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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(88)

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 もしかするとマリーは王族や高位貴族を引き付ける体質なのかも知れない。

 コスタポリを発ってから一週間程経過した。既にガリア中部を過ぎており、南部に入っている。その辺りの海域に入っているだろうと思われる。
 潮風に吹かれながら、僕はそんな根拠のない事を考える。勿論アルバート殿下の場合はマリー自身の聡明さや不思議な知識をたまたま知ったからだと言えるけれど、シルヴィオ殿下もそれを知ってしまえばどうなるか分からない。それ以上に、何か運命的なものが働いて、彼女と王族を引き合わせているようにしか思えなかった。
 これは聖女だからなのだろうか。僕としてはいつ誰に搔っ攫われるか気が気じゃない。

 それを隣にいるカレル様に話すと、顔色が悪いまま頷いた。

 「だろうな。俺もそう思う……うっぷ」

 最初の数日は良かったが、三日、四日と火を重ねるに連れて船酔いをするようになったカレル様。
 彼は船乗りに聞いて、中腰で船の進行方向を向き、波の動きに体を合わせるという船酔い対策をしている。
 だけど、効果があった様子はない。

 「大丈夫ですか? 波の動きに体を合わせるようにしてもダメなら、船室で休んでいた方が良いですよ」

 ちょっと心配になって言うと、もう少し頑張って駄目ならそうする、と死にそうな顔で踏ん張っている。
 近くにいる前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン、それに鶏蛇竜コカトリスのカールは同じ方法で船酔いを克服したらしい。
 最初こそは土気色で寝込んでいたけれど、今では元気いっぱいに船乗りの仕事を手伝ってくれてさえいる。僕はカレル様がダウンしたら宜しく、の意味を込めて彼らに目配せをしておいた。

 と。

 「船長――! 異国の船が見えますぜ! 多分アヤスラニだ!」

 マストの上に居た見張りが望遠鏡を片手に叫び出した。
 ファリエロは望遠鏡を手に右舷に寄る。僕もそちらへ近寄った。

 「小ぶりの船――確かにアヤスラニ帝国のものと思われる形だ。だが、商船がここまで回り込んで来るのはおかしい。恐らく海賊船か何かだろう――おい、お前ら! 遠くにいる内に回避して進むぞ!」

 「「「アイアイサー!!!」」」

 ファリエロの叫びに船乗り達が慌ただしく動き始めた。船の帆を張り、速度を上げる。

 「あっ、こちらへ近づいて来るつもりだよ!」

 向こうもこちらの船に気付いたのか、動き始めていた。
 こちらは大型商船、あちらは小回りの利く軽い船。武装はこちらが有利だけど、速さはあちらに利がある。

 「どんどん追いつかれてるんだけど!」

 言いながら、僕は望遠鏡を覗いた。相手の船に乗っている奴らの姿を見る。

 ――あ、これ海賊だ。間違いない。

 粗野な様子、服装等明らかに海賊だった。

 「ファリエロ! 間違いない、海賊だ!」

 「了解、グレイ坊! 砲撃手、射程圏内に入ったら威嚇砲を撃てっ!!」

 「アイアイサー、船長!」

 やがて、ドン! と砲撃が行われた。


***


 相手はなかなかしつこかった。威嚇砲撃を行って少しは速度を緩めたようだけれど、送り狼のように僕達の船の後をつけてきている。

 「グレイ様ー、僕達も砲撃やってみていいですかぁー?」

 場違いに呑気な声が掛けられた。この間延びした声はやはりというか。

 「えっと、カール?」

 「先輩達もー、やってみたいんですってー。どうせ海賊なんだし当たり所悪くて沈めても構わないんですよねー?」

 少年のようなワクワクした笑みを浮かべたカールの後ろにいる前脚ヨハン後ろ脚シュテファンもうずうずしている様子。
 ファリエロが良いって言うなら……とお茶を濁すと、許可が下りてしまった。

 「お、俺も……」

 よれよれになりながらも立候補したカレル様。返事も聞かずに大砲の近くへ移動する。
 砲撃手に玉込めと撃ち方を教わり始めた元気な三人と病人一人。
 カールが「じゃあカレル様が最初で。決めた通り順番は守ってくださいよ先輩ー!」等と文句を言っている。

 カレル様は見事に外した。相手の船はそれで舐めて掛かったのか、更に距離を詰めて来ている。

 「……」

 前脚のヨハンが狙いを定めて撃った。相手の船ギリギリの所で外してしまい、舌打ちをしている。
 後ろ脚のシュテファン、鶏蛇竜コカトリスのカールも惜しい所で外していた。

 彼ら、初めて撃ったとは到底思えないんだけど……。

 カレル様は一回撃って満足……というか力尽きたらしい。それからも三人は相手の船ギリギリの場所を掠めるように撃っていた。やはりわざとなんじゃないかと背筋が凍る。
 見ていた船員達はその度に口笛を吹いたり囃し立てている。

 そうこうしている内――前脚ヨハンの撃った玉が相手のメインマストを撃ち抜いた。

 「あっ!!!」

 船乗り達は歓声を上げる。
 相手の船は瞬く間に失速して取り残され、その姿が小さくなっていった。誰かが銃を怒りに任せて撃ったようだけど、こうなってはもう後の祭り。

 「舵を陸へ切れ!」

 脅威が去り、ファリエロは号令を下す。ガリア中部と南部の間にある港町トルトリノに着いた頃には、もう夕方になっていた。
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