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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(87)
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ナヴィガポールを出発してから数日。僕達はゴルフォベッロに到着していた。
役人に証明書を見せ、審査を終えて宿を取った後。僕はカールを連れて、キーマン商会の支店に顔を出していた。
何か情報は入っていないかと訊けば、やはりコスタポリの被害が酷いという事だった。情報が入ってすぐ、陸路で救援に向かわせたとの事。もし商会の者が生きていればこちらへ連れて来るそうだ。
それを聞いて安心した僕は、礼を述べた。これまではコスタポリの支店の方が大規模で、この町の支店はそこそこの大きさだったけれど、このような事があった以上はゴルフォベッロ支店に統一して大きくするべきだろう。
その事を踏まえて不動産を探しておいて欲しいと頼んだ後、僕達は宿へと戻った。
そして明くる日の朝食後――散歩に出るというマリーについていくと、港にはトラス王国の軍艦がひしめいていた。
***
港は船乗りやガリアの軍服を着た人々が忙しなく行き交っている。ふと僕達の船を見ると、タラップの下でファリエロが軍人と何やら話している。
あの青緑の制服は確か――。
「ガリア軍人、しかも正規兵が何故……」
じっと見つめていると、話が終わったのか軍人は離れて行った。僕達が近付くと、気付いたファリエロが片手を上げて挨拶をする。先程の軍人は何だったのかと訊けば、僕達の出航時間を知りたかったらしい。このゴルフォベッロをコスタポリ救援の為の拠点にするとかで。それで軍艦がここへ集まって来ていたのか、と納得する。
「『整列!』」
僕達の船の隣、立派な軍艦の前に壇が設えられ、ガリア語で号令が掛けられている。
壇の上には何人かのマントを纏った上級士官が数人居り、その内の一人がガリア語で演説を始めた。
「『……以上、諸君はコスタポリの惨状を目にしたことだろうと思う! 想像以上に状況は厳しい! 物資を運び終わって終わりではなく、かの地を救う為の作戦に取り掛かる事になる! それには困難が伴い、忍耐と己の体力の限界を試される事だろう!
しかし我々が迅速に規律ある働きをする事で、救われる命もまたあるのだ! これより本作戦の統括責任者であられるシルヴィオ殿下からのお言葉を賜る。皆、心して拝聴するように!』」
シルヴィオ殿下――確かそのような名前の王子がガリアに居た筈。演説の成り行きを見守っていた周囲の人々も私語を慎み始め、辺りは静かになった。
白いマントを纏った若く立派な体躯の青年が登壇すると、軍人達が一斉に膝をついて最上の礼を取る。
と、その時。
「――あっ!!?」
マリーが素っ頓狂な声を上げた。その声は静かになっていた港にやけに響いたように思う。
案の定、軍人達が鋭い目をマリーに向けた。ガリアの王子殿下であろうその人も。
しかし意外にも、彼はマリーを見るなり、驚いた表情になった。
傍に居た軍人達が「『あの女は誰だ』」「『無礼な』」等と騒ぎ出すのを手を振って制すると、首を振りながら何事かを言っている。そして前に向き直ると――
「『あの美しい御令嬢は問題ない、彼女は私の友人だ。このような所で偶然会う等思いも寄らなかったが、作戦前に女神のような姿を拝する事が出来るとは寧ろ幸先が良いではないか。さて、改めて話をしよう。この作戦についてだが――』」
驚きの言葉を発したのだった。
***
マリーが、ガリアの王子と知り合い……?
演説が終わると、解散となった。シルヴィオ殿下は側近らしき軍人達数人と共にこちらへと急いでやってくる。そして流暢なトラス王国語でマリーに話しかけた。
「……まさかこんな所でマリーに再会するとは」
「シル……よね。久しぶり」
呆然として見つめ合う二人。「こちらこそ、こんな所で会うなんて…」と続けるマリー。
彼女は特に高位貴族や王族に近付く事を良しとしない人なのに――親密な様子で愛称で呼び合っている事に胸の中がモヤモヤとする。何時、何処で知り合っていたのだろうか。
そこまで考えて、そう言えばマリーの手紙でメテオーラ嬢とその従兄弟とお茶会をして庭で遊んだと書いていたなと思いだす。まさか。
「『トラス王国の貴族――先程、殿下のご友人だと仰いましたが、それは特別な意味ですかな?』」
側近の一人が値踏みするようにマリーを見る。シルヴィオ殿下は冷ややかな眼差しを返した。
「『馬鹿な事を言うな。トラス王国滞在時に知り合ったのだ。彼女はキャンディ伯爵令嬢、メティの友人でもある。為人は私が保証する。お前が口出しする事ではない、下がれ』」
「『はっ』」
シルヴィオ殿下の返事が面白くなかったのだろう、軍人は僕達に視線を巡らせながら「失礼の無いように」とトラス王国語で言い捨てて少し離れて控えた。
僕がマリーにシルヴィオ殿下の事について訊ねると、やはり彼はメテオーラ嬢との従兄弟という事だった。恐らくお忍びで、身分を隠していたに違いない。
正しく名乗れば『シルヴィオ・プリモ・ガリア』。ガリアの第一王子殿下で間違いない。
僕は王族に対する礼を取って確認すると、「やはりバレてしまったか」と肩を竦めている。マリーがぎょっとした様子で「シル、王子様だったの!?」と慌てていた。
やはり、と思って少し安心する。もしガリアの王子だという事がバレていたらマリーは会おうともしなかっただろうから。
シルヴィオ殿下は、「第一王子とは言っても王太子ではないし、後ろ盾の無い気楽な放蕩王子、実質そこいらの貴族令息と同じようなもの」等と笑いながら仰っている。
事実、放蕩王子だという噂はある。けれども、本当に無能ならコスタポリの救援に軍を率いて向かわせられる筈もないと僕は思う。
内心警戒心を強めていると、殿下は見定めるような眼差しで僕の方を向いた。
「ところで君は?」
「申し遅れました、私はグレイ・ルフナーと申します」
名乗るとマリーが婚約者である事を補足した。シルヴィオ殿下は僕の姓に聞き覚えがあったようで、何やら考え込んでいる。やがて掌を叩き、キーマン商会の名を出した。
うちの船はガリアでは主に補給で動く事が多い。アヤスラニ帝国やその向こうの海の彼方の国々と貿易をする為にガリアの港町に店や拠点を構えている形だ。拠点はそれなりに大きいけれど、ガリア内陸は全くの勢力圏外。それなのに知られていたとは。
自分よりも僕の方が力を持っているとのたまう殿下。僕は内心冷や汗を流していた。何故なら、ガリア王家にうちの商会が一目置かれているという事を知ってしまったからだ。
これは色んな意味で気を付けなければ。僕は「御戯れを」と恐縮して返事をするので精一杯だった。
「ところで、何故マリーはこんな時期にガリアに? 彼が居るという事はナヴィガポールから出航したんだろうけれど、トラス王国では地揺れと大波は大丈夫だった?」
シルヴィオ殿下はさり気なく探りを入れて来る。ルフナー子爵領もしっかり把握されていた。マリーが被害は限定的で無事だったと言い、巡礼の旅だと説明する。サリューン枢機卿の存在で何とか怪しまれずに済んだ。
マリーが逆に質問をするも、シルヴィオ殿下は知られている事実以上の事は語らなかった。油断ならない人だ。ここに長居をするのは良くないだろう。
シルヴィオ殿下と別れた後、僕はファリエロに出航の準備を急がせる事に決めた。
役人に証明書を見せ、審査を終えて宿を取った後。僕はカールを連れて、キーマン商会の支店に顔を出していた。
何か情報は入っていないかと訊けば、やはりコスタポリの被害が酷いという事だった。情報が入ってすぐ、陸路で救援に向かわせたとの事。もし商会の者が生きていればこちらへ連れて来るそうだ。
それを聞いて安心した僕は、礼を述べた。これまではコスタポリの支店の方が大規模で、この町の支店はそこそこの大きさだったけれど、このような事があった以上はゴルフォベッロ支店に統一して大きくするべきだろう。
その事を踏まえて不動産を探しておいて欲しいと頼んだ後、僕達は宿へと戻った。
そして明くる日の朝食後――散歩に出るというマリーについていくと、港にはトラス王国の軍艦がひしめいていた。
***
港は船乗りやガリアの軍服を着た人々が忙しなく行き交っている。ふと僕達の船を見ると、タラップの下でファリエロが軍人と何やら話している。
あの青緑の制服は確か――。
「ガリア軍人、しかも正規兵が何故……」
じっと見つめていると、話が終わったのか軍人は離れて行った。僕達が近付くと、気付いたファリエロが片手を上げて挨拶をする。先程の軍人は何だったのかと訊けば、僕達の出航時間を知りたかったらしい。このゴルフォベッロをコスタポリ救援の為の拠点にするとかで。それで軍艦がここへ集まって来ていたのか、と納得する。
「『整列!』」
僕達の船の隣、立派な軍艦の前に壇が設えられ、ガリア語で号令が掛けられている。
壇の上には何人かのマントを纏った上級士官が数人居り、その内の一人がガリア語で演説を始めた。
「『……以上、諸君はコスタポリの惨状を目にしたことだろうと思う! 想像以上に状況は厳しい! 物資を運び終わって終わりではなく、かの地を救う為の作戦に取り掛かる事になる! それには困難が伴い、忍耐と己の体力の限界を試される事だろう!
しかし我々が迅速に規律ある働きをする事で、救われる命もまたあるのだ! これより本作戦の統括責任者であられるシルヴィオ殿下からのお言葉を賜る。皆、心して拝聴するように!』」
シルヴィオ殿下――確かそのような名前の王子がガリアに居た筈。演説の成り行きを見守っていた周囲の人々も私語を慎み始め、辺りは静かになった。
白いマントを纏った若く立派な体躯の青年が登壇すると、軍人達が一斉に膝をついて最上の礼を取る。
と、その時。
「――あっ!!?」
マリーが素っ頓狂な声を上げた。その声は静かになっていた港にやけに響いたように思う。
案の定、軍人達が鋭い目をマリーに向けた。ガリアの王子殿下であろうその人も。
しかし意外にも、彼はマリーを見るなり、驚いた表情になった。
傍に居た軍人達が「『あの女は誰だ』」「『無礼な』」等と騒ぎ出すのを手を振って制すると、首を振りながら何事かを言っている。そして前に向き直ると――
「『あの美しい御令嬢は問題ない、彼女は私の友人だ。このような所で偶然会う等思いも寄らなかったが、作戦前に女神のような姿を拝する事が出来るとは寧ろ幸先が良いではないか。さて、改めて話をしよう。この作戦についてだが――』」
驚きの言葉を発したのだった。
***
マリーが、ガリアの王子と知り合い……?
演説が終わると、解散となった。シルヴィオ殿下は側近らしき軍人達数人と共にこちらへと急いでやってくる。そして流暢なトラス王国語でマリーに話しかけた。
「……まさかこんな所でマリーに再会するとは」
「シル……よね。久しぶり」
呆然として見つめ合う二人。「こちらこそ、こんな所で会うなんて…」と続けるマリー。
彼女は特に高位貴族や王族に近付く事を良しとしない人なのに――親密な様子で愛称で呼び合っている事に胸の中がモヤモヤとする。何時、何処で知り合っていたのだろうか。
そこまで考えて、そう言えばマリーの手紙でメテオーラ嬢とその従兄弟とお茶会をして庭で遊んだと書いていたなと思いだす。まさか。
「『トラス王国の貴族――先程、殿下のご友人だと仰いましたが、それは特別な意味ですかな?』」
側近の一人が値踏みするようにマリーを見る。シルヴィオ殿下は冷ややかな眼差しを返した。
「『馬鹿な事を言うな。トラス王国滞在時に知り合ったのだ。彼女はキャンディ伯爵令嬢、メティの友人でもある。為人は私が保証する。お前が口出しする事ではない、下がれ』」
「『はっ』」
シルヴィオ殿下の返事が面白くなかったのだろう、軍人は僕達に視線を巡らせながら「失礼の無いように」とトラス王国語で言い捨てて少し離れて控えた。
僕がマリーにシルヴィオ殿下の事について訊ねると、やはり彼はメテオーラ嬢との従兄弟という事だった。恐らくお忍びで、身分を隠していたに違いない。
正しく名乗れば『シルヴィオ・プリモ・ガリア』。ガリアの第一王子殿下で間違いない。
僕は王族に対する礼を取って確認すると、「やはりバレてしまったか」と肩を竦めている。マリーがぎょっとした様子で「シル、王子様だったの!?」と慌てていた。
やはり、と思って少し安心する。もしガリアの王子だという事がバレていたらマリーは会おうともしなかっただろうから。
シルヴィオ殿下は、「第一王子とは言っても王太子ではないし、後ろ盾の無い気楽な放蕩王子、実質そこいらの貴族令息と同じようなもの」等と笑いながら仰っている。
事実、放蕩王子だという噂はある。けれども、本当に無能ならコスタポリの救援に軍を率いて向かわせられる筈もないと僕は思う。
内心警戒心を強めていると、殿下は見定めるような眼差しで僕の方を向いた。
「ところで君は?」
「申し遅れました、私はグレイ・ルフナーと申します」
名乗るとマリーが婚約者である事を補足した。シルヴィオ殿下は僕の姓に聞き覚えがあったようで、何やら考え込んでいる。やがて掌を叩き、キーマン商会の名を出した。
うちの船はガリアでは主に補給で動く事が多い。アヤスラニ帝国やその向こうの海の彼方の国々と貿易をする為にガリアの港町に店や拠点を構えている形だ。拠点はそれなりに大きいけれど、ガリア内陸は全くの勢力圏外。それなのに知られていたとは。
自分よりも僕の方が力を持っているとのたまう殿下。僕は内心冷や汗を流していた。何故なら、ガリア王家にうちの商会が一目置かれているという事を知ってしまったからだ。
これは色んな意味で気を付けなければ。僕は「御戯れを」と恐縮して返事をするので精一杯だった。
「ところで、何故マリーはこんな時期にガリアに? 彼が居るという事はナヴィガポールから出航したんだろうけれど、トラス王国では地揺れと大波は大丈夫だった?」
シルヴィオ殿下はさり気なく探りを入れて来る。ルフナー子爵領もしっかり把握されていた。マリーが被害は限定的で無事だったと言い、巡礼の旅だと説明する。サリューン枢機卿の存在で何とか怪しまれずに済んだ。
マリーが逆に質問をするも、シルヴィオ殿下は知られている事実以上の事は語らなかった。油断ならない人だ。ここに長居をするのは良くないだろう。
シルヴィオ殿下と別れた後、僕はファリエロに出航の準備を急がせる事に決めた。
応援ありがとうございます!
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