 「これは一本取られましたね、エヴァン、グレイ」

 旅の間で打ち解けた仲間同士の、そんなやり取り。穏やかな笑いが起こった。

 父が、改めてグレイ他の面子にも旅の無事を喜び、私が世話になった旨のお礼の言葉を掛けた。
 「では、そろそろ……」と朝霧のナヴィガポールの町中を移動していく。ちなみに私は父に抱っこされたままだ。

 歩きながら交わされるカレル兄と父との会話を聞くに、父は夜通し隣町から来てくれたそうだ。

 王子達に気取られぬよう、こっそりとレイモン氏と連絡を取り。真夜中に隣町を出、私からの精神感応テレパシーがあるまでナヴィガポールから離れた所に待機していたとか。
 そっと透視すると、王子二人はぐっすり眠っているようだ。

 領主館近くに差し掛かると、複数の人影が近付いて来た。ドキリとして咄嗟に能力を使うと、レイモン氏とジュデ、リノ、イルディオ、そして交易所のランベール・ジレスさん、グラ・ノルベール司祭の面々。警戒を見せる皆に大丈夫、と声を掛ける。

 「皆様、道中御無事で何よりでございました」

 レイモン氏が深々と頭を下げた。私も父に下ろして貰って皆に挨拶と見送りのお礼をした。
 グレイが王子二人に関する謝罪といたわりの言葉を口にすると、レイモン氏は「早く帰って頂きたいというのが正直な所です」ときっぱり言い、他の面々も溜息を吐いている。これは相当だな。

 「大変心苦しいが、後少しだけ辛抱して貰えるだろうか。今日から数えて四日後ならば我々の事を殿下方に伝えて構わない。そうすれば直ぐに王都に帰られるだろう」

 気の毒そうに父がそう言うと、彼らは明らかに胸を撫で下ろしていた。

 「じゃあ私はここでお別れしましょう」

 とファリエロが離脱。リノとイルディオの頭をポンポンと叩き、二人の肩に手を乗せてこちらに向き直る。
 またナヴィガポールに来てくださいね、との別れの言葉を背に私達は用意されていた馬車へと向かった。懐かしき我が家の馬車だ。
 乗り込むと、すぐにそれは動き出す。私は窓から顔を出して小さくなっていく彼らに「またね、ありがとう!」と叫び、大きく手を振ったのだった。


***


 「ああ、懐かしき我が家が見える。とうとう、帰って来たのね……」

 本当は喜びと元気いっぱいで叫びたかったが、そんな体力は残されていなかった。
 というのも、父サイモンのペースが鬼のような強行軍だったからである。

 今の私は砂漠の真っ只中で「オアシスだ……やっと水が飲める……」等と蜃気楼を見て譫言うわごとを口にする旅人のようなもの。体力は無に等しく、意識が飛びそうである。

 般若サイモンは何と、車中泊と宿一泊を交互にする形で、宿場町では馬を替え、私が眠っている間もほぼノンストップで王都まで走り抜けるという暴挙を仕出かしたのである。
 マジでしんどかった。どこのキングオブ深夜バスなのかと小一時間問い詰めたい。いや、キングオブ深夜馬車か。名前はきっと『おうと号』、王都に到着する頃には嘔吐しかねないえげつなさである。

 行きは休み休みのんびりと十一日かけてナヴィガポールに行ったのに、帰りは一週間弱とか……これでも私を連れてるから手加減したそうだけど、帰り着いた頃にはもうヘトヘトになっていた。

 私以外の面々は少し疲れを見せているが、それだけである。なんでそんなに体力あるのさ、くそう。

 それでも懐かしき我が家には違いない。家の門を潜った馬車は家の玄関へと真っ直ぐに進んで行く。連絡が行っていたのか、そこには家族が勢揃いしていた。義兄アールは勿論、グレイの家族も全員うちに来て出迎えてくれている。それに、領地に居る筈の祖父母まで居た。

 「あっ、馬車が来た来たー!」

 「おーい、お父様ー、カレル兄様ー、マリーお姉ちゃまー、グレイ兄様も! お帰りなさいー!」

 「お帰りなさい―!」

 馬車の窓からはイサークとメリーが手を振りながら元気にぴょんぴょんと飛び上がっているのが見える。私は姉の面子メンツにかけてなけなしの力を振り絞って手を振り返したのであった。
しおりを挟む
感想 925

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。