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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

三魔女陥落。

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 キャンディ伯爵家の贅を尽くしたケーキやシュークリーム等の甘味、秋の果物。それらを楽しみながら話に花を咲かせつつ紅茶を飲む。

 「このモンブランというお菓子、私は好きざます」

 「でしょう? 僕も好き!」

 ホルメー夫人がモンブランケーキをほおばってうっとりとした表情になった。ほっぺたに少しクリームを付けて相槌を打つイサークに微笑み返している。

 「ああ、今召し上がっているものは栗を使っておりますの。そちらの黄色いものは甘藷を使っておりますわ」

 「メリーはお芋の方が好みですわ!」

 「まあ、何てなめらかな舌触り――どちらも甲乙付け難い程美味しいですわぁ」

 両方食べていたピュシス夫人が天を仰ぎ目を閉じた。ふっくらとした彼女は健啖家なようで、食べるのも早い。

 「これは……貴重なカカウ?」

 シュークリームを一口食べて呆然としたように尋ねられ、私は頷く。

 「ええ、エピテュミア夫人。クリームに少し風味を付けておりますの。こちらのケーキにも使っておりますわ」

 「じゃあ頂いてみようかしらぁ」

 興味を持ったのか、ピュシス夫人が続けてチョコレートケーキを所望した。メイドがさっと取り分ける。

 カカウはカカオ豆の事である。あの香辛料の店で買っていた。百年程前に冒険家が新大陸から持ち帰ったものである。
 こちらの世界では主に薬としてお貴族様に飲まれている。カカオ豆を洗って乾かした後、オーブンで焼き、殻を取って石臼とすり鉢で磨り潰して行く。カカオバターのお蔭でどろりとしてきたら完成。勿論かなり苦い。
 しかし飲み物で薬だという先入観からか、砂糖を入れるという発想は現時点であんまりないらしく、惜しいと思った私が時代を先取りして提案させてもらった。

 チョコレートケーキを一口ほおばったピュシス夫人は目をぱちくりさせて驚いている。

 「これは! あの苦いお薬がこんなに美味しくなるのぉ? こんな薬なら私大歓迎だわぁ。お菓子に使うなんて画期的ぃ!」

 「お口に合って何よりですわ」

 少し雰囲気が解れたところで、三夫人の経歴を訊いてみた。あまりそういったことを訊かれる事は少ないのか、三人とも喜んで詳しく教えてくれた。

 ピュシス夫人、もといピュシス・カヴァルリ子爵夫人は前騎士団長の妻。実家は伯爵家だそうで、何か親近感を感じる。三人の息子持ち。
 息子は三人とも騎士団で働いており、長男は後を継いで騎士団長に就任しているとか。男家系らしく、お孫さんも男が多い。

 エピテュミア夫人、もといエピテュミア・ディブロマ伯爵夫人は男爵家の出。夫は元外務大臣で、息子さんも外交官。娘さんはもう嫁いで行って、三人のお孫さんがいる。新婚の頃はいろんな国を夫と共に回ったそう。カカウもトラス王国に伝わる前に飲んだ事があったらしい。

 ホルメー夫人、ホルメー・サヴァン伯爵夫人は子爵家出身で前内務大臣の妻。結婚を機にやめたが、かつては王家の家庭教師で、王妃教育の担当もしていたとか。現王妃殿下も彼女の教え子らしい。そりゃあ強気に出れないわな。

 三人揃えば向かうところ敵なし。正に三魔女という訳だ。私は改めて彼女達と友誼を結んで良かったと思った。


***


 「菊の花が美しいざますね」

 ホルメー夫人が庭園を見てほうっと息を吐いた。芝生の上では弟妹がガスィーちゃんと我が家のヘヒルちゃんを連れてきゃっきゃと遊んでいる。

 「そう言えば、遠い国では菊にちなんだお祭りをすると聞いたことがありますわ」とエピテュミア夫人。その言葉にふと、重陽の節句の事を思い出した私は白ワインと菊花を取って来させた。

 「少し変則的な飲み方かとは思います……本当はお酒でやるそうですが、今はお茶会ですから」

 紅茶を淹れ直してワインを垂らし、洗った菊花から花びらを2、3枚取って浮かべる。

 「菊花ワイン紅茶ですわ。菊花を愛でるのに相応しいかと思いますの。如何でしょうか?」

 三夫人が素敵だと口々に言って顔を輝かせる。
 蜂蜜を混ぜて飲んだピュシス夫人はワインが大好きらしく、「これは良いですわぁ」とうっとりしていた。

 三夫人はワイン紅茶をお気に召したようで、何杯もお代わりをしていた。
 ほろ酔いなのか頬を染めて上機嫌。お酒の力も手伝って、喋ること喋ること。

 社交界の誰それが浮気をしているだの、あそこの子供は夫は気付いていないだろうが別の種に違いないだの、散財癖や借金があるだの。他、かなりヤバめの噂も。
 数多貴族達の弱みをべらべらと立て板に水である。
 ふとグレイを見るとやけにニコニコしながら相槌を打っていた。見覚えのある怖い狩人の笑顔である。

 「その話、非常に興味深いですね。もっと詳しく聞きたいです。お代わりは如何ですか?」

 と自ら給仕を買って出る始末。暫くグレイの独壇場が続いた。



***



 散々話を聞きだしたグレイはすっかり上機嫌になっていた。彼に金蔓として目を付けられた貴族に内心合掌する。

 「グレイちゃんは良い子ねぇ、うちの息子達とは大違いだわぁ」

 「話を聞くのが上手、外国語もかなりお出来になると聞いておりますわ。外交官向きですわね」

 「確かに気が利くざます。それだけ心配りが出来るなら宮廷でも通用するざます」

 三夫人、グレイをベタ褒めである。若くて可愛い男の子の力しゅごい。
 大漁大漁、と小さく呟く声を拾ってしまった私は思わず白目になる。グレイははにかんだ。はにかみ王子だ!

 「いえ、皆様のお話が凄く面白く興味深くて。聞き手としてもつい熱が入ってしまいました。ああ、そうですお礼と言っては何ですが今の内に……」

 彼は使用人に目配せをすると小さな籠と、それより一回り大きな籠を三つ持って来させる。小さな籠を受け取ると、中身をテーブルに並べた。

 「こちらはキーマン商会で取り扱っているラベンダー精油と本日の茶葉の見本です。お三方の為にご用意したものには説明書きも入れておりますが、念の為事前に少し説明をさせて頂きたいのですが……」

 言って、ラベンダー精油の効果的な使い方とお茶の美味しい淹れ方をレクチャーした。

 「こ、これは! 滅多に手に入らないキーマン商会のラベンダー精油!」

 「私も欲しかったけれど順番待ちな上あまりに高額で半ば諦めてましたのぉ、嬉しいですわぁ!」

 「はあぁ、夢みたいざます。運を使い果たしたみたいで後が怖いざます」

 「これに加え、あちらの籠にはキャンディ伯爵家のお菓子も入っております。お三方の侍女達に本日のお土産としてお渡ししますので、宜しければどうぞお持ち下さい。
 もしこれらのものがお気に召した、もしくは何か他の御用命がありましたら、マリーの御友人という事で今後はお待たせせずお安くこっそりとお分け致しますので気軽にお声がけ下さいね」

 その言葉がトドメとなったのだろう。三人の姦し夫人はグレイに陥落した。
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