貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
162 / 690
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(71)

しおりを挟む
 見たことの無い銀月の表情に面食らった白狼は、自身の胸をどんと叩いた。

「さっき翠明様が言ってただろ? 茶を飲んだだけだし、ほら俺ぴんぴんしてるぜ?」
遅効性ちこうせいの毒の可能性だってある。様子がおかしくなったらすぐ言ってくれ」
「大丈夫だって。同じ茶を目の前で皇后も飲んでたしさ」

 配られる際に何かを混入される可能性だってある、ということはこの際置いておく。とにかく今は銀月を宥めることが先決だと、白狼は飛び跳ねて見せた。脈絡がなさすぎてどう見えるかなど考えている余裕もない。
 案の定、泡を食ったような銀月に白狼は肩から押さえつけられた。

「本当になんともないのだな?」
「おうよ。むしろ血のめぐりが良くなる茶だとかで手足の先まであったけえや」
「……なら、よいが」

 な、とぷらぷら手を振り大袈裟に笑ってみせると、銀月もようやく落ち着いたのか肩の力を抜いたようだった。
 身代わりを命じられた時の様子といい、どうもおかしい。以前であれば早く着替えろ、様子をしっかり見てこい、代わりはいるくらい言いそうなものだが、さっきから白狼が替え玉になることを良しとしていない風である。
 それどころかなにやら過度に心配をしているような、そんな素振りに白狼は首を傾げた。自分がへまをやらかしたせいで疎んじていたのではないのか。
 うーん、と白狼の視線が宙を彷徨う。訳が分からないままなのは、やっぱり釈然しゃくぜんとしない。白黒つけたい性分がむくむくと湧き上がる。

「なあ」

 白狼は銀月の顔を見上げた。自分が動かした目線の位置で、ああ、もう「見上げる」ほどに身長差ができてしまったのだ、と気が付いてまた少し胸が痛む。わずかな寂しさと甘さを含んだその痛みには覚えがあった。
 だめだ、と白狼は思う。
 これは感じてはいけない痛みだ。
 白狼がどんっと勢いよく胸に拳を叩きつけると、銀月は目を剥いた。

「なにをしてる」
「いや、なんでもねえ」
「何かつかえているのか? 吐き気は?」
「なんでもねえってば。それよりこっちも聞きたいことがあんだよ」

 胸の痛みを強引に物理的な痛みに変換した白狼は、銀月の胸倉をねじり上げた。
 そうだ、ここ数日のもやもやした気分を思い出せ。まずはそこからはっきりさせてやるほうがいい。絹の着物を握りしめ乱雑なしわを寄せたまま、白狼はじろりと銀月を睨み上げる。帝姫と目が合うと、その瞳にはあからさまに動揺の色を浮かべていた。

「最近のあれはなんだ? あと、身代わりの仕事を取り上げようとしてんじゃねえよ」

 できうる限り思い切り低い声で恫喝する。とはいえ所詮は小柄な白狼の声である。一般的にはやや低い少年の声程度に抑えられたが、それでも普段より気合が乗っていたのだろう。抵抗するかと思っていた銀月はすぐにしおらしい表情になり、小さくすまなかったと呟いた。
 はなかんばせは憂いを帯びてなお美しい。が、その様子に思わず白狼はかっとなった。

「なんだってんだよ、調子狂うだろ!」 

 襟元を握った拳に力を入れて怒鳴りつけると、さすがの銀月も白狼の手を払いのけた。細い眉とともに切れ長の目が吊り上がる。

「なんだと言われてもこちらが悪いと思って謝っているのだから、素直に謝罪を受け入れればいいだろう」
「謝ってる側の言い方じゃねえぞそれ」 

 白狼がはんっと吐き捨ててやると銀月もかっとなったのだろう。白い頬が紅潮し、眉がますますつり上がった。しかし数日分の鬱憤うっぷんが溜まっていたせいで退き時を失った白狼の口も止まらない。

「おまけに妙に気遣う風にしながら辛気くせえ面しやがって。鬱陶しいんだよ」
「鬱陶しいとははなんだ。こっちは心配で胸がつぶれるかと思ったんだぞ」
「何だそれ! こないだからお前の方がこっち無視しといて一体何なんだよ、俺がなんかしたならはっきり言えよ」
「何もしておらんわ」

 核心をはぐらかそうとしているように、銀月はぷいっと顔を背けた。納得できない白狼はなおも言い募る。

「なんかしたから怒ってたんだろ? 何? 俺が謝ればいいか? どーもすいませんでしたってな」

 おかしい、こういうことを言いたいわけじゃない。とは思うものの、もはや売り言葉に買い言葉の様相を呈している。ここで退いたら何かに負ける気がして、白狼は語気を強めて銀月に食って掛かった。それが悪かった。
 銀月の顔色がさっと変わった。

「なんだその言い草は。こっちは心配していたというのに」
「なんだそれ気色悪い」
「心配だったから心配だったと言って何が悪い」
「それが気色悪いって言ってんだ! てめえが勝手に身代わりに雇ったくせに今更妙な気ぃつかってんじゃねえよ!」
「お前の体の事は心配するに決まってるだろうが」
「だからなんだっつーんだよ! 余計なお世話だ!」
「ついこの間倒れたばかりなのだぞ! 当たり前だろう!」

 散々言い合いはしたが、雇われてから今まで聞いたことがない程の大声で怒鳴りつけられた白狼は、目を丸くしてぴたりとその口を閉じた。驚きで普段より三割増しで目を見開いて銀月を見上げると、当の帝姫は肩で荒い息を吐いた。
しおりを挟む
感想 926

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。