貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

三魔女。

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 「……最強だな、その襟。俺も襟を付ければ面倒が減るだろうか」

 いや、だが人として大切な何かを失うかも、とワインを傾けながら失礼な事をいうカレル兄。

 陛下の御前を辞した後。私は園遊会の端っこで食事を楽しんでいた。両親や兄姉カップルは挨拶回りに出かけ、グレイは「すぐ済ませてくるから!」とお得意様回り。弟妹達は近くで他家の子供達と遊んでいる。今の付き添い担当はカレル兄なのである。

 『月光の君(笑)』目当ての御令嬢が入れ替わり立ち代わりやってくるが、令嬢の嫌味や敵意の言葉が出る前に私を妹だと紹介しながら挨拶を返すカレル兄。
 彼女らは上手な返しが出来ずに引き下がっていく。まるでコントのようだが、それを面白がっている兄も大概である。

 「お婆様の加護は素晴らしいわ。というか、襟を付けようか迷っている時点でカレル兄は襟の魔力に憑りつかれている事に気付くべきね。ようこそ、こちらの世界へ」

 ふふふ、と笑って返すと、カレル兄がゴホッとむせた。

 「お、俺はそっちの世界には行かないぞ! 絶対にだ」

 「……認めた方が楽になるわ。さあ……」

 ぶんぶん、と首を横に振るカレル兄に聖母のような気持ちで微笑みかけていると、「ごめん、待たせたね」とグレイが戻って来た。

 「おお、勇者よ!」

 まるでRPGに出て来るようなセリフを吐くカレル兄。顔にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げるグレイに「じゃあ俺は交代まで少し離れてるからな」とそそくさと現場を離脱していく。

 「……何があったの?」

 「ちょっとね。グレイもお爺様から襟を借りてくれば良かったのに」

 「ああ……」

 察し、とばかりに目を濁らせたグレイ。何故誰も彼も襟の素晴らしさが分からんのだ!

 得てして時代にそぐわない感性の人物は孤独なものである。私は葡萄を浮かべた甘いワインを喉に流し込んだ。蜂蜜で甘さを加えているらしく、ほぼジュースのようなもので美味しい。

 そう思った時。

 「まあ、こちらの一角だけ時の流れが違うようですわ。百年前かしら?」

 小鳥が囀るような声。

 クスクス、クスクス。

 嘲るような忍び笑いが続いて聞こえて来た。そちらへ目をやると、貴族令嬢の集団がこちらを小馬鹿にするように耳打ちしたり扇で顔を隠したりしている。よく見ると、その真ん中には居心地の悪そうな第二王子殿下の姿が。

 ――成る程、母親王妃殿下に言われて来たのか。

 しかし私に近づく前に令嬢達にあっという間に囲まれて身動きが出来なくなった、と。
 内心私はにんまりした。これは嬉しい誤算である。
 中でも中心的な人物なのであろう、ジェレミー殿下の近くにいた見事な銀髪縦ロールの御令嬢が私と目が合うなりあからさまな嘲笑を浮かべた。

 「幻の姫は人並外れた独特の感性をしていらっしゃるのかしら? あのような古臭くってみすぼらしい襟――まるで喜劇役者のようでしてよ? ああでも商人上がりにはとってもお似合いですわね。ねぇ、ジェレミー様もそうお思いになるでしょう?」

 そう言って第二王子殿下にしなだれかかる縦ロール。周囲の令嬢達も同調するように笑った。ジェレミー殿下はこちらの顔色を伺いながらはいともいいえとも言わず困ったような表情を浮かべているだけだ。

 かちん。

 おう、なんだこのドリル。グレイを馬鹿にした挙句、お婆様から頂いた大事な襟にケチ付けるんか、おおぅ?

 剣呑な私の気持ちが伝わったのか、グレイが焦った表情を浮かべた。「マリー。あの人は第二王子派ムーランス伯爵の御令嬢エリザベル、ムーランス伯爵はサイモン様を目の敵にしているんだ。あまり刺激しない方が……」

 「そう……」

 ダディサイモンのライバル貴族という訳か。座敷犬マルチーズみたいな面しやがって。私の事は兎も角、グレイやこのお婆様から頂いた襟をみすぼらしい等と馬鹿にすることは許さん。躾のなっていない雌犬が――すぅっと目を細めて口を開こうとした、その時だった。

 「ああ~ら、あらあらあら! 見て見てぇ、エピテュミア夫人、ホルメー夫人! 懐かしいわぁ~。かのラトゥお姉様の襟飾りに再びお目にかかれるなんてぇ!」

 「きゃっ!」

 「何……!?」

 貴族令嬢の集団ごとどーんと押しのけるようにして、小さな白い犬を抱っこしたぽっちゃりした年配の女性が目の前に現れた。
 マリーアントワネットばりに盛ってかっちりと固め、大きな羽付き帽子を被った金髪に厚塗りの顔。ビビッドな赤い口紅に大きな付け睫毛、濃いアイシャドー。ワインレッドの胸元の大きく開いた大振りのパフスリーブのドレスを着て、胸元にはぎらりと輝く大振りのルビーが鎮座している。はっきり言ってド派手でケバケバしいが、不思議と様になっていた。
 彼女は私の襟を感動したような輝く瞳でしげしげと見つめ、後ろを振り返る。

 「んまあ、本当ですわピュシス夫人! ラトゥお姉様の襟に間違いありませんわ。私達の憧れ、青春の日々を思い出しますわね」

 「当時、最高の職人が金に糸目を付けず金糸銀糸を惜しみなく使って織り上げたとか。惚れ惚れするざます。ピュシス夫人、本当に良いお品は時を経ても色褪せないものざますわ」

 続けてやってきた二人の女性。こちらは細身だが着ているものは同じくらい装飾品と化粧てんこ盛りで派手だった。秋らしく暗いトーンの黄と青のドレス。だが三原色揃うと目に痛い。

 「ぶ、無礼ですわ! この私を誰だと思って……ひぃっ!?」

 集団の真ん中で押されて倒れかけていたエリザベル嬢はきっと顔を上げて三人の女性達を睨みつけた――途端、驚愕の色を浮かべて悲鳴を上げ、口を押えている。

 「さ、三魔女……」

 おびえたような誰かの声。

 三魔女? というか、ピュシス夫人――あの屁っこき夫人がこの人だったのか!

 蛍の時の記憶が稲妻のように蘇る。密かにずっとお近づきになりたいと思っていた。それに、ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人のお三方は、ラトゥお婆様が下さった書付にあったお名前である。父達が戻ってきたら一緒に探して貰おうと思っていたが、まさか向こうからやってきてくれるなんて!
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