貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

聖地、奥の院。

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 これは、ナヴィガポールを出てから道中改めてグレイやカレル兄達ともよくよく話して決めた事である。
 何故と問われ、私は要点を押さえて説明した。

 「……という訳で、ナヴィガポールには王子殿下達がいらしている筈ですの。一応口止めはして来たのですが、今頃私が聖女とバレているかも知れません。
 そうなってしまえば強硬手段に出られかねませんわ。仮にグレイと結婚しても、離婚させられて無理やり王位継承の為に側妃にされる可能性に気付いてしまいまして。
 そこで、教皇猊下に私達の結婚の後ろ盾になって頂ければ、と。そうなれば、それを覆そうとするのは破門覚悟でなければ出来ませんわよね」

 「成る程……分かりました。しかし婚姻に必要な届け出などはお持ちなのでしょうか?」

 「ええ、兄が持っております」

 カレル兄が、こちらに…と書類を出した。私はそれを受け取って、サングマ教皇へ渡す。
 書類広げて目を通すと、「不備はありませんね」と頷いた。

 「そういう事でしたら婚姻を祝福致しましょう。グレイ殿にも聖女様の夫君として『名誉枢機卿』の称号を差し上げれば箔も付く事かと。
 折角ならば、聖女様のお披露目と共に執り行おうと思うのですが如何でございましょうか。丁度『聖女降臨節』もございますし、新年の寿ぎもまだ続いておりますので」

 『聖女降臨節』とは、新年始まって間もなくの祝日で、初代聖女が初めて奇跡を起こした日とされている。何でも、泥水を真水に変えたらしい。まさか、キャロ……いや、何でもない。
 視界の隅に映るグレイが口をポカンと開けて驚いている。私はパチンと手を打ち鳴らした。

 「まあ、素晴らしいわ! 良い考えですわね、年が明けても旅路では碌に祝えなかったものですから。それでお願い致します」

 新年を迎えたのはゴルフォベッロを発って数日後だったが、海賊に追いかけられたりしてそれどころじゃなかったのである。
 グレイにも強力な身分と後ろ盾が保証されるのだ。サングマ教皇の提案に乗る事にした。


***


 泊る部屋に案内して貰い、持ってきた荷物を運び終わって一息ついたところで――私は『聖女の手記』を見せて貰う事になった。
 聖地でも奥の院ともいえる場所なので、連れて行く人間は出来るだけ限定して欲しいとの事。そこで、グレイとカレル兄、馬の脚共ヨハンとシュテファンを選別する。(馬の脚共にはどちらか一人で良いと言ったのだが、譲れないらしく捻じ込まれた。)

 道すがら、コーヒーバンカムの事について訊いてみると、異国で飲まれているからと言って別にいちいち禁止したりはしていないらしい。
 カフェを開こうと思っていると伝えると、気になるようなら祝福をしてくれるらしい。ありがたや~。
聖地にも飲んでいる人はいるらしい。一緒にカフェオレを飲む事を約束。
 「カフェインという物質がですね」等とお茶やコーヒーに共通する成分の説明をしていると、開けた中庭のような場所に出た。

 「ここは……?」

 中庭と言ってもかなり広い。中央付近には樹齢千年は超えてそうな大木が聳え立っている。その近くには小さな鳥居と、切り出した石を積んで作られたような四角い建物。

 「ここは初代聖女様とその夫である王の墓なのでございます。中央大聖堂や他の建物は、かつてあった王宮を礎として建てられており、全てこの場所を護る為にあります」

 言って、サングマ教皇は祈りを捧げる。私達もそれに倣った。

 「さて、手記がある場所へとご案内致しましょう」

 そこから少し歩き、更に奥へと進むと石造りの大きな建物が見えて来た。修道騎士達によって厳重に守られている。

 「こちらは古代の王や初代聖女様の遺品や、貴重な資料等を保管している場所でございます」

 保管の為に日光を極限まで制限している造りの為か、中は非常に薄暗かった。騎士が用意してくれたランタンに火を点して建物に入ると、そこには幾重にも重なったガラスケースに入れられた数々の品が安置されていた。

 「初代聖女様の手記の原本でございます。写しは後程お見せしましょう」

 案内された先には、ボロボロの羊皮紙が安置されていた。死海文書みたいだと思う。しかし書かれていた文字は――

 「『日本語』……」

 それも、歴史的仮名遣いでも変体仮名でも近代の書き方でもない、現代の文章だった。はっきりとした綺麗な文字だ。


 『――あの寒い日の事はよく覚えている。富士山が噴火して、火砕流が東海道を飲み込んだ。それから何日も経たない内に首都直下地震が起こり、液状化と津波によって東京は壊滅。日本が機能不全と混乱に陥っている隙を突かれる形で戦争になった。私の住む宮崎は安全だったけれど――』



 ドクリ。



 目に飛び込んで来たその文章に、心臓が嫌な音を立てる。カチリ、と何かの音がしたかと思うと、脳裏に記憶の洪水が一気に溢れ出してスパークした。
 誰かの叫び声の中、意識がすぅっと薄れて行って――全ては暗黒に呑まれていく。



 そうだ――私。前世は東京に住んでいたんだ。


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