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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
揺れるイカエビピラフ。
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「サリューン枢機卿、お久しぶりです」
「聖女様、こちらこそお久しぶりです。無事にお会い出来た事に安堵しております」
一週間後、私はナヴィガポール修道院にてサリューン・フォワ枢機卿と落ち合っていた。
お互い淑女の礼と聖職者の礼で挨拶を交わす。それが終わると、エヴァン修道士が枢機卿に声を掛けた。
「サリューン猊下、道中御無事で何よりでございました」
「太陽神のご加護の賜物です。エヴァン修道士もお元気そうですね」
港町ナヴィガポールは如何ですか、の話題から始まり、どのように過ごしたかを話す。
サリューン枢機卿は何度かこの街に来た事があるらしい。
「ご存じのように、聖地へ行く船が出るのは唯一ガリア王国の港町コリピサのみ。コリピサとトラス王国間を結ぶ船がある港町は幾つかありまして、ナヴィガポールはその内の一つに数えられます」
ただし、ナヴィガポールからの便はそこまで多くないらしい。まあキーマン商会御用達の貿易港としての面が大きいのだろう。ここから少し離れた大きな港町ジュリヴァの方が巡礼者で賑わっているそうだ。
サリューン枢機卿は、巡礼者や教会の有力者に見つかったら祝福や接待で大変な目に遭うので、どちらかと言えば身分を隠してナヴィガポールをこっそり利用する事の方が多かったとか。苦労してるんだな。
「いつもなら船の出航まで何日か待たされるのですが、今回はルフナー子爵家がキーマン商会の船を使わせて下さるので嬉しい限りですよ」
「まあ、うふふ。私なら出航を待つまで何日あっても大丈夫ですわ。何といっても海の恵みが豊かなんですもの。特に八本足や子クラーケンが美味しくて美味しくて。枢機卿は召し上がった事はおありですか?」
にこやかに話を振ると、サリューン枢機卿は笑顔のままびしりと固まった。
***
折角昼食に誘ったのに、丁寧に断られてしまった。
ちなみに今日のメニューはイカとエビのピラフ。
交易所から安く手に入れる事が出来たというお米を貰ったのだが、以前グレイに貰ったのとは違って細長いインディカ米だった。
和食には不向きだが、これはこれでピラフやチャーハンに向いている。カレーでも問題無いだろう。ちなみに味付けは塩コショウとクミンでエスニック風。
「こいつは美味いな。東方の……何だったかな、アヤスラニ帝国に似たような料理があるというのを聞いた事がある」
ピラフを味見した髭親父が感心したように唸る。そう、私は領主館の厨房を借りるのもアレだし、とあのガリア料理の店を貸し切りにして大鍋で作って貰っていたのだ。ちなみにお米を提供してくれた交易所で働いている人達や船乗りの主だった面々をお誘いしている。
「アヤスラニ帝国?」
首を傾げると、グレイが引き取って答えた。
「異教徒の国だよ、東方の小国群より更に東にある国なんだ。バンカムが良く飲まれている」
「バンカム……ああ、コーヒーね」
アヤスラニ帝国、か。何となく前世のトルコを彷彿とさせるなぁ。エヴァン修道士が「い、異教徒の料理ですか!?」と動揺するのを、まあまあと宥める。食べ物の美味さは宗教関係無いし。
「……美味しいです」
「ちょっ、子クラーケンを俺の皿に除けるなよジュデ! ほら、エビやるから」
リノとジュデットは仲良く並んで食べていた。あのお好み焼きパーティーの日以降、二人の雰囲気が何となく変わった気がする。
リノはジュデットが倒れた時も、お好み焼きを運ぶ時も率先して動いていたから、もしかして。ふふふ、二人の仲をお姉さんは応援しているよ!
「マリー、僕の子クラーケンも……」
「もう、グレイったら。仕方ないわね!」
こちらは男女逆にしたようなやりとり。思わず笑いが込み上げて来る。それを見てカレル兄やファリエロが腹を抱えていた。
私が食べ終えかけたその時。交易所の責任者(ランベール・ジレスと名乗った)から色々話を聞いている最中にそれは起こった。
突如、ぐらり。
地面が揺れた。
ガタガタ、と揺れる建物。テーブルの端に置かれていたカップが落ちてけたたましい音を立てる。
私は咄嗟にピラフの皿が落ちないように確保した。
「マリー!」
グレイが血相を変えて私を庇う様に抱きしめて来る。十数秒の後、揺れは収まった。
――地震だ。
体感震度は三、四程度だろうか。無事だったピラフの最後の一口をもぐもぐ。
「お、お前……何で平気なんだよ! しかも動じずに食べてるし!」
真っ青になったカレル兄がこちらを指差して恐る恐る訊いて来た。
何でって。そりゃあ前世ぶりだし少しは驚いたけれど。
それよりも。
「グレイ、ありがとう。皆無事かしら?」
私はグレイの腕をポンポンと叩いて礼を言うと周囲を見渡した。
エヴァン修道士がガタガタ震えながら太陽神に祈りを捧げている。サリーナや馬の脚共、中脚は平静を装っているが顔色が悪い。ジュデットや交易所の面々も強張った表情をしていた。
比較的大丈夫そうなのはファリエロやリノ達船乗りである。普段から船上で揺られているからだろう。
「ファリエロさん。念の為、目の良い船員に船のマストに上って海を見張って貰っていいかしら。大きな波を見たら何か鐘のような大きな音を鳴らして知らせて欲しいの。街中に聞こえるような」
「大波が!? ――分かりました、行くぞマルコ。残りはここで姫様を手伝え」
表情を厳しいものに変えたファリエロがマルコを連れて駆け出していく。私は続けた。
「私達は住人に高台への避難を促しながら逃げます。老人子供が居れば手助けしてあげて。そうね、丘の中腹ぐらいまで逃げられれば」
震度からして、そんな街を飲み込む程の津波は来ないだろうが……万が一があり得るしな。
「アイアイサー!」
「ご安心を、住人は粗方把握しておりますので!」
具体的な事を提示されて少し安心したのだろう。やる気を見せた船乗り達と交易所の面々。何とも心強い限りである。
「お願いね。『すぐに火を消して高台へ逃げろ』と言うと良いわ。避難をどうしても拒んだら、屋根に上がれと言っておいて頂戴。船から大きな音が聞こえたら大波はすぐそこだという事。さあ、行くわよ!」
私達は外へ飛び出すと、口々に「すぐに火を消せ、高台へ逃げろ!」と叫びながら駆け出した。
「聖女様、こちらこそお久しぶりです。無事にお会い出来た事に安堵しております」
一週間後、私はナヴィガポール修道院にてサリューン・フォワ枢機卿と落ち合っていた。
お互い淑女の礼と聖職者の礼で挨拶を交わす。それが終わると、エヴァン修道士が枢機卿に声を掛けた。
「サリューン猊下、道中御無事で何よりでございました」
「太陽神のご加護の賜物です。エヴァン修道士もお元気そうですね」
港町ナヴィガポールは如何ですか、の話題から始まり、どのように過ごしたかを話す。
サリューン枢機卿は何度かこの街に来た事があるらしい。
「ご存じのように、聖地へ行く船が出るのは唯一ガリア王国の港町コリピサのみ。コリピサとトラス王国間を結ぶ船がある港町は幾つかありまして、ナヴィガポールはその内の一つに数えられます」
ただし、ナヴィガポールからの便はそこまで多くないらしい。まあキーマン商会御用達の貿易港としての面が大きいのだろう。ここから少し離れた大きな港町ジュリヴァの方が巡礼者で賑わっているそうだ。
サリューン枢機卿は、巡礼者や教会の有力者に見つかったら祝福や接待で大変な目に遭うので、どちらかと言えば身分を隠してナヴィガポールをこっそり利用する事の方が多かったとか。苦労してるんだな。
「いつもなら船の出航まで何日か待たされるのですが、今回はルフナー子爵家がキーマン商会の船を使わせて下さるので嬉しい限りですよ」
「まあ、うふふ。私なら出航を待つまで何日あっても大丈夫ですわ。何といっても海の恵みが豊かなんですもの。特に八本足や子クラーケンが美味しくて美味しくて。枢機卿は召し上がった事はおありですか?」
にこやかに話を振ると、サリューン枢機卿は笑顔のままびしりと固まった。
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折角昼食に誘ったのに、丁寧に断られてしまった。
ちなみに今日のメニューはイカとエビのピラフ。
交易所から安く手に入れる事が出来たというお米を貰ったのだが、以前グレイに貰ったのとは違って細長いインディカ米だった。
和食には不向きだが、これはこれでピラフやチャーハンに向いている。カレーでも問題無いだろう。ちなみに味付けは塩コショウとクミンでエスニック風。
「こいつは美味いな。東方の……何だったかな、アヤスラニ帝国に似たような料理があるというのを聞いた事がある」
ピラフを味見した髭親父が感心したように唸る。そう、私は領主館の厨房を借りるのもアレだし、とあのガリア料理の店を貸し切りにして大鍋で作って貰っていたのだ。ちなみにお米を提供してくれた交易所で働いている人達や船乗りの主だった面々をお誘いしている。
「アヤスラニ帝国?」
首を傾げると、グレイが引き取って答えた。
「異教徒の国だよ、東方の小国群より更に東にある国なんだ。バンカムが良く飲まれている」
「バンカム……ああ、コーヒーね」
アヤスラニ帝国、か。何となく前世のトルコを彷彿とさせるなぁ。エヴァン修道士が「い、異教徒の料理ですか!?」と動揺するのを、まあまあと宥める。食べ物の美味さは宗教関係無いし。
「……美味しいです」
「ちょっ、子クラーケンを俺の皿に除けるなよジュデ! ほら、エビやるから」
リノとジュデットは仲良く並んで食べていた。あのお好み焼きパーティーの日以降、二人の雰囲気が何となく変わった気がする。
リノはジュデットが倒れた時も、お好み焼きを運ぶ時も率先して動いていたから、もしかして。ふふふ、二人の仲をお姉さんは応援しているよ!
「マリー、僕の子クラーケンも……」
「もう、グレイったら。仕方ないわね!」
こちらは男女逆にしたようなやりとり。思わず笑いが込み上げて来る。それを見てカレル兄やファリエロが腹を抱えていた。
私が食べ終えかけたその時。交易所の責任者(ランベール・ジレスと名乗った)から色々話を聞いている最中にそれは起こった。
突如、ぐらり。
地面が揺れた。
ガタガタ、と揺れる建物。テーブルの端に置かれていたカップが落ちてけたたましい音を立てる。
私は咄嗟にピラフの皿が落ちないように確保した。
「マリー!」
グレイが血相を変えて私を庇う様に抱きしめて来る。十数秒の後、揺れは収まった。
――地震だ。
体感震度は三、四程度だろうか。無事だったピラフの最後の一口をもぐもぐ。
「お、お前……何で平気なんだよ! しかも動じずに食べてるし!」
真っ青になったカレル兄がこちらを指差して恐る恐る訊いて来た。
何でって。そりゃあ前世ぶりだし少しは驚いたけれど。
それよりも。
「グレイ、ありがとう。皆無事かしら?」
私はグレイの腕をポンポンと叩いて礼を言うと周囲を見渡した。
エヴァン修道士がガタガタ震えながら太陽神に祈りを捧げている。サリーナや馬の脚共、中脚は平静を装っているが顔色が悪い。ジュデットや交易所の面々も強張った表情をしていた。
比較的大丈夫そうなのはファリエロやリノ達船乗りである。普段から船上で揺られているからだろう。
「ファリエロさん。念の為、目の良い船員に船のマストに上って海を見張って貰っていいかしら。大きな波を見たら何か鐘のような大きな音を鳴らして知らせて欲しいの。街中に聞こえるような」
「大波が!? ――分かりました、行くぞマルコ。残りはここで姫様を手伝え」
表情を厳しいものに変えたファリエロがマルコを連れて駆け出していく。私は続けた。
「私達は住人に高台への避難を促しながら逃げます。老人子供が居れば手助けしてあげて。そうね、丘の中腹ぐらいまで逃げられれば」
震度からして、そんな街を飲み込む程の津波は来ないだろうが……万が一があり得るしな。
「アイアイサー!」
「ご安心を、住人は粗方把握しておりますので!」
具体的な事を提示されて少し安心したのだろう。やる気を見せた船乗り達と交易所の面々。何とも心強い限りである。
「お願いね。『すぐに火を消して高台へ逃げろ』と言うと良いわ。避難をどうしても拒んだら、屋根に上がれと言っておいて頂戴。船から大きな音が聞こえたら大波はすぐそこだという事。さあ、行くわよ!」
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