貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

遊びをせむとや生まれけむ。

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 それからも買い食いしたり、色々な物を買ったりした。値の張る絹を売っていた商人はキーマン商会の取引先であったらしく、それは銀行券で支払う。商人曰く、銀行券はやはり便利だそう。ちなみに買ったものでかさ張るものは全て馬車の待機する商会へ届けて貰うように頼んだ。
 バザールを歩いていると、ケルト音楽を思わせるような軽快な旋律が耳に入って来た。それに誘われるように歩くと、やがて中心部にある広場へとやってきていた。広場周辺はビアガーデンみたいになっていて、テーブルと椅子が並べられ、人々がお酒を飲んだり食べたりしている。すっかり出来上がっているおじさん達が陽気に歌を歌っていた。

 音楽は、広場の中央にいる楽団が奏でていた。ちょうど演奏をし終わったらしく、木箱で作られた壇上に立った派手な服装の男が何かの口上を言い、口笛や人々の歓声がどっと上がる。すぐに新たな曲が始まり、皆が手と手を取り合ってくるくると輪になって回るマイムマイムのようなダンスを始めていた。

 「僕達も踊るかい、マリー」

 「勿論!」

 私達は円に加わった。見知らぬ人とも笑い合って中央の楽団を囲んでステップを踏む。それが終わると今度は男女ペアが残ってのダンスになった。曲も変わってテンポが早くなっている。
 庶民の踊るダンスは貴族のそれよりも単純なものだったけれども動きが激しい。しかし私はこっちの方がどちらかと言えば好みだ。
 グレイと腕を組んでくるくる回ったり手を叩いたりして踊ると、少し汗をかいてしまった。

 「ふう、疲れたね」

 「本当、何か飲み物が欲しいわ」

 「ワインの水割りを買ってきております。毒味も済みましたので、こちらでどうぞ」

 サリーナが確保していたのであろう席に促して、持参していたコップにそれを注いで渡してくれた。グレイの護衛さん達も杯を手にしている事から、私達が踊っている間に飲んでいたのだろう。本当に気が利くなぁ。
 女子供にも飲めるようにワインは新しいもののようで、アルコール分は少なく葡萄ジュースに近いものだった。
 喉を潤してついでに買ってきた果物やおつまみも食べて休憩した後、私達は義兄アールの管轄であるという宝飾店に向かった。何と言ってもキーマン商会の系列店なので、安心の買い物が出来る。

 宝飾店は流石に富裕層を相手にしているからか、貴族の邸宅のような内装だった。感謝祭にかこつけてセールもしていたらしく、何組かのカップルが品定めをしている。グレイを見るや否や、店員が奥へすっ飛んで行って責任者を呼んで来た。すわ、何らかの監査か、とでも思ったのだろう。
 冷や汗をかく責任者に、「今日は婚約者と買い物に来たんだ」と来意を告げるグレイ。そこで改めて丁重に迎えられ、一通り店内を見せて貰った後で別室に案内された。そこは所謂外商の部屋なのだろう。

 責任者にとっておきの宝飾を持ってきて貰って私は色々眺めた。だけど、高価な品物を贈るのはちょっと違う気がする。
 どういうものが良いのだろうか、とうーんと悩む。やはり特別な物が良い。特別な。でも特注で作って貰ったりすると、きっと結婚式には間に合わないだろう。中途半端な物を贈るよりは、遅れてもちゃんと用意したものが良い。

 「マリアージュ様、当店の品はお気に召しませんでしたか……?」

 考え込む私をどこかハラハラした様子で責任者の人が見詰めている。暫くして、良い物を思い付いた私は顔を上げて責任者を見た。

 「あの、腕の良い金属細工師ってこちらにいらっしゃるかしら」

 「金属細工師?」

 グレイが不思議そうに訊いてくる。「特注でもするの? マリー」

 「ええ。値段は関係無くて。他にはない、特別な物が良いのよ。二つほど思い付いたの。筆記用具を貸して下さる?」

 「はっ、はい!」

 慌てて責任者が紙とペンを用意してきた。

 「一つ目は『魔法の鏡』よ。光を反射すると模様が浮かび上がる仕掛けなの」

 所謂『魔鏡』である。前世、何かの折に魔鏡を作る実験に参加した事があった。その原理をグレイに説明する。

 「作り方は確かこう。ガラスじゃなくて、昔ながらの鏡。薄めの金属板の裏側に図案を彫って、表側を研磨して鏡にするの。それが光を反射すれば裏側の模様が壁などに映し出されるというものなのだけれど……」

 グレイが興味深そうに紙を覗き込んで来た。

 「確か外国にそういう不思議な魔法の鏡があるって聞いた事がある。へぇ、そういう作りになっているんだね。でもそういう鏡なら鍛冶師では?」

 「鍛冶師じゃなく金属細工師が良いと思ったのは、蓋の裏側に魔法の鏡を嵌め込んだ小物入れを作って欲しいからなの。家紋や模様をあしらって、首に下げても腰に下げても良いようなものとして。鏡の裏側にはメッセージを彫って貰おうかなって思ってるの」

 サラサラと懐中時計のような小物入れのイメージを具体的に描いていく。タッセルとか付けても素敵。しかもただの飾りじゃない、実用品である。
 下げていれば綺麗な飾り。必要な時はすぐさっと取り出して鏡を見れるものは結構便利だろうと思う。チェーンを使ってネックレスにするか、長さを調節出来るような紐で腰から下げるかはそれぞれのお好みにお任せ。

 「成程、素敵だね。もう一つは?」

 「そうそう、もう一つは特殊な鈴ね。とても美しい音色を奏でるものなの。こんな風に、丸い金属球の中が空洞になっていて、内側に櫛のようなものを嵌め込む二重構造になっているの。小さな金属の玉が幾つか入っているわ」

 ドルイドベル、ガムランボール、水琴鈴……色々呼び名はあるが、オルゴールボールというのが一般的か。とても涼やかで玲瓏れいろうたる音を奏でるその鈴は、前世でもお気に入りだった。

 「魔法の鏡を使った小物入れと、この鈴を組み合わせた飾りが欲しいのよ。小さな宝石等を上手く使って家族それぞれをイメージした装飾を施せば、きっと素敵なものになるわ」

 出来そうかしら? と首を傾げて責任者の人に目を向けると、ワクワクした視線を返された。

 「マリアージュ様のお噂はかねがね伺っておりましたが、流石でございますね。ただ高価なだけの宝石よりはこちらの方が遊び心があって素晴らしい。特別なお品はご家族にもきっと喜ばれるかと。当店と取引のある腕の良い細工師がおりますので、試しに一つ作らせてみましょう」

 「まあ、本当に? 是非一度、魔法の鏡と鈴の試作品を一度作ってみて欲しいわ。もし出来るようならば、そのまま全員の分を作って欲しいの。
 家族それぞれをイメージしたモチーフとメッセージは残しておくわ。デザインは専門の方にお任せするわね。ただ、出来ないなら出来ないで知らせて下さいね、無理を言っているのはこちらなんですもの」

 と言っても、魔鏡は地球の歴史でも古くからあるものだし、オルゴールボールに関しても多分大丈夫だろう。
 ただ万が一もあると思って、勿論試作させた分の費用はこちらで持つので安心して下さいと付け加えると、責任者の人はふわりと目元を和らげる。

 「かしこまりました。お優しい方ですね、グレイ様」

 「ああ、僕の自慢の婚約者なんだ」

 房飾りは付けて欲しい事、その色等のデザインへの注文や、魔鏡に関する幾つかの注意点を書き添えると、私は責任者の方にお願いをした。グレイも「それなら僕も同じものを注文したいな」とペンを取る。

 注文を終えて店を後にすると、そこにはルフナー家の馬車が数台待機していた。私達は帰路につくべくそれに乗り込む。
 ああ、楽しかった。名残惜しく今日の事を会話していると、あっという間にキャンディ伯爵家に到着。馬車を降りる際、グレイがエスコートしてくれた。悪戯っぽく笑って、玄関ではなく、後続の馬車へと案内される。

 今日買った荷物を護衛の人がうちの使用人に渡している所に、見覚えの無い大きな袋があった。グレイはその袋を指差して私を見つめる。

 「マリー。これ、何だと思う?」

 「何かしら。こんな大きな物、買った覚えがないわ……」

 言いながら、私は袋を触ってみた。ざらりとした音。何か、穀物のような……。

 「あっ……もしかして、お米!?」

 絞られた袋の口を護衛の人が開けて見せてくれる。確かにそれはお米だった。種籾の状態で、脱穀はされていなかったけれど。

 「お、お米……! 夢にまで見た、お米!」

 手にすくってみる。しかも、長いやつじゃなくて短いやつ!
 ふおおおお、と感動してふるふる震えていると、グレイは良かった、と微笑んだ。

 「思いがけなく早く手に入ったんだ。遅くなってごめんね」

 「いいえ、いいえ。凄く嬉しいわ!」

 これでカレーライスが出来る! おにぎりだって! あああ!

 私は天にも昇る心地でグレイに抱き着いてキスを落とした。次いで、その手を握ってくるくると踊る。今日は楽しい事ばかりで最高の日だ。笑いが止まらない。
 「わわっ!?」とグレイは目を白黒させて私に振り回されている。そこに居た皆の笑い声が夕焼け色の空に吸い込まれて行った。
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