貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
上 下
98 / 690
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

売られた喧嘩は買う。

しおりを挟む
 グレイ達が帰っていた後。

 私は興奮からか、なかなか寝付けないでいた。やっとうとうとしだしたのは真夜中近くになってから。
 屋敷のどこかで誰かがざわついている気配がしたが、きっと使用人達が残り物で一杯やってたりするのかも知れない。


***


 視界がぐらぐらとしていた。人々が悲鳴を上げたりしているのが遠くに聞こえる。

 ここはどこなのか。私は逃れようと体を動かそうとするも、ピクリとも動かない。
 ふと、心に浮かんできた思い。

 ――こんなところで。

 食べていくだけでやっとの生活。それでも将来の為に少しずつお金を貯めて、頑張って来た筈なのに。

 ――何故、何故。

 どうしようもない怒りが湧いてくる。神様は理不尽だ。

 不安になるようなサイレンが鳴り響き、視界がぐるりと回った。

 「肉屋ブッチャーも、豚が消えれば廃業だ」

 あの方の声。


***


 そこで意識が浮上した。
 パチリと目を開けると、もそもそと動いて上半身を起こす。

 「……変な夢」

 自分が凄く怒っていた事と、あの方の声がしたのは覚えている。目を閉じている時は覚えてたと思ったのに、もう忘れてしまったみたい。

 サリーナがやって来たので、いつものように支度をして朝の日課に出る。馬の脚共が待機していたのでお礼を言わねばという事を思い出した。

 「前脚、後ろ脚――クジャクの檻を作ってくれたそうだな。ありがとう、礼を言う」

 「身に余るお言葉!」

 「聖女様のお為とあらば!」

 そう。私が修道院通いをするようになって、こいつらは時折聖女呼びをしてくるようになったのである。止めろと言ったのだが、呼ばせて欲しいと特に後ろ脚シュテファンに懇願された。少なくとも他の人間の目がある所ではやるなと釘を刺した上で許可を出している。
 サリーナ曰く、こいつらは気配に聡いしちゃんと弁えるので大丈夫でしょうとの事。確かに先日のギャヴィンと出くわした時も大丈夫だった。
 そんな事を思い出しながら、私はクジャクをグレイに頼んだ事を話した。

 「近い内にクジャクが来る事になるだろう」

 「かしこまりました」

 夏が終わり、季節はそろそろ秋の入り口になっている。昼はまだそれなりに日差しが強いが、朝は大分涼しくなっていた。鳥達愚民共への餌やりを終え、いざ朝食をと食堂へ向かうと、全員が既に揃っていた。

 「やっと来たか」
 「皆、マリーちゃんを待ってたのよ…」

 開口一番にかけられた声。父サイモンと母ティヴィーナは目の下にクマを作っている。皆、異様な雰囲気だ。

 「お、おはよう。どうしたの、皆……」

 不気味に思って訊ねると、父が執事に合図をする。執事が花瓶に活けられた薔薇を捧げてこちらに見せて来た。

 「薔薇?」

 これがどうかしたのだろうか。

 首を傾げると、父は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 「――昨夜、真夜中近くだ。マリー宛にこの薔薇の花束が届いた」

 そう言えば、夜中近く夢うつつにざわざわ騒がしかったような。

 それにしても。
 私宛、ねぇ……誰か知り合いがいたっけ。まさか、メイソンとか?

 「真夜中に送り付けて来るって非常識じゃない? どこの誰よ」

 「口を慎め、マリー。王宮からだ」

 まさかの不意打ち。
 私は驚愕のあまり口をぽかんと開けた。

 「お、王宮から!?」

 呆然とする私。父は重々しく頷く。

 「ああ。差出人は恐れ多くもアルバート第一王子殿下であらせられる。見ての通り、白が一本、ピンクが六本、赤が七本。合計十四本ある。
 使者殿の話では、夏は手入れの為に刈り込んでいたそうだが、幾つかついていた蕾が夕方やっと咲いたそうだ」

 取りあえず椅子に座ると、付いていたというカードを手渡される。

 『先日のお礼と十四の誕生祝いに』という簡潔なメッセージに、バートという殿下の愛称のみ。
 これは、どういう事だろうか。私は殿下には先日初めてお目に掛かったばかりでそんなに親しくもないんだけど。

 アナベラ姉が思案気に腕を組んだ。

 「……合計で十四本と言えば、誇りという意味がありますけれど、これは普通に考えてマリーの年齢ですわよね。ただ、取りあえずの間に合わせで咲いた分だけの薔薇を組み合わされたのなら良いのですけれど、もし、これが意味を持っていたとしたら……」

 「一本は一目惚れ。六本はお互いに敬い、愛し、分かり合おう。七本は…密やかな愛……」

 顔色の悪いアン姉が呟く。アナベラ姉はそうねと頷いた。

 「色を組み合わせたら、『清純な貴女に一目惚れしました。可愛い人、恋を誓おう。お互いに敬い、愛し分かり合いたい。美しい貴女に密かに恋しています』という事になるわね」

 「マリーお姉ちゃま、王子様と結婚するの?」

 「じゃあ、グレイ義兄様はどうなるの?」

 イサークとメルローズの不安そうな言葉。最悪な未来予想図が脳裏を去来し、思わずぞわっとして私は自分を掻き抱いた。

 無理、無理無理無理! 始終人目にさらされて窮屈な生活の上、初夜公開処刑は絶対に嫌ぁぁぁぁ!

 それに、殿下やギャヴィンタイプの人間味の薄い美貌は私の好みではない。私の外見もどちらかというとそっちに近い人形タイプだが、同族嫌悪というやつか。
 一方グレイは僅かに散ったそばかすが素朴な人間味を出しているから好き。義兄アールも血の通った美しさだから好みである。

 「待って、殿下はマリーに婚約者がいる事はちゃんとご存じの筈よ! マリーに会ってみたいと仰られた時、私がそう申し上げたんですもの。薔薇もただ咲いた物で状態の良い物をマリーの年齢分選んだだけで特に意味が込められているとは思えませんわ!」

 アン姉が慌てて言い募ると、カレル兄が唸った。

 「さあ、どうだかな。子爵家との婚約は殿下が本当にマリーを望めば破棄させる事が出来てしまう。本当に偶然咲いたものを間に合わせたのか、それとも意味を込めたのか……」

 考え込んだカレル兄。トーマス兄も頷いた。

 「そこが一番の問題だな。どっちの意味でも解釈出来る」

 その言葉に私はハッとする。

 そうか!

 「つまり、後でどうとでも良い訳出来そうな贈り物ね。という事は、こちらがどう受け取っても構わないという事」

 私はそこに思い当たって思わず舌打ちをした。そうなると、愛称での署名もまた、『親密にして欲しいから愛称を使った』『大袈裟にしたくなかったので、王子としてではなくアルバート個人として親しみを込めた』のどちらでも取れる。

 いや、と思う。

 あの穏やかそうな殿下が、こんな手の込んだ性格の悪そうな事を。わざわざ一度会っただけの怨恨も無い小娘にするだろうか?
 もし、これがあのギャヴィンの仕業だとしたら?

 ――ウエッジウッド子爵には気を付けた方が良いね。

 グレイの言葉が脳裏に蘇る。

 「殿下、明日はマリアージュ姫の誕生日だそうです」

 「おお、それでは先日意見を貰ったお礼も兼ねてなにか贈り物をしなければならないね」

 「それでしたら私にお任せください……薔薇がお好きだそうなので(ほくそ笑み)」

 「じゃあ頼んだよ」

 ……とかいうやりとりがあったのかも。

 あ り う る。

 そして奴は真夜中のタイミングを狙ってひっそりと薔薇を送り込んで来た……。という事は、昼間だと目撃者がいるかも知れないし、社交界に広まる可能性もあるが故なのだろう。
 つまり殿下の醜聞は避けたいと。

 野郎……。

 私はぎりぎり、と奥歯を噛みしめた。ハッキリ嫌いだと言ったのを根に持っているのかは知らんが、全く舐めた真似をしてくれる。

 「私、アルバート殿下にお礼のお手紙を書くわ。『色とりどりの薔薇をありがとうございます、グレイとの結婚式には是非ご来駕らいがたまわりますよう』と招待状を添えて」

 ちなみにギャヴィンの分の招待状は付けない。これは売られた喧嘩なのだ。
 ギャヴィンの分の招待状で、あちらが若干困惑する事も考慮している。殿下に奴の分が無いと言われれば、しれっと「子爵の分は後で別個にお送りするつもりでしたー(テヘペロ)」と言い訳すれば良いのだから。

 勿論、後日になってもギャヴィンに結婚式の招待状を出す気はさらさらない。

 ギャヴィンめ、今に覚えてけつかれ!



-----------------------------------------------------------
【後書き】ご質問が多かったので…。

※ギャヴィンめ、今に覚えてけつかれ! → ギャヴィンめ、今に覚えていやぁがれ!

というような意味です。

***

https://ja.wikipedia.org/wiki/近畿方言
侮蔑語
近畿方言の侮蔑語としては「くさる」「さらす」「けつかる」などがあり、なかでも「けつかる」は非常に強烈な悪態語である。「くさる」は連用形と「て」に、「さらす」は連用形に、「けつかる」は「て」に付けて用いる。「けつかる」単体では「ある」「いる」の卑語(ただしほぼ死語)を、「さらす」単体では「する」の卑語を表す。 
しおりを挟む
感想 925

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。