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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

前の副将軍御一行に屋敷に乗り込まれた時の悪代官の台詞。

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 「しかも、その襟……ぷぷっ、失礼。随分と懐古的な趣味で――」

 私は今にも笑い出しそうなそいつをちらりと見るなり。

 「くっ、曲者じゃあああああ――! 者共、出合え、出合えええ――いっ!!」

 喉も裂けよとばかりに大絶叫した。

 その男は流石に面食らったのか、「えっ、えっ?」と目を白黒させている。
 馬の脚共がハリボテを転がし、いつの間に持ったのか武器を手にして構えていた。それを見たそいつは慌てて、「ちょっと待て、いやっ、私は客としてここに来ていて――」等と言い訳を始める。サリーナがスッと前へ出た。

 「ここは当家でも奥向きの場所でございます。いわば、ご家族の私的な区画。そもそもお客様が通されるような場所ではございません。ウエッジウッド子爵様におかれましては如何なる理由でこちらにいらっしゃっているのでしょうか」

 そう、現れた男はかのギャヴィン・ウエッジウッド子爵だった。恐らく先刻のアン姉の客人の一人はこいつであるのだろう。となると、王太子殿下あたりが家に来たのか。使用人達の様子はザインや子爵を招く為にしては仰々しすぎる事だしな。

 サリーナの言う通り、ここは私的なエリア。客として家に招かれたとしても、此処に来ること自体がおかしい。つまり、私が問答無用で叫んだのは当然の事なのである。
 慇懃いんぎんな態度ではあるが、鋭い視線を向けるサリーナ。

 「いえ、あの。申し訳ありません。庭の散歩に出たのですが、道に迷ってしまいましてね……」

 「散歩――」

 サリーナの声がワントーン下がった。「そのような場合、お客様にご不便があってはいけませんのでご案内の為に使用人をお付けする事になっておりますが」

 ギャヴィンはその端正な顔に苦笑いを浮かべる。

 「アン様はそうして下さろうとしていたのですが、私が断ったのです。一人で気楽に過ごしたかったものですから」

 今となっては使用人のどなたかに道案内を頼むべきでした、と肩を竦めて後悔の意を表明しているが、私は騙されない。

 「道に迷っている所、あなた方をお見かけしましてね。これ幸いと声をお掛けしたのですよ。先日の不作法をお詫びもしたかったのもあります。それに、もう一度……マリアージュ様にお会いして、話をしてみたかった……」

 私は会いたくなかったし話したくもないけどな!

 ふっと笑みを浮かべてこちらを見てくるギャヴィンは紳士の礼を取った。

 「マリアージュ様。先日の不作法、大変申し訳ありませんでした。後になって考えて見れば、確かに貴女の仰る事にも一理ありました。
 ところで、宜しければ話がてら、喫茶室への案内をお願いしても宜しいでしょうか? 王太子殿下も是非マリアージュ様にお会いしてお話を伺ってみたいと仰っておりましたので」

 王太子殿下が一子爵と口喧嘩をした令嬢の話を聞きたがる? それともこいつのただの社交辞令か。怪しすぎる。大体ここに来るまでに庭師とかに見咎められなかったのだろうか。ましてや、今の私は聖女修行中の身。もしかして、何か嗅ぎつけられた?
 ここは誘いに乗らない方が吉――そう思った私は首を振った。

 「私のような小娘が貴いお方にお話しすることはありません。お忘れになって下さい。私も忘れますから。社交界にも出ていない半端者の身は、殿下にお目通りする程の者ではありません。殿下が私を連れて来るように仰った訳ではないのでしょう? 案内は人を呼んでさせましょう」

 「これは手厳しいですね。では、使用人が来るまでお話だけでもさせて頂けませんか? 貴女の仰る事は世間一般の人と価値観が異なっていて非常に面白く、また興味深いのです」

 「嫌です」

 即答した私。ギャヴィンの口の端がひくりと引き攣った。

 「な、何故……そこまで私は嫌われているのですか?」

 「はい」

 簡潔に頷いてそうだと言うと、ギャヴィンは笑顔のまま固まった。
 嫌いというか、面倒くさいから関わり合いになりたくない。こういう手合いははっきりと言わなければな。

 それでもめげずに(そういう所が面倒くさいんだが)あれこれと私に話しかけていたギャヴィンだったが、使用人が来ると大人しく連れられて行った。二度と来ませんように。


***


 あの時。環境に配慮して、エンガチョサインのみで塩を撒いておかなかったのがいけなかったのか……。

 「お初にお目に掛かります。キャンディ伯爵家、サイモン・キャンディが三女、マリアージュにございます。アルバート第一王子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

 私は家に居るというのに一番上等な服を着せられ、第一王子殿下にご挨拶をする羽目に陥っていた。

 というのも、ギャヴィン……というか、クジャク野郎ザインがちょくちょく殿下と奴を連れて我が家へ来るようになったからである。

 しかも、その都度私を喫茶室にと呼び出していた模様。幸い修道院へ行ってたり仮病を使ったりして数度はぶっち出来たが、痺れを切らしたアン姉が乗り込んできての伏してのお願いの手前、嫌とは言えず。

 結局引き摺り出され、殿下にご挨拶をする事になってしまった。緊張のあまりおしっこちびりそうになりながらも何とか未来の王への挨拶をこなした私は、隅っこの席に座ってただ只管ひたすら空気に徹して黙ってお茶を飲んでいた。
 アルバート第一王子殿下は黒髪に冬の空のような瞳の美男子だった。どことなくギャヴィンと似ている気もするが…そもそも貴族は血縁関係で色々繋がっているので王族に近くなるほど顔の系統は似てくるものだ。
そんな感想を抱いていると、殿下がふっと微笑んだ。

 「マリアージュ姫は話に聞いていたよりも随分大人しい方のようだね」

そりゃそうだ。今の私は借りて来た猫である。アン姉がふふっと笑った。

 「いつもは満開の向日葵のように元気いっぱいですのよ。素敵な殿下がいらっしゃっているので、背伸びをしておすまししているようですわ」

 「……恐れ入ります」

 偉い人への受け答えは大概、「恐れ入ります」「恐縮にございます」「ありがとうございます」を駆使すれば何とかなるというのは私の持論である。というか、この場では出来ればその三語しか話したくない。

 アン姉によれば、ギャヴィンはあの後王太子殿下に私と会った時の事を話したそうで、殿下は「お前がマリアージュ姫の信頼を得ていないからいけないのだ」と仰ったそう。そこで交流を持ってみては、と要らんお節介を焼いて下さったそうだ。正直有難迷惑過ぎて涙が出て来る。

 こちらをニヤニヤと面白そうな顔をして見てくるギャヴィンが滅茶苦茶ムカつく。次に修道院に行った時は、こいつが禿げるようにと誠心誠意祈ろうと決意。何せ聖女の祈りだ、太陽神はきっと応えて下さるに違いない。

 それ以外にもギャヴィンをぎゃふんと言わせる方法をあれこれと練りながらお茶を飲んでいると、ザインと目が合った。とたんに挙動不審になって目を逸らし、髪を掻き上げるクジャク男。

 ふむ……髪を掻き上げる事と目を逸らす事を『クジャク行為』と定義しよう。

 私はザインで遊ぶ事にした。
 このお茶会苦行が終わるまでの間、こいつが何度クジャク行為をするかカウントする。
 そのカウント数分の金貨分で、クジャクを買って庭に放つのだ。うちにはクジャクが居ない事だし。うん、そうしよう。
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