貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

アヤスラニ帝国人は怪すぃらに。

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 「うぅ……まだ地面が揺れている気がする。吐きそう……」

 船から降りたカレル兄の足取りが覚束ない。かくいう私も同じ気持ちだった。
 吐き気こそは無いが、頭がぐらぐらしている気がする。何せずっと船で揺られていたのでそれに慣れてしまっていたのだろう。

 懸念していた船酔いは意外と大丈夫だった。グレイの言う通り、ずっと横になっていたのもあるし、自然の風と波を受けて動く帆船だからかも知れない。逆に船酔いが一番酷かったのがカレル兄とエヴァン修道士。最初こそは色々船内を動き回っていたのが、船酔いになるなり私と同じくハンモックでぐったりしていた。

 ファリエロがそんな私達を見て「船乗りなら誰しも通る道ですよ」とおかしくってたまらないという風に笑っている。グレイとサリューン枢機卿も苦笑いを浮かべていた。

 馬の脚共ヨハン・シュテファン中脚カール、サリーナはと言えば。彼らは始めは吐いたりもしていたが、徐々に慣れるタイプだった。大丈夫なのかと訊けば、波の動きに体を合わせる事で酔わないと学習したらしい。

 その時私はハンモックの中で震えていて見ていなかったが、海賊の船に狙われた時等は威嚇砲撃を手伝ったりもしたそうだ。
 砲撃の音がする度、ガリア軍仕事しろと何度呪った事か。ファリエロによれば、コスタポリ救援で王都ティタルミノーザから艦隊が出て行った事で、南部の守りが多少手薄になったから出没したのだろうという事だった。
 「まああれぐらいなら日常茶飯事ですよ。こちらが砲を多数持っていると分かればあっさり逃げて行きます。文字通り大船に乗った気分でご安心を」とからからと笑うファリエロ。サリューン枢機卿も「この船なら滅多な事にならない限り大丈夫です」と頷いていたっけ。

 海賊が出没した事が原因なのか、補給に降りた町では船の検問を受けたけれど、こちらはキーマン商会とサリューン枢機卿の御威光であっさり問題無しとなる。
 検問を受けるがてらファリエロが役人に逆に聞き込みをしたところ、このコリピサの町周辺の海域にもアヤスラニ帝国のものらしき海賊船が数隻出没したらしいが、これは同国の商船を襲っている所をガリア南部諸侯の軍艦が駆逐したらしい。

 そんな事を思い出しながら。

 「本当、無事に着いて良かったわ。海賊船はもうこりごりだもの」と溜息を吐きながら言えば、

 「そうそう、あの異教徒の海賊船ですがね。『地揺れと大波でガリア王国が打撃を受け、守りが手薄になったという情報を一早く掴んで動いたのか、それとも偶然だったのか』と酒場では噂になっていましたよ」

 とマルコが口を挟む。ファリエロは「偶然だと思うがな」と返していた。

 「へぇ、何故ですかい?」

 「情報を掴んだとしたら余りにも早過ぎる。それに、さっきから気になっているんだが帝国人がかなりうろうろしているな。まるで

 ――何かを探している?

 気になる言葉にちらりと周囲を窺ってみる。

 多くの聖職者や巡礼者、商人や庶民達に交じって、明らかに異文化、異国人と分かる人々が居た。
 頭にターバンを巻いたり、台形の帽子を被ったりした浅黒い肌の――詰襟のシャツにゆったりとしたサルエルパンツを穿き、腰には布の帯、曲がったナイフを差している――中東人っぽい顔立ちの人達が、確かに挙動不審にウロウロしている。白人系の中にあってかなり目立っていた。

 「……まさかマリー様を」

 サリーナが私を庇う様に動き、懸念を口にした。馬の脚共と中脚もピリリと殺気立って周囲を固める。しかしファリエロは首を振った。

 「アヤスラニ帝国にその情報が漏れるとは思えません。それに奴らは姫様を見ても何の反応も示していない。狙いは別の何かではないかと」

 「いずれにせよ、警戒しておかねば」

 後ろ脚シュテファンが帝国人達を睨みつけた。丁度目があったのか、彼らは顔を引きつらせて離れて行く。
 それを何となしに見送っていると、

 「恐れ入りますが、サリューン・フォワ枢機卿でいらっしゃいますか?」

 流暢なトラス王国語が聞こえて来た。振り向くと、短い巻き毛の壮年の聖職者が幾人かの修道士を引き連れて立っていた。
 その姿には見覚えがある。確か、教皇のお付きをしていた一人だ。
 サリューン枢機卿は破願すると、聖職者の礼を取る。

 「これは、エトムント・サラトガル枢機卿。お久しぶりですね」

 「実は、地揺れと大波の報を受けて教皇猊下の命にてお待ちしておりました。マリアージュ様、御身の御来駕を心より歓迎申し上げます」

 頭を下げた彼らに私は「わざわざお出迎えありがとうございます」と淑女の礼を以って返す。ファリエロは船へと戻って行き、そこで別れた。エトムント枢機卿達に「ではこちらへ、」と案内された先はコリピサの町の修道院。
 大きな大聖堂を擁するそこは、聖地に上がる資格を得る為に修道士が各地より集まっているそうで、規模もかなりのものだった。ソルツァグマ修道院とは段違いの大きさである。

 そこの修道院長に挨拶をしたり、聖地へ向かう段取りを確認したりした後。

 グレイがキーマン商会のコリピサ支部へ顔を出しに行くと言うので、私達も同行する事になった。そこを切り盛りしているのはジュデの両親らしい。



***



 キーマン商会のコリピサ支部はかなり大きな建物だった。グレイ曰く、ここはアヤスラニ帝国や東側諸国との重要な交易拠点なんだそう。
 私の大好きな紅茶も、アヤスラニ帝国の南側の海を通ったずっと先にあるカマル帝国という国から運ばれて来ているらしい。

 取次ぎを頼んだ後、慌ててやってきた二人にグレイがにこやかに声を掛けた。

 「やあ、久しぶりだね二人共。元気そうで良かった」

 「これはグレイ様。お久しぶりでございます」

 「こちらは僕の婚約者のマリアージュ・キャンディ。トラス王国のキャンディ伯爵家のご令嬢なんだ」

 「はじめまして」

 私は名乗って淑女の礼を取る。相手も恐縮しながら挨拶を返してくれた。
 ジュデの両親は父親がトリスタン、母親がイズー。黒髪で立派な肉体の男性に金髪でたおやかな印象の女性はある物語を彷彿とさせ――元ネタが不倫である事に目を瞑れば、何ともロマン溢れる組み合わせである。ちなみにジュデは父親似だった。

 応接間に通され、お茶を供される。旅の無事を喜ぶ言葉と共にやはり話題になるのは地震と津波の事だった。

 「ナヴィガポールも被害を受けたけど、マリーのお蔭で皆命は無事だったよ。大波の被害を受けたのも港地区が中心で、復興は一週間で済んだ。レイモンもジュデも皆無事だよ」

 グレイはナヴィガポールであった事を話した。彼らは秘密を守れる信頼出来る身内なので私が聖女だという事を話しても大丈夫だそうだ。トリスタンとイズーは驚きながらも話を聞き終わると、

 「それを聞いて安心いたしました。本当に何とお礼を申し上げればいいのか」と私に頭を下げた。

 「コスタポリの惨状を伝え聞いて、ナヴィガポールももしやと思い……心配していたのです」とトリスタン。イズーもホッとしたのか涙ぐんでいる。

 「皆無事で本当に良かったわ。マリアージュ様、街の人々の命を救って下さりありがとうございました」

 「いいえ、どういたしまして。ジュデット様にも色々復興のお手伝いをして頂いたんですよ」

 私はジュデが裁縫を手伝ってくれた事を話した。色々悩みながらも彼女なりに町の人達の為に頑張っていた事も。御両親は嬉しそうにそれを聞いている。娘さんとなかなか会えないのだろう。

 と。

 不意にノックの音が部屋に響いた。
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