貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
121 / 690
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

聖女誕生。

しおりを挟む
 聖女認定の儀式当日――。

 家族や事情を知る姻戚となったルフナー家兄弟の列席の下、儀式は密やかに、そして厳かに執り行われた。何故か馬の脚共もしれっと騎士っぽい格好で列席しているのがやや気になるが。きっと父に無理を言ったのだろう。
 勿論表向きはアン姉やアナベラ姉、そして私の結婚式に関する最終確認と打ち合わせとして集まった事になっている。何か訊かれる事があっても自然な理由であり、疑われる事はまず無いだろう。

 あれからサングマ教皇に改めて『来たるべき災厄』について説明した。勿論日本で得た知識であるという事と、高確率でやってくるであろうということも。
 教皇はトラス王に面会し、私の名を出さずに話をしてくれる事を約束してくれた。聖地に帰る途中に寄る国々にもそのようにしてくれるそうだ。本当に頼もしくありがたい限りである。
 話のついでにいろは歌の意味についても教えてあげると、サングマ教皇は「それを知る事の出来た教皇は恐らく私が初めてでございましょうね。恐らく初代聖女様の深い御心の内でもあったのでしょう」と大層喜んでメモを取っていた。後代に残していくらしい。

 儀式もいよいよ大詰め。太陽を背に天馬に乗った聖女やその周りを飛び交う数多の鳥達が描かれた大きなタペストリーが掲げられている上段に立つと、サングマ教皇が『聖女への寿ぎ』を朗々と諳んじた。それが終わると私はシャラリと涼やかな音を立てて錫杖を掲げる。

 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、天空に輝ける太陽神ソルヘリオス」

 太陽神の御名を唱える。「この世の遍く人々へ光明の幸いあれ!」
 錫杖を信徒席の方へ向けて満遍なくシャラシャラと鳴らしながら遍く人々への祝福を述べた。列席者は全員頭を垂れて祝福を受け取っている。神道の厄払いの儀式を思い出すのはきっと気のせい。

 「今ここに、新たな聖女が認められた」

 サングマ教皇が厳かに宣言をし、列席者は皆寿ことほぎを述べる。ここで儀式は終わり、私は本当に聖女となったのである。


***


 「――と言ってもやる事は今までと大して変わらないんだけれどね」

 儀式の日から数日後。ルフナー子爵家の馬車の中、私はグレイと向き合っていた。
 災厄への対策はサングマ教皇や国にお任せだし、聖女としての勉強を続けるぐらい。他は聖女が必要な儀式を頼まれるぐらいだけど、それも滅多に無いし。

 儀式の後はちょっと大変だった。着替えて面会した家族やグレイ達が若干丁寧、というかよそよそしくなった感じがしたのだ。そのぎこちなさに耐えきれず理由を突っ込んで訊けば、「マリーが何だか遠くに感じて……」とグレイが代表して言う。あー、あの聖女の衣装なぁ。儀式という舞台装置も相俟ってそんな風に思われたのだろう。

 「私は私よ、遠くに行った覚えなんてないけれど。それにグレイ、貴方は商人でもあるのでしょう? 箱が豪華ってだけで惑わされちゃ駄目じゃない!」

 腰に手を当ててグレイの鼻先に指を突きつけて頬を膨らませると、「そうだった、いつものマリーだね」と苦笑する。カレル兄が「こんな威厳の無さでお前に聖女様が本当に務まるのか?」と茶々を入れ、父達が全くだと同意する。母や姉達がクスクスと笑い出し、皆の雰囲気も和らいでいつもの調子に戻った。

 ……絶対に隠密ステルス状態を保って聖女引退まで乗り切ろう。

 そんな事を思い出しながら改めて決意していると、グレイが「聖女が存在しているって事そのものが教会にとっては大切なのかもね」と相槌を打つ。

 「僕としてはそっちの方が嬉しいよ。こうしてマリーが傍に居てくれて、デートにも一緒に出かけられるから」

 「ま、まぁ、グレイったら」

 グレイが嬉しい事を言ってくれ、頬が熱くなってテンションも上がる。そう、今日は待ちに待った感謝祭の日。お忍びデートなのである!

 今の私の服装は商家のお嬢さんをコンセプトにした軽装のロングワンピース。グレイもそれに合わせたものだ。
 収穫の感謝を捧げる秋のお祭りなので、ワンピースは秋色を基調とし、胸元には秋薔薇のコサージュを飾る。頭には日差しがまだそれなりに強いのとお忍びであることからつばの広いレースを使ったサンボンネット。それを三つ編みしたお下げの上に被っていた。ちなみにボンネットには秋薔薇に林檎や葡萄のモチーフが愛らしく素敵に飾られている。私的にはドレスよりもこっちの方が好きかも。

 「若旦那、これ以上は進めませんよ」

 「分かった、ではここで降りよう。手筈通りにね」

 「はい、ごゆっくり」

 グレイのエスコートで馬車を降りる。使用人の馬車からもサリーナやグレイの手配した護衛の方々が降りた。めいめい着飾った人々が浮き足立って行き交う賑やかな通りを見渡すと、私は思わず歓声を上げた。

 「わぁ……あれがバザールなの?」

 「そうだよ、マリー。ほんの入り口だけどね」

 人々の大部分は同じ方向に向かって歩いていた。そちらを向くと少し離れたところにバザールと思われる露天が軒を連ねているのが見える。露天同士の間には色とりどりの三角旗が渡され、入り口付近では道化の格好をした人達がお手玉や玉乗りなどを披露していた。

 「さぁ、行こう! 迷子にならないように、僕の手を離さないでね」

 「ええ!」

 グレイの手に引っ張られ、祭りの雰囲気に誘われるように私は心躍らせながら歩き出した。
しおりを挟む
感想 925

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?

藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」 愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう? 私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。 離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。 そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。 愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。