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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
初代聖女の手記
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「……とりあえず、お立ち下さい。教皇猊下ともあろうお方が私のような小娘に膝を折られる必要はございませんわ」
真の聖女とやらの条件が、転移にしろ転生にしろ、日本語が出来る事、と定められている事が分かった。初代聖女によって。
英語ではいけなかったのか。何故日本語なのか。その意図というか、目的の方が気になりだしていた。ひとまず目の前の教皇に詳しく話を聞いてみたい。
しかし教皇は私の言葉に頑なに首を振る。
「いいえ、真なる聖女様ともなればその御身は私よりも遥かに貴きものでございますれば」
「確かに私にはあちらの記憶を持って生まれて参りました。恐らく初代聖女様と同郷でしょう。しかし、それだけの事です」
私は教皇の腕を取って立ち上がるように促した。偉い人に傅かれるのは心臓に悪いし、これからの私は安全安心ニート生活の為にこの人に助けて貰わなければいけないのである。
「我が身が聖女と認められた後の隠匿をお願い申し上げておりました事は猊下もご存知でしょうが、そもそも私は災厄への対策が解決しさえすれば聖女を辞してひっそりと生きていくつもりなんですの」
溜め息混じりにそう言うと、サングマ教皇は驚愕に目を見開いた。
「な、何故でございますか……!?」
「教皇猊下。猊下にはその為に色々助けて頂きたいのです」
お話を聞いて頂けますか、と言うと、教皇は表情を改めて頷いた。
***
「……では、聖女様はニホンで働きづめだったので、この世ではのんびりとした生を望まれる、と」
話を聞き終えたサングマ教皇の困惑した表情に私は頷いた。
「概ねその通りですわ。聖女のお話も、お受けしたのは『来たるべき災厄』への対策の為が主なんですの。生きている内に災厄が起こればのんびり生きられなくなりますでしょう?」
教皇にはこちらの事情と希望を素直に話していた。嘘を言っても仕方が無いし、矢面に立ってもらう以上は誠意を示さないとな。
「なんと……。先程、『主』だと仰いましたが、そのほかの理由もあるのでしょうか」
「はい。自らの生活基盤をより盤石にするために色々としている事が、父に言わせればどうにも普通では無い事のようで。
最近は、王族に目を付けられて召し出されかねないという危惧が出て参りましたの。平穏にのんびり生きる為にも、我が身の隠匿と保護を教会にお願いしたいのですわ。
私はどうしても婚約者であるグレイ・ルフナーと平穏無事に結婚したいものですから」
「普通ではない事とは?」
「その、『来たるべき災厄』についての知識以外はそんなに大した事ではないのですが――」
当たり障り無い養蜂やバス式辻馬車運行システム、教育制度を例に挙げて説明すると、サングマ教皇はほうと声を上げた。
「成程。神の国の叡智という訳でございますね。この国どころか、どこの国の王族も欲しがるでしょう」
「……そうなのですか?」
挙げた例は銀行や弾丸とは違い、どれもオーバーテクノロジーな技術ではなく、工夫次第で再現出来るものばかりである。教皇もまた父サイモンと同じような反応なので首を傾げれば、はいと頷かれた。
「蜂を飼う技術一つ取っても、驚くべき事でございます。そう言う事でしたら教会を挙げて御身をお隠しお守り致しましょう。その代わりと言っては何ですが、お願いがございます」
「……何でしょうか」
「ニホンの言葉をご教示賜りたいのです」
無理難題だったら困るな、と内心身構えた私は、意外な内容に目を丸くした。
「日本語を? もしかして、初代聖女様が書かれた日記か何かをお持ちなのですか?」
訊き返せば、はいと頷く。
「その通りです。初代聖女様の遺された手記を写本にて書き写して保管するという役目が代々の教皇にございます。
『イロハ』の文字とその音こそは分かるものの、手記には種類の違う文字も混ざっておりまして、それを誰一人解読した者はおりません。
私はどうしてもそこに何が書かれてあるのか知りたいのでございます」
やはり、あったのか。日本語で書かれたものが。恐らく、聖女はそれを次代に読ませる為に条件付けをしたに違いない。自分という存在の例を希望に、天文学的確率に賭けて。
「まあ、それは私も興味がありますわ。読ませて頂くことは可能でしょうか?」
そうまでして遺されたものだ、是非読まなければという思いが募る。個人的な興味からも読んでみたくなった。私の問いにサングマ教皇は勿論ですと破顔する。
「本来、真の聖女様が引き継がれるべきもの、可能でございますとも。ただ、持ち出しは禁じられておりますので、恐れながら聖地にある中央大聖堂までおいで頂く事が条件になりますが」
「日本語は勿論お教えします。是非機会を得て伺いたいですわね」
聖地とは、バチカン市国のような特別な地域であり、教会による自治がなされていると聞く。そこに教会を束ねる中央大聖堂があり、教皇はそこに住んでいるのである。
その手記を読めば、初代聖女が転移者なのか転生者なのか、そして何を思って生きたのかが分かる事だろう。
真の聖女とやらの条件が、転移にしろ転生にしろ、日本語が出来る事、と定められている事が分かった。初代聖女によって。
英語ではいけなかったのか。何故日本語なのか。その意図というか、目的の方が気になりだしていた。ひとまず目の前の教皇に詳しく話を聞いてみたい。
しかし教皇は私の言葉に頑なに首を振る。
「いいえ、真なる聖女様ともなればその御身は私よりも遥かに貴きものでございますれば」
「確かに私にはあちらの記憶を持って生まれて参りました。恐らく初代聖女様と同郷でしょう。しかし、それだけの事です」
私は教皇の腕を取って立ち上がるように促した。偉い人に傅かれるのは心臓に悪いし、これからの私は安全安心ニート生活の為にこの人に助けて貰わなければいけないのである。
「我が身が聖女と認められた後の隠匿をお願い申し上げておりました事は猊下もご存知でしょうが、そもそも私は災厄への対策が解決しさえすれば聖女を辞してひっそりと生きていくつもりなんですの」
溜め息混じりにそう言うと、サングマ教皇は驚愕に目を見開いた。
「な、何故でございますか……!?」
「教皇猊下。猊下にはその為に色々助けて頂きたいのです」
お話を聞いて頂けますか、と言うと、教皇は表情を改めて頷いた。
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「……では、聖女様はニホンで働きづめだったので、この世ではのんびりとした生を望まれる、と」
話を聞き終えたサングマ教皇の困惑した表情に私は頷いた。
「概ねその通りですわ。聖女のお話も、お受けしたのは『来たるべき災厄』への対策の為が主なんですの。生きている内に災厄が起こればのんびり生きられなくなりますでしょう?」
教皇にはこちらの事情と希望を素直に話していた。嘘を言っても仕方が無いし、矢面に立ってもらう以上は誠意を示さないとな。
「なんと……。先程、『主』だと仰いましたが、そのほかの理由もあるのでしょうか」
「はい。自らの生活基盤をより盤石にするために色々としている事が、父に言わせればどうにも普通では無い事のようで。
最近は、王族に目を付けられて召し出されかねないという危惧が出て参りましたの。平穏にのんびり生きる為にも、我が身の隠匿と保護を教会にお願いしたいのですわ。
私はどうしても婚約者であるグレイ・ルフナーと平穏無事に結婚したいものですから」
「普通ではない事とは?」
「その、『来たるべき災厄』についての知識以外はそんなに大した事ではないのですが――」
当たり障り無い養蜂やバス式辻馬車運行システム、教育制度を例に挙げて説明すると、サングマ教皇はほうと声を上げた。
「成程。神の国の叡智という訳でございますね。この国どころか、どこの国の王族も欲しがるでしょう」
「……そうなのですか?」
挙げた例は銀行や弾丸とは違い、どれもオーバーテクノロジーな技術ではなく、工夫次第で再現出来るものばかりである。教皇もまた父サイモンと同じような反応なので首を傾げれば、はいと頷かれた。
「蜂を飼う技術一つ取っても、驚くべき事でございます。そう言う事でしたら教会を挙げて御身をお隠しお守り致しましょう。その代わりと言っては何ですが、お願いがございます」
「……何でしょうか」
「ニホンの言葉をご教示賜りたいのです」
無理難題だったら困るな、と内心身構えた私は、意外な内容に目を丸くした。
「日本語を? もしかして、初代聖女様が書かれた日記か何かをお持ちなのですか?」
訊き返せば、はいと頷く。
「その通りです。初代聖女様の遺された手記を写本にて書き写して保管するという役目が代々の教皇にございます。
『イロハ』の文字とその音こそは分かるものの、手記には種類の違う文字も混ざっておりまして、それを誰一人解読した者はおりません。
私はどうしてもそこに何が書かれてあるのか知りたいのでございます」
やはり、あったのか。日本語で書かれたものが。恐らく、聖女はそれを次代に読ませる為に条件付けをしたに違いない。自分という存在の例を希望に、天文学的確率に賭けて。
「まあ、それは私も興味がありますわ。読ませて頂くことは可能でしょうか?」
そうまでして遺されたものだ、是非読まなければという思いが募る。個人的な興味からも読んでみたくなった。私の問いにサングマ教皇は勿論ですと破顔する。
「本来、真の聖女様が引き継がれるべきもの、可能でございますとも。ただ、持ち出しは禁じられておりますので、恐れながら聖地にある中央大聖堂までおいで頂く事が条件になりますが」
「日本語は勿論お教えします。是非機会を得て伺いたいですわね」
聖地とは、バチカン市国のような特別な地域であり、教会による自治がなされていると聞く。そこに教会を束ねる中央大聖堂があり、教皇はそこに住んでいるのである。
その手記を読めば、初代聖女が転移者なのか転生者なのか、そして何を思って生きたのかが分かる事だろう。
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