貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

蝙蝠の『蝠』は『福』。

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 「あの、お義父様は……ルフナー子爵家はアルバート殿下に味方するおつもりなのかしら」

 じっと翡翠の眼差しを窺うように見上げる。グレイは瞬いた後、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。

 「そのことなんだけど実は今日話そうと思ってたんだ。あの日、帰ってからお父様に報告して話し合ってね。マリーとしては馬車の事もあって不安に思うよね」

 言葉を一旦切って、彼は私を抱き寄せる。

 「お父様は王族のお墨付きの付いた事業だし、と確かに乗り気だった。だけど、僕の話とお祖父様の意見を聞いて少し考えなおしていたよ。
 アルバート殿下は上に立つ者として有能な臣下を見出し、用いるという方針なんだろうと思う。王としては間違っているとは言えない。だけど、今のお立場は陛下を支える一臣下でいらっしゃる筈。ご自分で立案し、実績を立てなければ意味がないのではと僕は思う。お父様達も同意見だった。
 それに、万が一殿下が失脚すればうちもただでは済まない。権力闘争に巻き込まれずに済むならばそれに越したことは無いんだ」

 揺るぎない意志を孕んだグレイの囁き声が耳朶を打った。彼は更に私を強く抱き寄せる。

 「聞いて、マリー。サイモン様はそもそも中立派だ。僕達ルフナー家もそれに倣う。だからどちらにも味方しないつもりだよ。逆に言えばどちらにも味方する。どちらが王位に就いても構わないように立ち回るつもりだ。
 僕達一族、キーマン商会は元は流浪の商人。財を成し、あちこちの国に店を構えるにつれ、時には権力争いに巻き込まれかけたりする事もあったらしくてね。
 例えば二つの品物があって、どちらかの値が上がればどちらかが下がる、というような場合。相場が予測し難くて判断に困った時、どちらも仕入れて損失を出来る限り少なくするというやり方があるんだ。
 同じように権力者の板挟みで二者択一を迫られた時。お祖父様は同じように知恵を絞ってどちらも選ばず、どちらが勝っても利益になるように、のらりくらりと躱してやり過して来たって聞いてる」

 私は驚いてあっと息を飲んだ。その手があったか。
 所謂『両建戦術』だ、グレイの言っているのは。

 「第一王子派、第二王子派――貴族連中はどちらを次代の王に選ぶかという事しか見えていない。だけどさ、国って彼らだけで構成されているわけじゃないよね。そう、民衆がいる。戦によらぬ支配――そうマリーが言ったよね。僕は商人のやり方で民衆を味方に付けようと思っている。
 第二王子派筆頭貴族のドルトン侯爵領での商売権は慰謝料でもう貰ったも同然。第一王子派の主要な貴族はウィッタード公爵家、そしてブロワ伯爵家。そちらはアン様が嫁がれた事でウィッタード公爵領を手始めに商売を広げていくつもり。後はブロワ伯爵領だけど――そこは何とか交渉しようと思っているんだ。
 そうして、時間のある限り、ひっそりと力を蓄えて。王でさえ好き勝手出来ない程の力をサイモン様と共に持つ――それが僕の、ルフナー子爵家の答え」

 二つの対立した陣営のどちらにも資金援助という名の首輪を付けて操る。どちらが勝っても構わないようにする、またはどちらにも圧倒的に勝たせないようにしながら金でいう事を聞かせて利を得る戦略。
 それこそ資本家――商人のやり方だ。
 そういう商売の手法を知って使っているという事もそうだけれど、この状況に当て嵌めて応用し、対策を練り上げるという事も凄い。

 グレイはそっと抱きしめる腕を緩めると、目を瞠った私の頬に、手を添えて覗き込んできた。強い光を宿した真摯な眼差しが私の目を射抜く。

 「何より、僕はマリーへの侮辱が許せない。醜い権力争いの為に何者にもマリーを利用させたくない。だから僕は僕なりのやり方で君を守り切れるだけの力を持とうと思う」

 ドクリ、と一際大きな鼓動が聞こえた気がした。やがて頬と目頭が熱を持ち、グレイを頼もしいと思うと同時に歓喜と愛しい気持ちが一気に湧き上がって溢れ出て来る。感極まって涙が流れた。

 ――ああ、私。この人が好き。どうしようもないほど、好きなんだ。

 「グレイ、素敵……! 大好き、惚れ直したわ!」

 気持ちを持て余した勢いのまま、私は堪らず彼の胸に縋りついた。ぐりぐりと頭を押し付けていると、名を呼ばれたので顔を上げる。そのままグレイの顔が近づいてきて。

 唇を重ね、お互いを貪り合う。

 と。

 ふとある事に気付き、私は何だか笑いが込み上げて来た。

 「うふふっ、ふふっ……」

 「何がおかしいの、マリー」

 止まらない笑い声にグレイが不思議そうに問う。

 「あははっ、だってお互いカレー臭いんだもの!」

 「やっぱりしまらないなぁ……」

 グレイもやがて笑い出す。私達の明るい声が、赤や黄色に色付いた木々の間に吸い込まれていった。
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