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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
アルバート第一王子殿下の話。
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「ちょっ、マリー!」
立ち上がった私をグレイが慌てて制止してくるも、一度堰を切った勢いは止まらなかった。
「そもそも私達に何の利益も無いじゃない! その上あんただけが得するような、そんな一方的な取引に大事な子供を差し出してたまるもんですか!」
「貴女は大嫌いな私の正妃にならずに済む、キャンディ伯爵家もルフナー子爵家も私が王になった暁には陞爵を受けられる、銀行や株式、各種事業にも王家のお墨付きを与えましょう。民を害しない限りは貴女達の利益を阻害しないように法制度も譲歩しますが?」
こちらの剣幕とは裏腹に、アルバート第一王子殿下は冷静に言葉を紡ぐ。見返りはちゃんと用意しているだろうと言わんばかりだ。しかし問題はそこじゃない。私は首を振った。
「取引は双方の信頼と合意で行われるものよ。私達を騙した人の言葉にどれほどの信頼性があるのかしら?」
そう、取引はお互いの信頼の下で合意に至るべきなのだ。信用出来ない相手が何を提示しても、たとえ誓約書があったとしてもきっと絵に描いた餅にされる。相手は王族で、反故にしようと思えば権力を盾に簡単に出来てしまう。そんな事に大事な子供を差し出すことなんて出来る訳がない。グレイがひとまず座って落ち着いて、と宥めてきたので私はしぶしぶ従った。
それまで黙っていたギャヴィンが「それ見た事ですか、ですからあれ程味方になさりたいのなら試したり騙したりするような事はお控えくださいと再三申し上げましたのに」と苦言を呈した。本物のギャヴィン・ウエッジウッドはまともらしい。まったく同感だ。
しかし苦言を受けた本人はどこ吹く風。
「ああ、それについては申し訳なかったと思っております。幸せに守られて育った姫と違って悪意渦巻く王宮育ちなものですから。母亡き後、相手を簡単に信用しては裏切られ、数々の死線を辛うじて潜り抜け何とか生きてきたのですよ。なので人を試す癖がついてしまいましてね」
「……確か、殿下の母君は」
「ええ、ご存じの通り早逝しました。弟妹達の実母である現王妃サブリナは後添いですね」
グレイの言葉に頷く殿下。成る程、王妃である実母が死んで、今の王妃は継母か。きっと王位継承争いが起こっているのだろう。それで命を狙われてきた、と。そんな風に育って性格が捻くれてしまったのだろうな。
それは同情するけど君子危うきに近寄らず、関わりたくない。
「事情は理解しましたが、ギャヴィン殿の仰る通りです。最初に相手に受け入れられないような条件を提示し、後で譲歩した本命の内容を提示する。交渉の手法としては有効でしょう。
しかし味方に引き入れたい相手に対し、本題に入る前に先程のような不要な口遊びは交渉事としては甚だ悪手かと存じます、殿下。
事実、僕達は殿下に対して好印象は持てませんでした。何故最初から私達の子供と縁組をしたいと話されなかったのですか?」
「相手の本性を手っ取り早く知るには怒らせるのが一番だからですよ、グレイ殿。本当はそんな乱暴な手段によらず、もう暫く正体を隠し通し、時間を掛けて私個人としてお二人と交流を持って信頼関係を築いて行こうと思っていました。けれど、悠長な事を言ってられなくなりましたので……」
「……どういう事ですか?」
「私の継母、現王妃はドルトン侯爵の妹。そう、マリアージュ姫を襲ったメイソンの叔母にあたるのです」
な、何……だと。
すっごく嫌な予感がしてきたんだけどー!
***
まずは私の事から話しましょうか、と殿下は続ける。
「よくある話です。人目を憚り大っぴらにはしておりませんが、現王妃は私の弟である第二王子ジェレミーを次代の王にと望んでいます。弟本人は私を慕ってくれ、王位を望んでいないのですが、周りがそれを許さない。
後ろ盾のドルトン侯爵家を筆頭に、第二王子派の貴族達はこぞってジェレミーを王太子にと父王をせっついておりましてね。私の実母の実家はブロワ伯爵家、後ろ盾の弱い第一王子は王位に就けるよりも臣籍に下らせた方が国は安定すると言うのですよ。
勿論ドルトン侯爵と敵対している貴族や、私の後ろ盾を狙い権力を欲する貴族、また数少ない保守派の貴族は長子相続を崩してはならないと私を支持してくれておりますが、その中で私がまともに信頼出来る貴族はほんの僅か、残りは私を傀儡の王にして権勢を得ようとしている日和見な有象無象ばかりですね。味方と見せかけて王妃サブリナ側に内通していた貴族もいました」
頭が痛い事ですが、と殿下は溜息を吐いた。ギャヴィンも、「何度か私も死にかけました……」と遠い目をしている。
「確実に信頼出来るのは、従兄弟のザイン・ウィッタード、こちらのギャヴィン、ブロワ伯爵とその友好貴族ぐらいです。ああ、新たにキャンディ伯爵家とルフナー子爵家が加わりましたか」
「僕達は信頼に値すると?」
「逆にグレイ殿が姫を諦めて差し出し、阿って来られたら警戒していたところでした」
「……それはどうも」
「話を戻しますが、私と弟、それぞれの派閥の貴族達の板挟みになった父王は、どちらを王太子にするか明言を避け、来年いっぱいまで期限を設け、王国の発展により貢献した方に王位を継がせると表明しました。
私が王になる為に色々と動いているのはそれが理由です。今のところ、辻馬車の新たな運用や教育制度で私が優勢に立っており、王妃は焦っている状態ですね」
ふーん。
トラス王は、きっと第一王子派と第二王子派どちらも敵に回したくなかったんだろうな、と思う。だから苦肉の策としてそんな条件を出してお茶を濁した。という事は王権はそこまで強くないのだろうな。
情けないとは思うけど、どっちかに味方すると内乱が起こりかねないんだし。そんな背景もあってアルバート第一王子殿下は王権強化を目指しているという事か。
「更にメイソンがあの事件を起こした事でドルトン侯爵家は醜聞に塗れ、王妃側は不利になりました。キャンディ伯爵家は特殊な役目を担っており、それが故に中立派の筆頭貴族だったのですが、事件のせいでドルトン侯爵家に敵対的。その姻族であるルフナー子爵家もそれに倣うでしょう。辻馬車の件でも関係を深めましたから」
特殊な役目? そういえば父がうちの使用人は戦いの心得があるって言ってたような。普通は十五歳に明かされるとか何とか……それと関係あるのだろうか。それにしても中立派の筆頭貴族だなんて知らなかった。
ギャヴィンが紅茶を淹れ直してくれたので、私は落ち着くためにもティーカップを手に取る。一口啜った。美味しい。
「王位がどちらに傾くかは、中立派の大貴族であるキャンディ伯爵家がどちらにつくか、も重要な要素になります。焦った王妃はサイモン殿を呼び出し、甥の事で自分からもお詫びをしたいので姫と会いたいと申し入れていましたが、サイモン殿はそれは既にドルトン侯爵家と話がついた事だと断っていました。
私も再三キャンディ伯爵家を訪ねていましたので、そこのところも人を使って探りを入れているでしょう。上手く姫を王宮に呼び出すか、伯爵家に訪問してくるかは分かりませんが――謝罪に託けて貴女を味方に付けようと動く筈です。和解して手厚く遇する事で醜聞をどうにかしようとね。
後は……事件の後、人が変わったようなメイソンの事も訊かれるかも知れません。王宮に引き取られた後で身体検査をしましたが、拷問された様子も無く。この卑賎な雄豚奴隷は女神様によって生まれ変わったと妙な事を言うばかりでしたので。あの男に何をしたのかは分かりませんが、あれは姫の仕業ではないですか?」
いきなり話を振られ、私はごふぅっと盛大に紅茶を噴き出した。まさかそこ突っ込む!?
「ななななっ――何のことかしら!」
ギャヴィンが布巾を渡してくれたので慌てて拭き取る。グレイが後でじっくり訊かせて貰うからね、と小声で囁き、圧のある笑顔を向けて来た。どうしよう、ヤバい、何とか誤魔化さないと……。
「おや、違ったのですか? まあそれはさておき、王妃側――彼らは冗談ではなく本当に強引に手段を選ばず姫を引き入れようとするでしょう。暗殺者を当たり前に送り込んで来ますし、毒を盛る事も平気でやる連中です。だから、悠長な事を言ってられなくなったのですよ」
立ち上がった私をグレイが慌てて制止してくるも、一度堰を切った勢いは止まらなかった。
「そもそも私達に何の利益も無いじゃない! その上あんただけが得するような、そんな一方的な取引に大事な子供を差し出してたまるもんですか!」
「貴女は大嫌いな私の正妃にならずに済む、キャンディ伯爵家もルフナー子爵家も私が王になった暁には陞爵を受けられる、銀行や株式、各種事業にも王家のお墨付きを与えましょう。民を害しない限りは貴女達の利益を阻害しないように法制度も譲歩しますが?」
こちらの剣幕とは裏腹に、アルバート第一王子殿下は冷静に言葉を紡ぐ。見返りはちゃんと用意しているだろうと言わんばかりだ。しかし問題はそこじゃない。私は首を振った。
「取引は双方の信頼と合意で行われるものよ。私達を騙した人の言葉にどれほどの信頼性があるのかしら?」
そう、取引はお互いの信頼の下で合意に至るべきなのだ。信用出来ない相手が何を提示しても、たとえ誓約書があったとしてもきっと絵に描いた餅にされる。相手は王族で、反故にしようと思えば権力を盾に簡単に出来てしまう。そんな事に大事な子供を差し出すことなんて出来る訳がない。グレイがひとまず座って落ち着いて、と宥めてきたので私はしぶしぶ従った。
それまで黙っていたギャヴィンが「それ見た事ですか、ですからあれ程味方になさりたいのなら試したり騙したりするような事はお控えくださいと再三申し上げましたのに」と苦言を呈した。本物のギャヴィン・ウエッジウッドはまともらしい。まったく同感だ。
しかし苦言を受けた本人はどこ吹く風。
「ああ、それについては申し訳なかったと思っております。幸せに守られて育った姫と違って悪意渦巻く王宮育ちなものですから。母亡き後、相手を簡単に信用しては裏切られ、数々の死線を辛うじて潜り抜け何とか生きてきたのですよ。なので人を試す癖がついてしまいましてね」
「……確か、殿下の母君は」
「ええ、ご存じの通り早逝しました。弟妹達の実母である現王妃サブリナは後添いですね」
グレイの言葉に頷く殿下。成る程、王妃である実母が死んで、今の王妃は継母か。きっと王位継承争いが起こっているのだろう。それで命を狙われてきた、と。そんな風に育って性格が捻くれてしまったのだろうな。
それは同情するけど君子危うきに近寄らず、関わりたくない。
「事情は理解しましたが、ギャヴィン殿の仰る通りです。最初に相手に受け入れられないような条件を提示し、後で譲歩した本命の内容を提示する。交渉の手法としては有効でしょう。
しかし味方に引き入れたい相手に対し、本題に入る前に先程のような不要な口遊びは交渉事としては甚だ悪手かと存じます、殿下。
事実、僕達は殿下に対して好印象は持てませんでした。何故最初から私達の子供と縁組をしたいと話されなかったのですか?」
「相手の本性を手っ取り早く知るには怒らせるのが一番だからですよ、グレイ殿。本当はそんな乱暴な手段によらず、もう暫く正体を隠し通し、時間を掛けて私個人としてお二人と交流を持って信頼関係を築いて行こうと思っていました。けれど、悠長な事を言ってられなくなりましたので……」
「……どういう事ですか?」
「私の継母、現王妃はドルトン侯爵の妹。そう、マリアージュ姫を襲ったメイソンの叔母にあたるのです」
な、何……だと。
すっごく嫌な予感がしてきたんだけどー!
***
まずは私の事から話しましょうか、と殿下は続ける。
「よくある話です。人目を憚り大っぴらにはしておりませんが、現王妃は私の弟である第二王子ジェレミーを次代の王にと望んでいます。弟本人は私を慕ってくれ、王位を望んでいないのですが、周りがそれを許さない。
後ろ盾のドルトン侯爵家を筆頭に、第二王子派の貴族達はこぞってジェレミーを王太子にと父王をせっついておりましてね。私の実母の実家はブロワ伯爵家、後ろ盾の弱い第一王子は王位に就けるよりも臣籍に下らせた方が国は安定すると言うのですよ。
勿論ドルトン侯爵と敵対している貴族や、私の後ろ盾を狙い権力を欲する貴族、また数少ない保守派の貴族は長子相続を崩してはならないと私を支持してくれておりますが、その中で私がまともに信頼出来る貴族はほんの僅か、残りは私を傀儡の王にして権勢を得ようとしている日和見な有象無象ばかりですね。味方と見せかけて王妃サブリナ側に内通していた貴族もいました」
頭が痛い事ですが、と殿下は溜息を吐いた。ギャヴィンも、「何度か私も死にかけました……」と遠い目をしている。
「確実に信頼出来るのは、従兄弟のザイン・ウィッタード、こちらのギャヴィン、ブロワ伯爵とその友好貴族ぐらいです。ああ、新たにキャンディ伯爵家とルフナー子爵家が加わりましたか」
「僕達は信頼に値すると?」
「逆にグレイ殿が姫を諦めて差し出し、阿って来られたら警戒していたところでした」
「……それはどうも」
「話を戻しますが、私と弟、それぞれの派閥の貴族達の板挟みになった父王は、どちらを王太子にするか明言を避け、来年いっぱいまで期限を設け、王国の発展により貢献した方に王位を継がせると表明しました。
私が王になる為に色々と動いているのはそれが理由です。今のところ、辻馬車の新たな運用や教育制度で私が優勢に立っており、王妃は焦っている状態ですね」
ふーん。
トラス王は、きっと第一王子派と第二王子派どちらも敵に回したくなかったんだろうな、と思う。だから苦肉の策としてそんな条件を出してお茶を濁した。という事は王権はそこまで強くないのだろうな。
情けないとは思うけど、どっちかに味方すると内乱が起こりかねないんだし。そんな背景もあってアルバート第一王子殿下は王権強化を目指しているという事か。
「更にメイソンがあの事件を起こした事でドルトン侯爵家は醜聞に塗れ、王妃側は不利になりました。キャンディ伯爵家は特殊な役目を担っており、それが故に中立派の筆頭貴族だったのですが、事件のせいでドルトン侯爵家に敵対的。その姻族であるルフナー子爵家もそれに倣うでしょう。辻馬車の件でも関係を深めましたから」
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私も再三キャンディ伯爵家を訪ねていましたので、そこのところも人を使って探りを入れているでしょう。上手く姫を王宮に呼び出すか、伯爵家に訪問してくるかは分かりませんが――謝罪に託けて貴女を味方に付けようと動く筈です。和解して手厚く遇する事で醜聞をどうにかしようとね。
後は……事件の後、人が変わったようなメイソンの事も訊かれるかも知れません。王宮に引き取られた後で身体検査をしましたが、拷問された様子も無く。この卑賎な雄豚奴隷は女神様によって生まれ変わったと妙な事を言うばかりでしたので。あの男に何をしたのかは分かりませんが、あれは姫の仕業ではないですか?」
いきなり話を振られ、私はごふぅっと盛大に紅茶を噴き出した。まさかそこ突っ込む!?
「ななななっ――何のことかしら!」
ギャヴィンが布巾を渡してくれたので慌てて拭き取る。グレイが後でじっくり訊かせて貰うからね、と小声で囁き、圧のある笑顔を向けて来た。どうしよう、ヤバい、何とか誤魔化さないと……。
「おや、違ったのですか? まあそれはさておき、王妃側――彼らは冗談ではなく本当に強引に手段を選ばず姫を引き入れようとするでしょう。暗殺者を当たり前に送り込んで来ますし、毒を盛る事も平気でやる連中です。だから、悠長な事を言ってられなくなったのですよ」
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