貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(61)

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 その日、僕達がソルツァグマ修道院へ向かうと、丁度キャンディ伯爵家御一家が馬車を降りているところだった。

 前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンはちゃんとした騎士の恰好をしている。サイモン様やご家族には勿論、彼らにも挨拶。
 僕の視線を受けた前脚ヨハンは、「流石にマリー様の晴れ舞台でございますゆえ」と微笑を浮かべていた。後ろ脚シュテファンに至っては、「感無量でございます――この日をどれだけ待ち望んだ事か。最初からマリー様こそが聖女だと我らは信じておりましたので」と少し涙ぐんでいる。

 聖堂は儀式の為にその場を整えられていた。目を引く壇上には聖女様を刺繍で縫い取って描かれた大きな聖画像が掲げられており、ベンチや柱のあちらこちらに純白の布と花が飾られている。
 僕達の他は高位聖職者――教皇猊下の随行と思われる方々やここの修道士修道女が並び、今日の主役の訪れを今か今かと待っていた。やがて、修道院長――正装をしたメンデル・ディンブラ大司教が緊張した面持ちで場を清める為の祈祷を唱え、聖水を散らしながら入場して来た。
 壇上近くまでやってくると、「これより聖女マリアージュ様ならびにサングマ教皇猊下がおなりになります。皆様、祈りの姿勢を取られますよう」と先触れを告げて脇に控える。全員頭を垂れて祈りの姿勢を取ると、やがて教皇猊下が恭しくマリーの手を引いて導くようにゆっくりと歩いて来られた。シャラリシャラリと涼やかな音がして、彼らは壇上に立つ。
 サングマ教皇猊下が挨拶を述べられ、祝福の祈祷を受ける。それが終わるとやっと顔を上げる事を許された。
 壇上を見て、僕はあまりの美しさ、神々しさに言葉を失う。煌びやかな古代衣装を纏い、太陽神に属する者として翼を模った装飾や輝く黄金や宝石を身に着けたマリーは、天井窓から差し込む陽光を受けてキラキラと光り輝いている。その蜜色の瞳と髪、美貌も相まって、正に太陽神に遣わされた聖女様そのものだったのだ。

 「大いなる天空に輝ける神の御恵みは聖女の御手にありて、数々の奇跡を為し彷徨えし人々を導き給う……」

 僕がぼうっとマリーに見惚れている間に儀式は恙無く進んでいく。本当にあの女神のような人が僕なんかの婚約者で良いのだろうか。
 ふと、そんな思いが心を過る。
 昔読んだ物語では、聖女様は数々の奇跡を起こし、人々に恩恵を与えたという。王や皇帝から求婚され、聖地を含む地域一帯にかつてあった小国の王を選び婚姻した。それに引き換え、僕は……ただの下級貴族の爵位を持つだけの商人の息子に過ぎない。

 「――今ここに、新たなる聖女による太陽神の祝福を」

 教皇猊下の言葉が終わると錫杖が太陽の光に向かって掲げられる。キラリと反射した光が眩く僕の目を刺した。

 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、天空に輝ける太陽神ソルヘリオス。この世の遍く人々へ光明の幸いあれ!」

 そのまま彼女は錫杖の先端をこちら側に傾ける。皆一斉に祝福を受ける時の姿勢を取ると、妙なる音が降り注がれた。

 「今ここに、新たな聖女が認められた」

 サングマ教皇猊下の厳かな声。急に、マリーが遠い人に見えた。


***


 そう思ったのは僕だけじゃ無かったようで。

 家に帰るべく着替えて戻って来たマリーはいつものマリーだったけれど、サイモン様や奥様を始め、ご家族は聖女になったお祝いを口にしているけれどもどことなくぎこちなかった。無邪気なイサーク様とメルローズ様も借りて来た猫のように大人しく神妙な顔をしている。
 聖女になった以上、そして教皇猊下と並び立つ、いやそれよりも尊い身になったマリーに対し、どう接したら良いのか分からなくなったのだろう。

 「ダディママンも皆もどうしたの? おかしいよ?」

 「……聖女様になったのなら、俺達も敬った方が良いのかなぁ~、なんて」

 「はぁ? んなわけないじゃん!」

 サイモン様も奥様も言葉の掛け方を忘れたような困り顔、恐る恐る切り出したカレル様の言葉にマリーは眉を顰めている。
 助けを求めるようにこちらを見られたので、僕は腹を括った。

 「マリー。マリーが何だか遠くに感じて……しまったんだと思う。さっきの装束のマリーは別人のようで、実際に聖女様になってしまったんだし……それって、教皇猊下よりも偉いんだよね?」

 むにっと鼻先に指が突き付けられた。マリーは腰にもう一方の手を当て頬を膨らませている。

 「もう、グレイまで! 私は私よ、遠くに行った覚えなんてないけれど。それにグレイ、貴方は商人でもあるのでしょう? 箱が豪華ってだけで惑わされちゃ駄目じゃない!」

 ……あの聖女様の衣装を箱扱い。儀式の神聖的な光景の余韻が急速に薄れていって、いつもの慣れ親しんだ彼女なんだなと思う。マリーはやっぱりマリーだったと嬉しくなった。
 確かに豪華な箱だと高く売れるなと思いながら、苦笑してそうだねと同意する。遠くに行ってしまったのはマリーではなく僕達に他ならない。悪い事をした、と反省する。カレル様もホッとしたように例の如く軽口を叩き始めた。ご家族も気が緩んだのか、余裕が出て来たようだ。
 口々にお祝いを言われたマリーは嬉しそうに微笑んでお礼を言っている。そうして聖女の儀式は平和の内に終わっていった。
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