貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
187 / 690
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(82)

しおりを挟む
 八本足の肉片はほとんど噛まずに丸呑みして、完食した瞬間力尽きて机に突っ伏してしまう。
 僅差でリノには負けたけど、何とか面子を保った僕。

 少し離れたテーブルではマリーが美味しそうに口をもぐもぐとさせていて、それにつられたのか、カレル様やエヴァン修道士、サリーナ、隠密騎士三人が少しずつ貰って味見していた。
 負けず嫌いのジュデットも八本足を口にして――多分噛まずに吞み込んだんだろうけど――八本足も食べれば大したことは無いと虚勢を張っている。

 そこへ、一人の船乗りの男が近づき、八本足以上にグロテスクな海鼠を、しかも生の料理で差し出した。ファリエロが男の名を諫めるように呼んだ。海鼠を見たジュデットは悲鳴を上げ、前脚ヨハンと後ろ脚シュテファンが無礼なと声を上げる。
 逆恨み? と疑問に思っていると、どうもあのマルコと言う男はマリーに賭けていたらしく。それが台無しになったから海鼠で逆恨み、という事かと合点した。
 しかしやはりマリーは流石と言うか。平気な顔で海鼠料理を口にして、あまつさえ白ワインが飲みたいとさえ言ってのけた。今度は海鼠の肉片を差し出し、反撃に出たマリー。
 マルコはそれを口に入れる度胸は無かったようで、とうとう土下座してしまう。ファリエロは呵々大笑するとマリーを認め、船乗り達もそれに倣って敬礼をする。

 止めておけばいいのに、負けず嫌いの心を奮い立たせたのか。ジュデットは「私だって!」と声を上げてしまった。すると当然、親切なマリーは「食べてみます?」と海鼠をジュデットの顔の前にぶら下げて、あーんとやる。
 憐れ、ジュデットは今更やっぱり要らないとも言えず、また口に入れる事も出来ず、とうとう気絶してしまった。
 慌ててジュデットを抱き留めるカレル様。リノが「やれやれ」と溜息を吐いて立ち上がった。

 「自分で仕掛けておいて、昔から墓穴を掘る所あるよなあいつ。グレイ坊ちゃん、悪いけど俺、抜けるわ。後の案内は親父に任せるから」

 「あ、ああ。うん分かった」

 ジュデットはリノに背負われて、領主館へ戻って行ったものの。

 結局、僕達もあれから買い物を済ませて直ぐに領主館へ戻った。マリーが夕食に作ったのは、『オコノミ』という野菜や豚肉、海産物等を小麦粉と魚粉と水を混ぜて作った生地に入れ、焼くという料理。
 ソースにデーツを使うのは意外で、色々な材料を混ぜ込んでいたから味が心配だったけれど、出来上がってみると絶品だった。
 材料を考えてみれば何とも贅を尽くした料理だ。きっとマリーは海でこれが食べたかったんだろうな、と納得する。

 「グレイ様、この『オコノミ』はマリアージュ様がお考えになったものなのでしょうか。海の物、山の物――色々な材料が贅沢に入っていて、これ一つで完結されている。しかも非常に美味で驚いております」

 レイモンが感心したように言い、僕は「そうだよ」と頷いた。

 「マリーは色んな事を知っているんだ。キャンディ伯爵家の料理は美食揃いだと社交界の評判になっている位で」

 八本足入り、流石に僕は遠慮したけれど、度胸試しに参加していない面々はすっかり気に入った様子で食べていた。
 この『オコノミ』はもしかするとこの町の名物になるかも知れない、そう言うと、レイモンも頷く。

 「元々この町にはそう言った名物等はありませんでしたから。これならば貴人に出してもおかしくないかと。レシピをお教え頂く訳にはいかないのでしょうか」

 「ああ、訊いてみるよ」

 彼女は快く教えてくれるだろう。材料にかなり輸入食材を使っていて、海から採れる物も必要――正にこのナヴィガポールにうってつけの料理だ。

 『オコノミ』を食べた後、マリーと二人並んで串焼きを食べる。マリーのは子クラーケンのだったけれど。度胸試しの魚もマリーにかかればただの美味しい物、なんだろうなぁ。

 マリーはこの町に来て良かったと言ってくれた。僕もナヴィガポールは好きだから嬉しい気持ちになる。
 老後はこの町で暮らそうか、なんて遥か未来の事を話す。ああでも、その時は度胸試しの魚は遠慮したいな。
 そう言うと、笑い出すマリー。

 ――未来、か。

 満天の星空を仰ぎ見る。僕達の子供が大人になる頃にはきっと、ナヴィガポール名物『オコノミ』が有名になっているかも知れない。そんな事を考え、僕はクスリと笑った。


***


 やってきた商船から荷下ろしされた品物は検分を経て倉庫へ運ばれ、交易所で書類が作られる。倉庫で検査と仕分けを経た後、品物は荷馬車に積み込まれ、王国各地の商会へと運ばれて行く。

 今日はマリーは海岸で貝殻拾い。僕は別行動だ。交易所の二階にある執務室でお茶の仕入れ値についてランベールと話した後、リノとジュデットが訪ねて来ていた。話がある、というので屋上のテーブルを借りる。

 「どうしたの、ジュデット。話って?」

 促すと、下を向いて気まずそうにしているジュデット。リノが口を開いた。

 「訊きたい事があるんだとさ」

 「……あの、グレイ兄様は幸せ?」

 「えっ? どういう意味?」

 「私……グレイ兄様の婚約者が伯爵家のご令嬢だって聞いて、きっと問題ある人を無理やり押し付けられたんだって思ってたの」

 ぽつぽつと話すジュデット。「それで……」

 ああ、何となく分かった。ジュデットはそれで悪戯をしていたんだな。

 「でも、実際見たマリーは違った」

 そう言うと、こくりと頷く。ジュデットが海鼠に気絶した時の事を思い出して、悪い事をしたな、と思う。
 僕はマリーとの馴れ初めを差し支えない範囲で二人に語った。

 「……という事なんだ。性格的に問題がある訳じゃない。僕はキャンディ伯爵サイモン様に見込まれて婚約をしたんだ。マリーは社交界が嫌いで、ひっそりと穏やかに暮らしたいという人だよ。たとえ王子殿下に求婚されても彼女は断るだろうね」

 実際断ったけど、という言葉は飲み込んでおく。

 「僕はマリーが好きなんだ。彼女も僕を好きでいてくれる。だから今、とても幸せだよ」

 「……そうなの。それなら、良かった」

 ジュデットは少し寂しそうな微笑みを浮かべる。その表情になぜかドキリとした。
 もしかして……

 「だけどよ、ただの貴族令嬢じゃないよな、あの人」

 リノの言葉に思考を中断される。
 海鼠すら喜んで食べてたし、と続ける。ジュデットが思い出したのか顔色を変えて口元に手をやった。

 「まるで、みたいだ」

 「……あながち間違いじゃないかもね」

 「ふうん? まだ秘密があるって事か」

 鋭利な刃物ののような好奇心に満ちた眼差しを向けられる。その問いに、僕は沈黙の微笑みで返した。
しおりを挟む
感想 926

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 「番外編 相変わらずな日常」 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。