上 下
207 / 687
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(88)

しおりを挟む
 もしかするとマリーは王族や高位貴族を引き付ける体質なのかも知れない。

 コスタポリを発ってから一週間程経過した。既にガリア中部を過ぎており、南部に入っている。その辺りの海域に入っているだろうと思われる。
 潮風に吹かれながら、僕はそんな根拠のない事を考える。勿論アルバート殿下の場合はマリー自身の聡明さや不思議な知識をたまたま知ったからだと言えるけれど、シルヴィオ殿下もそれを知ってしまえばどうなるか分からない。それ以上に、何か運命的なものが働いて、彼女と王族を引き合わせているようにしか思えなかった。
 これは聖女だからなのだろうか。僕としてはいつ誰に搔っ攫われるか気が気じゃない。

 それを隣にいるカレル様に話すと、顔色が悪いまま頷いた。

 「だろうな。俺もそう思う……うっぷ」

 最初の数日は良かったが、三日、四日と火を重ねるに連れて船酔いをするようになったカレル様。
 彼は船乗りに聞いて、中腰で船の進行方向を向き、波の動きに体を合わせるという船酔い対策をしている。
 だけど、効果があった様子はない。

 「大丈夫ですか? 波の動きに体を合わせるようにしてもダメなら、船室で休んでいた方が良いですよ」

 ちょっと心配になって言うと、もう少し頑張って駄目ならそうする、と死にそうな顔で踏ん張っている。
 近くにいる前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン、それに鶏蛇竜コカトリスのカールは同じ方法で船酔いを克服したらしい。
 最初こそは土気色で寝込んでいたけれど、今では元気いっぱいに船乗りの仕事を手伝ってくれてさえいる。僕はカレル様がダウンしたら宜しく、の意味を込めて彼らに目配せをしておいた。

 と。

 「船長――! 異国の船が見えますぜ! 多分アヤスラニだ!」

 マストの上に居た見張りが望遠鏡を片手に叫び出した。
 ファリエロは望遠鏡を手に右舷に寄る。僕もそちらへ近寄った。

 「小ぶりの船――確かにアヤスラニ帝国のものと思われる形だ。だが、商船がここまで回り込んで来るのはおかしい。恐らく海賊船か何かだろう――おい、お前ら! 遠くにいる内に回避して進むぞ!」

 「「「アイアイサー!!!」」」

 ファリエロの叫びに船乗り達が慌ただしく動き始めた。船の帆を張り、速度を上げる。

 「あっ、こちらへ近づいて来るつもりだよ!」

 向こうもこちらの船に気付いたのか、動き始めていた。
 こちらは大型商船、あちらは小回りの利く軽い船。武装はこちらが有利だけど、速さはあちらに利がある。

 「どんどん追いつかれてるんだけど!」

 言いながら、僕は望遠鏡を覗いた。相手の船に乗っている奴らの姿を見る。

 ――あ、これ海賊だ。間違いない。

 粗野な様子、服装等明らかに海賊だった。

 「ファリエロ! 間違いない、海賊だ!」

 「了解、グレイ坊! 砲撃手、射程圏内に入ったら威嚇砲を撃てっ!!」

 「アイアイサー、船長!」

 やがて、ドン! と砲撃が行われた。


***


 相手はなかなかしつこかった。威嚇砲撃を行って少しは速度を緩めたようだけれど、送り狼のように僕達の船の後をつけてきている。

 「グレイ様ー、僕達も砲撃やってみていいですかぁー?」

 場違いに呑気な声が掛けられた。この間延びした声はやはりというか。

 「えっと、カール?」

 「先輩達もー、やってみたいんですってー。どうせ海賊なんだし当たり所悪くて沈めても構わないんですよねー?」

 少年のようなワクワクした笑みを浮かべたカールの後ろにいる前脚ヨハン後ろ脚シュテファンもうずうずしている様子。
 ファリエロが良いって言うなら……とお茶を濁すと、許可が下りてしまった。

 「お、俺も……」

 よれよれになりながらも立候補したカレル様。返事も聞かずに大砲の近くへ移動する。
 砲撃手に玉込めと撃ち方を教わり始めた元気な三人と病人一人。
 カールが「じゃあカレル様が最初で。決めた通り順番は守ってくださいよ先輩ー!」等と文句を言っている。

 カレル様は見事に外した。相手の船はそれで舐めて掛かったのか、更に距離を詰めて来ている。

 「……」

 前脚のヨハンが狙いを定めて撃った。相手の船ギリギリの所で外してしまい、舌打ちをしている。
 後ろ脚のシュテファン、鶏蛇竜コカトリスのカールも惜しい所で外していた。

 彼ら、初めて撃ったとは到底思えないんだけど……。

 カレル様は一回撃って満足……というか力尽きたらしい。それからも三人は相手の船ギリギリの場所を掠めるように撃っていた。やはりわざとなんじゃないかと背筋が凍る。
 見ていた船員達はその度に口笛を吹いたり囃し立てている。

 そうこうしている内――前脚ヨハンの撃った玉が相手のメインマストを撃ち抜いた。

 「あっ!!!」

 船乗り達は歓声を上げる。
 相手の船は瞬く間に失速して取り残され、その姿が小さくなっていった。誰かが銃を怒りに任せて撃ったようだけど、こうなってはもう後の祭り。

 「舵を陸へ切れ!」

 脅威が去り、ファリエロは号令を下す。ガリア中部と南部の間にある港町トルトリノに着いた頃には、もう夕方になっていた。
しおりを挟む
感想 922

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。