貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

クジャク男の顛末。

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 嵐のようなフレール嬢の訪問から数日後――アルバート第一王子殿下達がザイン・ウィッタードを我が家へと連行してきた。
 私は二度とお会いしないとの約束だったので、殿下は気を利かせて別室で待機して下さっているそうだ。
 喫茶室の中には神妙な顔をしたザイン、ギャヴィン、それに見知らぬ貴族女性がいる。
 対するこちらはアン姉と私。アナベラ姉は生憎留守だった。
 アン姉が複雑そうな眼差しをその女性に向けていたので、恐らくその女性が殿下の客人とやらなのだろう。栗色の髪にグレーの瞳、この国の女性とはちょっと違う、凛とした顔立ちの美女だった。

 「お初にお目に掛かりますわ。私はガリア王国、ピロス公爵の娘メテオーラと申します」

 綺麗な所作でそう名乗る美女。私達もそれぞれ名乗る。
 姉に続いて私が名乗ると、メテオーラ嬢は「まあ、貴女が……?」と興味津々の眼差しで意味ありげに見詰めてきた。何だろう?
 ギャヴィンが咳払いをする。「メテオーラ様、そのお話は後で」

 「ああ、ごめんなさい。そうだったわね」

 メテオーラ嬢は苦笑交じりに行って、アン姉に向き直る。そして深々と頭を下げた。

 「アン様。この度の事、私が悪かったのです……本当に申し訳ありませんでしたわ」

 「……どういう事でしょう」

 「その前にお掛けになって下さい」

 私は落ち着いて話をするべく客人達に席を勧めた。
 お茶と菓子が用意され、使用人達には席を外してもらう。

 「先程の事ですが……ウィッタード様、こうなってはもう全てお話する事になりますわ、宜しいでしょうか?」

 「はい……」

 「実は、ウィッタード様は美しい女性が苦手なのです」

 「は?」

 アン姉の目が点になった。

 「美女が、苦手……?」

 「ええ、美女を前にすると上がってしまって挙動不審になってしまうそうですわ。ああ、黙ってエスコートをするぐらいならば大丈夫ですが、目を合わせてまともにお話をするのが難しいそうですの」

 「はぁ?」

 「言われてみれば……そうだったのですわね」

 「結論を申し上げれば、アン様はウィッタード様には美しすぎたのですわ。実は、結婚式を控えているという事で気に病まれていたようで、美女に慣れるにはどうすればいいかと相談をされましたの。
 ああ、勿論私がウィッタード様と特別な関係という訳では無く。私は隣国の人間ですし、爵位も近いので気軽に相談しやすかったのでしょう。そこで私は実践が一番だと助言したのです。多くの美女と会って話す、そうすればだんだん慣れてくるだろうと思いまして」

 しかしそれが私の浅慮だったのですわ、と申し訳なさそうに言う。

 「下手に社交界で美女に話しかけていてはあっという間に醜聞になったり誤解を招いてしまったりしてしまいますでしょう? そこで、ウィッタード様は娼館を利用なさったんです。これが一連の顛末ですわ」

 不幸中の幸いとして、ウィッタード様はアン様に顔向け出来ない事は一切やっていないそうですわ、と締め括った。
 メテオーラ嬢の話を聞き終わると、アン姉はザインに目をやった。

 「それならそうと……何故話して下さらなかったのです、ザイン様」

 「……自分が情けなかったんです。まともに貴女と目を合わせる事すら出来ない自分が。こんな事とても恥ずかしくて言えませんでした……」

 ずっと項垂れたまま、絞り出すような声で言ってザインは顔を覆う。
 私はあまりに馬鹿馬鹿しくなって小指で耳をほじりたくなった。

 ――夫婦になってベッドを共にすれば一発で直りそうだけどな。

 等と下品な考えが浮かぶ。ああ、もしかして美女だと役に立たなくなるとかだろうか。一応確認しておく必要があるな。

 「時にザインお義兄様。初夜は使い物になりそうですか?」

 私のダイレクトな質問に、ギャヴィンが紅茶を盛大に噴き出した。「おっ、乙女が男に何てことを訊いてるんですか!」と言いながら慌ててハンカチを取り出して拭いている。
 アン姉は茹蛸のように真っ赤になって口をパクパクさせるばかり。

 「そ、そうですよ、マリー!」

 男としての沽券に関わる事である。流石に聞き捨てならなかったのか、ザインが顔を上げて慌てたように言った。ずっと羞恥を堪えていたのか、目が真っ赤になっている。
 それでも顔を上げたのは私の質問がよっぽどショックだったらしい。しかし構わずお菓子を摘まみながら更に追い打ちをかける。

 「だってそこでしょう~? 一番心配なのは。で、出来ますの?」

 「で、出来るに決まってる、多分……」

 最後の方は自信なさげに尻すぼみになったザイン。私は「一番の解決策はアン姉様と愛し合い、自信を持たれる事だと思いますので、頑張ってくださいね」と淑女の笑みを浮かべてやった。
 きっと、自分に自信が無いからまともに目を合わせられず挙動不審になるんだろうしな。

 少し立ち直ったアン姉が、「申し訳ありません、妹がはしたない事を……」と謝罪している。

 「お若いのに……何というか、色々と達観されていますね。マリアージュ様は」

 ギャヴィンが余計な事を言い、ムカッとする。
 何だ、下品とか恥知らずとかババア臭いって言いたいのか。蛍の夜の屁っこき夫人が頭を過る。まあ精神年齢は前世と合わせるとそれなりだけれども。
 まあ今はアン姉の事があるし、嫌味を返すだけにしておいてやるか。

 「そう言うウエッジウッド様はそのお年になっても女性に夢を見過ぎだと思いますわ? 女性だっておならしたりゲロ吐いたりうんちしたりしますのよ?
 後、ザインお義兄様。どんなに相手が情けなくても格好悪くても、お互い全てを受け入れて包み込み合い、支え合う。私はそれが理想の夫婦だと思いますの。妹から見ても、アン姉様はお義兄様にとってそれに足る素晴らしい女性ですわ。逆にお義兄様は、お姉様がどんな欠点があっても許し受け入れる覚悟はありますの?」

 「それはあります!」

 間髪入れずに答えた義兄ザイン。私はこの分ならアン姉を大事には思っているのだろうと内心ホッとする。

 「なら、私に言う事はありませんわ。差し出がましい口でしたわね」

 メテオーラ嬢が紅茶を一口飲んで、ふうと溜息を吐いた。

 「これで解決したようで良かったですわ。本当、全く殿方は駄目。女性に対する言葉が圧倒的に足りませんわ。この度の事で私、痛感致しました。
 そこで提案がありますの、お二人共――私のお友達になって頂けませんこと? そうすれば変な誤解もする必要が無くなってアン様もお心安らかになれますでしょうし、私もお友達が増えて嬉しいですから」

 にっこりと微笑むメテオーラ嬢。アン姉も表情を緩めた。

 「ええ、是非。よろしくお願いしますわ、メテオーラ様」

 「姉共々宜しくお願い致します」

 「是非メティとお呼びくださいませ、アン様、マリアージュ様」

 「では、私の事はマリーと。メティ様」

 そんな遣り取りがあった後。

 「今日はこのような席ですし、これからお二人だけでゆっくりお話をされた方が良いかと思います。私達は席を外しましょう」

 そうメティ嬢が切り出した。確かにもっともな提案である。
 腰を浮かしかけたところで、アン姉が慌てて首を振った。

 「いえっ、私達が移動しましょう。折角来て下さったんですもの、せめて当家のもてなしを楽しんで行って下さると嬉しいですわ」

 「では、姉に代わり私がおもてなししましょう」

 立候補する私。アン姉の為だしこれぐらいの事なら買って出るぞ。
 しかしアン姉は心配そうな眼差しを私に向ける。

 「マリー、大丈夫?」

 「大丈夫よ、アン姉様。安心して行って来てね」

 安心させるように微笑むと、私は連れ立って部屋を出て行く二人を見送る。きっと別室の殿下も訪ねてお礼を言うのだろう。
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