貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

馬の耳、どこ吹く風。

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 日焼けをした、野性味のある印象。頭にはバンダナが巻かれており、その下から肩まで髪が伸びていた。着ている服装はゆったりした胸元の広いシャツに太もも丈のベスト。
 腰にはベストの上から異国風に布が巻かれており、更にその上に重ねるように武骨な革ベルトが締められ、短剣が下げられていた。ゆったりとしたズボンとブーツを合わせたその姿は、何となく海賊を思わせる。

 しげしげと新たな顔を観察していると、グレイが右手を上げた。

 「リノじゃないか。久しぶり」

 「ああ、坊ちゃんも久しぶり。こっちに来てたんなら、港に顔を出してくれりゃあ良かったのにさ」

 拳をこつんと軽くぶつけ合っている。
 気軽な友達同士の挨拶、という感じだ。

 「坊ちゃんはやめてくれよ、もう婚約者がいる年齢なのに。それに、港にはこれから行こうと思ってたんだ。ファリエロは元気?」

 「ああ、大砲食らってもピンピンしてる。殺しても死なないぐらい元気さ。ところで婚約者? もしかして連れて来てんのか?」

 「グレイ、その方は?」

 私の話題が出たので、思わず声を掛けた。
 リノという名の男の子の視線がこちらを向き、ばっちりと目が合う。彼の目が何かに驚いたように大きく見開かれた。

 「ああ、こちらは――」

 グレイが振り返って紹介しようとすると、「凄っげぇ、本物のお姫様じゃねーか! 坊ちゃ、グレイ様には勿体ない位の美人――」

 「ちょっと、今僕が紹介しようとしたのに!」

 グレイが怒ったように言うのも構わず、リノは目の前にやってきて、いきなり片膝をつき、騎士のような礼を取った。

 「俺はリノ・ルリエール。初めまして、美しいお姫様」

 私の手を取って口付けをする。既視感に、ああこれはと内心納得した。

 「うふふ、もしかしてガリア人の方? 初めまして、マリアージュ・キャンディと申します」

 微笑んで七分袖の活動着で淑女の礼を取ると、これはご丁寧に、とリノは眩しそうな目をした。

 「ええ、俺はガリア人です。よくお分かりになりましたね」

 何て答えたものか分からず曖昧に微笑んでいると、ジュデットがずんずんと歩いてきてリノを引っ張って立たせた。

 「マリアージュ様はトラス王国の伯爵家のご令嬢なのよ? リノがいきなり失礼をしてどうするのよ!」

 「仕方ねぇだろ、ガリアの男は美人に滅法弱いんだからさ」

 「マリアージュ様、リノが申し訳ありません」

 「いいえ、構いませんわ。お気になさらずに。今日は無礼講で過ごすつもりでおりましたから。気楽にして頂けると嬉しいですわ」

 「はぁ……マリー、リノはキーマン商会の商船を取り仕切る船長ファリエロ・ルリエールの末の息子なんだ」

 「まあ」

 おお、そうなのか。海賊っぽいと思ったのはあながち間違いでもないらしい。
 興味を惹かれた私は市場へ行く道々、リノに色々と質問してみる事にした。


***


 「では、それはちゃんと意味があるのね。てっきりお洒落でしているのかと思ったわ」

 「そんな贅沢なもんじゃないですよ、まあ稼ぎ次第じゃちょっと良い布を使う奴もいますけどね」

 無礼講という事で言葉も崩す事になった。私の言葉に腰から垂れた布をひらひらとさせ、にかりと歯を見せて笑いながら答えるリノ。

 海賊映画とかで良く見られる、頭のバンダナやターバン、腰布について質問したのだが――ファッションかと思いきや。実は帽子と包帯代わりなんだそうだ。
 海賊と交戦し、大砲をぶち込まれた際に飛び散る木屑などから頭を守るのに手軽で、簡易手当にも使える。他にも色々使い道があるので、その利便性から海の男はその格好に落ち着いたらしい。

 「ポケットには止血軟膏も入ってましてね。これを塗って裂いた布をきつく巻き付けるんです」

 だそうだ。成る程。

 これには馬の脚共と中脚も少し感心していたようで、腰布と軟膏が売っているお勧めの店が無いか訊いている。庭師の仕事にも切り傷は付きものだろうしな。好きなだけ買うと良い。
 しかし……大砲か。裕福な商会の商船はさぞかし海賊とかに狙われ易い事だろう。命懸けの危険な仕事なのねと言うと、「マリー様、俺の武勇伝を聞いてくださいよ!」とリノは顔を輝かせた。

 彼は父親について一人前の商船長になるべく修行しているそうで、何度か襲撃も経験しているらしい。適当におだてながらよくよく武勇伝とやらを聞く限り、どうも元々彼の父親やその兄達も半分海賊みたいなもののようだ。
 船団を抱える程の相当な規模と戦力を持っているとの事で、部下も筋骨隆々とした腕っこきの猛者揃いだとか。まあそうでもなければ海賊と対等に渡り合っていけない事だろう。

 「とまあ、俺の事はそんな感じです。マリー様の事も聞かせて下さいよ」

 「つまらないわよ? リノのように、そんなワクワクした冒険譚じゃないから」

 それでも聞きたいと言われたので、私は王都の暮らしを話した。日課の鳥の餌やりや乗馬、刺繍。紅茶を飲みながら楽しむ薔薇。また、グレイと婚約に至った経緯や悪い貴族(メイソン)に狙われた話等――流石に王族関連は話せなかったけれども。

 「マリー様の親父様はグレイ様を見出して選ぶだなんて、見る目があると思います。それにしても悪い貴族の話は意外でした、てっきりマリー様の事、何も出来ない箱入りのお嬢様って思ってたんだけどさ。随分頭良くて度胸あるんですね」

 「うふふ、お褒めに預かり嬉しいわ」

 その時、前方を歩いていたグレイがこちらを振り返った。少し睨むようにリノを見ている。

 「リノ、マリーにあまり馴れ馴れしくしないでくれる? 僕の婚約者なんだからね」

 「嫉妬か? 坊ちゃんこそマリー様の前でジュデと手を繋いでいる癖に何言ってんだ。おいジュデ、もう子供じゃないんならグレイ様から離れて歩けよな。未来のルフナー子爵夫人に失礼だろ」

 リノが叱ると、ジュデットは悔しそうに顔を歪め、下を向いてグレイの傍に寄った。黙ったままの彼女を見て、グレイが仕方無いなというように溜息を吐く。

 「ジュデットは良いんだよ、僕にとって妹のような存在だからね」

 「……俺が言うのも何ですが、良いんですかあれ」

 ちらりとこちらを窺うリノ。私は気にしていないと頷いた。

 「グレイの妹のようなものなら、私にとってもそうなるわね。大好きなお兄様とずっと会えていなかったのなら無理もないわ。甘えたい年頃なんでしょうし」

 何だかんだ言って、家族は大事だと思うし。私もジュデット位の年齢の時、跡取り修行で家を長い間留守にしていたトーマス兄が恋しかった時期もあったりしたからな。ましてやジュデットは一人娘だそうだから。

 「ふぁー…貴族のお姫様って皆、マリー様みたいな感じなんですか?」

 ん? どういう意味なんだろうか。

 何か感動したようなリノに私は小首を傾げて会釈をすると、ジュデットを挟むようにして並んだ。「三人で仲良く繋いで行きましょう?」と手を差し出す。叱られたせいか、下唇を噛み締めて泣きそうになっている彼女に大丈夫よ、と微笑みかけた。
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